2話 魔物

魔物 -1-

 火神林カガミリンは、里崎定藤サトザキサダフジの説教を受けている最中だ。

 現在、林達5名は、崩壊した儀礼堂の前に集まっている。

 定藤は瓦礫の一つに腰掛け、林は地面に正座する。

 ウォールとニコラスは近くに立ち、二人の様子を見ている。γガンマはウォールの手の中だ。

 定藤がジロリ、と林を睨んだ。

「……林よ、わしは言うたよな? 荒事とならば庇い切れぬ、と」

「は、はい……」

「それがなんじゃおぬしは!」

 定藤がバシッと自分の膝を叩いた。林がびくっと身体を震わせ、目を瞑る。

「危険に巻き込まれるはまだしも、己から危険へ突っ込む者がおるかっ! おぬしは丸腰の上、具足もまとっておらぬのだぞ!」

「す……すいませ……」

「すまぬで済むか! 見よっ! あすこの兵達を!」

 定藤が向こうを指差す。

 そこでは、兵士達が負傷した仲間を運んでいたり、怪我の応急処置を行っている。

 さらに奥の森では、他の兵士が地面を掘り、「何か」を埋めている。

 それは、先程の戦闘で亡くなった兵士だ。傍らで別の兵士が、祈りのような文言を唱えている。

 定藤が言った。

「あのようなことが軽々に起こりうるのが戦じゃ。この場に居た誰もが、あの者共の一員になる可能性はいくらでもあった。この定藤にもな。そこをおぬしは、何も考えず一人丸腰で行動しおって」

「いや……わたしにも一応考えがあって……」

「成し遂げえぬ考えなぞ考えるだけ無駄じゃ!」

 林の小さな反論を定藤が一喝する。林は再び目を瞑り、黙り込んでしまった。

 様子を見ていたニコラスが、ウォールに耳打ちする。

「なぁ、これほっといていいのか……?」

 ウォールが静かに返す。

「彼の言っていることに間違いはない。彼女の身を案じるのならば、ここはちゃんと反省してもらった方がいい」

 ウォールは、兵士達の埋葬の様子を横目に見た。

「……今後あのようなことが続くのならば、尚更な」

「……クソッ」

 ニコラスは歯噛みした。


 ゴブリンの襲撃を跳ね返した定藤達は、ウミニーナと名乗る鎧姿の少女にこう告げられた。

「詳しいお話は移動中に説明します……が、今は皆に、仲間の弔いをさせる時間をください」

 ウミニーナはそう言うと、兵士達に指示を出し、負傷者の治療と、仲間の遺体の埋葬を始めた。

 定藤達は、今その作業が終わるのを待っているところだ。

 この世界に来てから30分近くが経つが、あまりにも分からないことが多い。とりあえず今はあのウミニーナと、その部下の兵士達に付いて行くのが良いだろうということで、5名の意見は一応まとまった。

 ただその話し合いの最中、林が定藤の背に乗って兵士達に合流させたことを意気揚々と話し始めたため、定藤が林の首根っこを掴み地べたに押し付けて説教を始めたのだった。


「よいか? 今後かようなことが続かば、おぬしを旅に同行させるのも考えねばならぬからな!」

 定藤が林に強く言った。林はすっかり言葉を失い、顔を俯かせている。

「……なあ、サムライ野郎、もういいだろ」

 気まずさに耐えきれなくなったニコラスが、定藤が話し掛けた。

「こいつも多分反省したしこの辺で……」

「若造」

 定藤の虎のような目がギョロリと動いてニコラスを捉えた。

「いっ!?」

 ニコラスが驚き、後退りする。

 なんだ次は俺の説教かとニコラスは心で身構えた。

「おぬし、ここが崩れ去った後、一人で森の中を逃げていたそうだの」

 定藤が座っている瓦礫に触れながら言った。

「……ああそうだ。文句がありゃいくらでも」

「文句などない。おぬしの行動は正しかった」

「……は?」

 定藤からの口から意外な言葉が出てきて、ニコラスは気の抜けた返事をした。

「あの場に林を残し、それを庇いながら小鬼共と戦ったは、わしの失策ぞ。おぬしのように抜け道を見つけ、そこから林を逃がすのが最良であった」

「いや……あれは」

「ただし」定藤がニコラスの言葉を遮る。「あの童(γのこと)を置き、一人だけで逃げたのだけはいただけぬな。己が童を預かったのなら、己で童の身を守ってやるのが責務というものじゃろう。おぬしがあやつを放っておいたおかげで、林が馬鹿な策を講じたとも言えるしの」

「………………」

「……申し訳ありません。ワタシに自分自身を守る力がないばかりに」

 ニコラスが黙っていると、γが口を開いた。

「童が左様なことを案ずるな」定藤が言った。「ま……その後若造はここに戻り、林のことを呼び止めたからな。それでこの定藤が間におうたとも言える。これ以上はとやかく言うまい。その代わり、童はしばらくそこの者に預けておくぞ」

 定藤はそう言いながらウォールを指し、ニコラスから目を離した。

「…………」

 定藤は、ニコラスのことを少し叱った程度で、ここから逃げようとしたこと自体には特に言及はないようだ。

 ニコラスには、それが怒鳴られることよりも苦痛に感じた。

 責められる筋合いはないと思って逃げたはずなのに、逃げた自分が責められなかったことが、何よりもの罰に感じた。

 さっきまで気の毒だと思っていた林のことが、まだ羨ましく感じるくらいだった。

 ……いや、なんで俺が、このサムライ野郎に怒られることがまだマシだなんて思わなきゃならないんだ。

 この世界に来てからたった数十分。ニコラスは忌まわしい思い出ばかり作っていた。

 定藤の説教は終わったが、林は俯いて黙り込んだままだった。



「……勇士の皆様、お待たせしました。出発します」

 数分後、ウミニーナが兵を引き連れて定藤達の前に戻って来た。

 定藤は瓦礫から腰を上げ、林も立ち上がる。

 ウミニーナが定藤に言った。

「貴方が、皆様の代表でしょうか?」

「……わしが?」

 定藤がキョトンとした顔をした。その反応を見てニコラスが「は?」と定藤を見る。

「いや……お前だろ? プラターネの奴にリーダーって言われただろ」

「……そのリーダーというものは、『将』という意味があるのか?」

「他に何があるんだよ。お前がまとめ役だろ?」

「…………わしがか?」

「…………は?」

 ニコラスが口をぽかんと開ける。

 定藤は、急にバツの悪そうな顔をして、ウォールを見た。

「そ、そうじゃ。そなたは一番齢が上じゃ。そなたが将ということで良いのではないか?」

「え? 私は……」

「いやいやいやいやいやいやいやいや! まてまてまてまてまてまてまてまて!」

 ニコラスがウォールを押しのけて定藤の前に出た。

「お前! あんだけ偉そうなこと口走っといてそりゃねぇだろ!? こいつに至っては膝に土付かされてんだぞ!」

 ニコラスが林を指差して怒鳴ったが、林は人形のように黙っていた。

 定藤の目が泳ぐ。

「いや……わしはただ、異世界とやらで生き残ればよいと……将は、いやっ、困るぞ!」

「いっっっちばん乗り気だったてめぇが何今更困ってんだぁ!?」ニコラスは定藤の両肩を掴んで、ガクガクと揺らした「困るってなんだぁ! 俺はプラターネに合ったそん時から困ってるわ! お前以外の誰もがここまでで一度は困ってるわ!」

「……あ、あの」

 ウミニーナが困惑しながら言った。

「それで、あの……代表の方は……?」

「今決めるからちょっと待ってろ!!」

「は、はい!」

 ニコラスに怒鳴られて、ウミニーナが口を閉じた。

 ニコラスはふぅ、ふぅ、と荒く呼吸をしてからウォールの方を見る。

「……おっさん。確か、ウォールマインとかいったっけ? いっそのこと、本当にあんたがやるか? リーダー」

「え……」

 このサムライ野郎にリーダーを任せるよりは、こいつの言う通り、ウォールがまとめ役を務めるのが一番じゃないだろうか? とニコラスは考えた。

 林やγは論外として、何だかんだこの男が一番冷静に物事を考えてくれるかもしれない。いや、きっとそうだとニコラスが思っていると、ウォールが口を開けた。

「……私は40を超える歳だが」

 ウォールは、虫が鳴くような小さな声で呟いた。

「……今まで、誰かに命令や指令を出したことはないんだ」

 ニコラスが固まった。

「……マジで?」

「ああ……だから何かを取りまとめるという点では、おそらく力になれそうにない」ウォールは、何とも気まずそうな表情で言った。「……すまない」

「いや、あの……なんというか……俺も、すいません……」

「ああ……」

「………………」

 5名全員が黙る。この世界に来て一番静かな時間だった。

 定藤はニコラスとウォールが話している隙を見てその場を離れようとしたが、後ろ髪をニコラスに掴まれた。


「それでその……代表の方は?」

 ウミニーナが三度尋ねた。

「こいつだ」

「……わしだ」

 ニコラスが定藤を蹴り出して、定藤が小さい声で言った。

「……分かりました。今から『車』を出すので、皆様はそれに乗ってください」

「車……? どこに向かうのじゃ?」

 定藤の質問に、ウミニーナが答えた。

「アバロニア王国の首府です。皆様は、一度国王に会っていただきます」


 ウミニーナが「車」の手配をしている間、定藤が皆に向き合った。

「……よいか。わしを将と定めるおぬしらに、一つだけ物申しておく」

 定藤が、ぎこちなく苦笑した。

「……後悔するでないぞ!」

「もうしてるわ!」

 ニコラスの怒声が森に響いた。

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