勇士 -4-

 戦況が一変した。

 先程まではゴブリンの猛攻に甲冑の兵士達が押されていたが、今では逆に、ゴブリンがじわじわと後退を余儀なくされている。

 最前線にいるのは、定藤サダフジに、定藤、そして定藤だ。

 何人にも増えた定藤が、同じ鎧を身にまとい、同じ剣を振るってゴブリンを斬り倒す。

 最初はあまりの出来事に動揺していた兵士達だったが、一人、また一人と戦いに加わり、今では定藤達と兵士達との連合軍となってゴブリンを追い詰める。

「ど、どうなってんだよこれ……何でサムライ野郎があんないっぱい居るんだ……?」

 ニコラスが困惑しながら言った。リンもその隣で、γガンマを抱えながら唖然としている。彼らの近くにも、定藤が三人立っている。

「む……! いかんっ」

 三人の定藤の一人が急に怒鳴った。ニコラスと林が驚いてそちらを見る。

「あっ!」

 林が声を出す。彼女の視線の先は、ゴブリン達との最前線だ。

「…………っ!」

 そこで戦っていた定藤の一人の首元に、矢が深々と刺さった。その定藤は一言も喋らず、地面に倒れ込んだ。

「定藤さ……!?」

 林が定藤を呼ぶ前に、またしても奇妙なことが起こった。

 倒れた定藤が、何の合図も出さずにフッと消えたのだ。

 林とニコラスが驚いていると、近くに居る定藤が頭を掻いた。

「うーむ、増やせばよいというものではないのか! 五、六人なら問題なく動けるが、二十人ともなればかなり腕が落ちる」

 近くの定藤が独り言のように言うと、ニコラスと林の方を向いた。

「すまぬが、の方は『消す』ぞ。しばし身を隠すなりしてなんとか乗り切ってくれ」

 ニコラスが「は……?」と返事をした時には、三人居た定藤が跡形もなく消えていた。

 ゴブリンと戦っている方でも、二十人以上いた定藤が、十人以下まで数を減らしている。

 しかし、一人ひとりの動きはさっきよりも正確になり、兵士達と協力して問題なくゴブリン達を跳ね返しているようだ。

「……あれが、『内に眠る能力』というものなのか?」

 真後ろから声がして、林とニコラスは振り返った。

 ウォールが、気を失った少女を抱えて佇んでいた。額に怪我があったが、血はもう止まっている。

「! ウォールさん! 出てきて大丈夫ですか?」

「うん、敵は前方に追い詰められたようだから、隠れているよりは合流した方がいいと思ってね」

 ウォールはそう言うと、近くの木の根元に少女を下ろし、ふう、と息を吐いた。

 ニコラスがウォールに話しかける。

「で、なんだって? 『内に眠る能力』?」

 ニコラスの質問には、γが答えた。

「ここに移動する前に、プラターネが言っていたことですね。ワタシ達は異世界に行くにあたり、二つの能力を与えられると。一つはあらゆる言語、文字が自動で翻訳される能力。皆様が実際に会話で使われているものですね。そしてもう一つが、『内に眠る能力』。プラターネ曰く、個人が心のどこかで望んだものが、形になった能力とのことでしたが……」

「……サムライ野郎のがそうだって?」

 ニコラスが向こうを見つめた。兵士達と数人の定藤がゴブリンを次々と倒している。

 ウォールが頷いた。

「多分そうだ。まさか彼が、ここに来る前から元々持っていた能力ということはないだろう」

「定藤さんが実は侍じゃなくて忍者だったという可能性は……?」

「…………」

「……すいません忘れてください」

 しょぼくれる林をほっといてニコラスがウォールに向き直る。

「しかしそうだとしてだ。なんであいつの『望むこと』が『増えること』なんだ? アメーバにでもなりたいのか?」

「それは私にも分からない。ただ……彼にとってあの能力には何かしらの意味があるのだろう。何が大事な意味が……彼が語ってくれない限りは、知る由もないが」

 ウォールの声を聞きながら、林は遠くの定藤達をじっと見つめて考えた。

 心のどこかで望んだ力。定藤が『増える』のなら、自分はいったいどうなるのだろう?

 ……自分の心が望んでいることなど、一つしか浮かばないのだが。

 ふと、林がγに顔を寄せた。

「……ところであなた、なんでプラターネさんのことは呼び捨てなの?」

「プラターネはヒトではありません。敬称は不要です」

「そ、そう……」

 γと話しているところをニコラスに睨まれていることに、林は気付かなかった。


 そしてもうひとつ。少し離れた場所の草むらに何者かが隠れたのを、林はおろか全員が気付かなかった。



 ゴブリン達の行動に、大きな変化が訪れた。

 先程までは、退きつつも戦いの意思を持ち続けていたゴブリン達だったが、やがて戦いから逃げる者が出てきた。

 それは定藤達と兵士達に返り討ちにされる度に五人、十人と数を増し、そしてついに、群れ全体が退却を始めた。

 定藤はその動きを見逃さない。

「敵は退いた! 追い討ちじゃあ! 一匹も獲りこぼすでない!!」

 一人がそう言うと、他の定藤も「おう!」と声を上げて、ゴブリンを追い始めた。

「っ! お待ちください『勇士様』! これ以上はもう十分です!」

 兵士が一人、定藤の前に出た。若く、凛々しい顔つきをしている。

 定藤がむっと顔をしかめて、兵士に近付いた。

「……なぜじゃ? ここを逃せば、また奴らが襲い来るかも分からぬではないか。その時、奇襲でもされれば今より多くの兵を失うぞ。既におぬし達の兵は、何人も奴らにやられたであろう」

 定藤のその言葉に、若い兵士が一瞬身体を震わせた。

 だが、何かを堪えるようにぐっと息を飲み込んで、定藤に返事をする。

「この森には、奴らの住み家が点在しております……このまま奴らを追って、他の住み家の者と合流されれば、さっきよりも多くの敵と戦うことになるでしょう」

「……なるほど。だが合流される前に、出来うる限りの数は減らせるかもしれぬ」

「いずれにしても危険です。森には奴ら以外の『魔物』も多くおり、そして何より……我々の第一の使命は、『姫様』と、『姫様』がお呼ばれになった勇士様をお守りすることなのです!」

 兵士が力強く言った。定藤はしばらく黙って兵士の顔を見ていたが、やがて、持っていた剣を地面に突き刺し、ふう、と息を吐いた。

 その瞬間、兵士の前にいる定藤を除いて、十人近く居た定藤が一斉に姿を消した。

「……わしらはこの土地に着いたばかりじゃ。土地の者の言うことを聞こう」

「っ! ありがとうございます!」

 兵士が深々と頭を下げた。定藤が前に出て、兵士の肩を持った。

「そなた、名は?」

「ホーシュと申します!」

「よしホーシュ。連れを四人ここに呼ぶので、さっき言うたことをそやつらにも説明してくれ。わしには色々と分からぬことが多いわ」

 定藤がそう言うと、ホーシュが声を震わせた。

「おお……! 貴方以外に、勇士様が四人も! やった……これで『アバロニア』は救われる……!」

 定藤が眉を吊り上げる。

「……さっきからなんじゃ? そのユウシサマというのは」

 ホーシュが驚いた顔で定藤を見た。

「ご存知ではなかったのですか? てっきり、姫様から話を聞いていると……」

「姫様……」定藤が手をポンと叩いた。「忘れておった。そういえばあの娘はどうなった?」

 定藤が後ろを見た。



「……終わったのか?」

 ニコラスが定藤と兵士達の方を見ながら言った。

「そのようだ。あの生き物達は逃げたらしい」

 額の傷に触れながらウォールが続けた。林がウォールを見る。

「……痛みますか?」

「大したことはない。ただ、この世界にガーゼのようなものはあるかな」

 そう言って苦笑するウォールを見て、林は絆創膏の予備でもポケットに入れておくべきだったと思った。

「あ、わたしが今顔に貼ってる絆創膏を使います? 一回剥がすから粘着力は落ちますが……なーんて……」

「…………」

「……すいません忘れてくださいなんでもないですはい」

「あ、いや……」

 ウォールは林に何かを言おうとしたが、すぐに黙り込んだ。

 ウォールは手を口に当て、何事かを考える。林が「やってしまった」と提案を後悔していると、ウォールが再び口を開いた。

「……気を悪くしたら申し訳ないが、キミは──」


「気を付けてっ 何かいますっ」


 γが突然声を上げた。

 次の瞬間。草むらから、ゴブリンが一体飛び出した。


「な……!?」

 ニコラスが驚くのも束の間、ゴブリンは一本の矢を放った。

 矢の進行方向には、ニコラスも、ウォールも、林もγも居ない。

 矢は──木にもたれ掛かっている、気を失った少女目掛けて飛んでく。

「しまっ……」

 ウォールが咄嗟に間に入ろうとするが、矢は高速で目の前を通り過ぎる。

 遠くで定藤が声を上げた。瞬間、少女の前に定藤が出現する。

 しかし、それもギリギリ間に合わない。矢は定藤をかすめ、変わらぬ速度で少女に向かう。

 いよいよ少女の目前に迫る。林が声を上げた。


 寸前、少女の目が大きく見開いた。


 そして、飛んでいた矢が、突然空中で


「…………え?」

 林は目を丸くした。

 他の4名も、少女の方を見る。

 少女はゆっくりと立ち上がると、人差し指をくるりと回す。

 すると、空中に静止した矢の向きが反転。そして、発射された。

「グゥアッ!!」

 矢は、草むらにいるゴブリンの左耳を射抜いた。

 少女は周囲の状況を確認するように、顔を左右に動かす。そして、ゴブリンに向き合い、口を開けた。

「去りなさい。貴方の仲間は皆逃げました。これ以上の争いは無駄です」

「……っ!」

「去りなさい」

 ゴブリンはしばらく少女を睨みつけていたが、やがて耳を押さえながら、足早に森の奥へと消えていった。

 林はしばらく固まっていたが、ハッとして少女に近付いた。

「あ、あの! あなた今……」

「皆は無事ですか?」

 少女は林の前を横切り、兵士達に向かって歩き出した。

 兵士達が少女に向かって膝をつき、頭を垂れる。その中からホーシュが前に出て、少女の手を取った。

「姫様! よくぞご無事で……」

「兵の被害は?」

 少女に尋ねられ、ホーシュが一瞬言葉を詰まらせるが、やがて呟くような声で返答した。

「……負傷者が22人。死者が……8人」

 ホーシュは、その身を震わせている。

「…………そうですか」

 少女は顔を上に向け、しばらく目を閉じてから、再びホーシュに向き直った。

「確認できる限りで構いません。8人の身元が分かるものを回収しなさい。そして……埋葬を」

「っ……は!」

 声を震わせながら、ホーシュが返事をした。その目には、涙を浮かべている。後方の兵士達も同様だった。

 定藤は、彼らの近くで呆然とその様子を見ていたが、少女が自分に近付いてくるのが見えて、はっと顔を動かした。

 少女は、定藤の前までくると、その場で膝をついた。

「勇士様。此度はこの『ウミニーナ』の要請にお応えいただき、感謝の言葉もありません」

「え? いや、おぉ?」

 定藤はなんと返事をしたらよいか分からず、目を泳がせた。

 ウミニーナと名乗る少女が、話を続ける。

「どうか、どうか……! 我々の願いをお聞き届けください……あの『魔王』を倒すのに、その力をお貸しください……!」

「魔王……?」

 定藤がそう口に出すと、ウミニーナは立ち上がり、顔の向きを変えた。

 その先には、ウォール、ニコラス、林、γの四名と、さっき出したもう一人の定藤が立っている。

 林は、ウミニーナの顔を見た。

 先程まで穏やかに目を閉じていた少女の顔は、鋭く、険しいものに変わった。しかしその中に、どうしようもない悲しみも含まれていた。

 ウミニーナは、着ていた布を脱ぎ捨てる。

 兵士達の甲冑より立派な装飾が施された鎧が現れ、黄金の長い髪が風にたなびいた。

 ウミニーナは、「勇士達」へ告げた。


「──ある日突然、異次元より現れ出でた恐怖の権化、悪意の象徴……このアバロニア王国を破滅に導かんとする、あの魔王を! 共に打倒していただきたい!!」



ペッパー・ペーパー・ペンパル・ジャーニー

第一幕「魔王征討篇」




ID:P-1

名前:里崎定藤サトザキサダフジ

能力:孤軍こぐん

【説明】

 自分の身体を、何体にも増やすことが出来る。その際、自分が着ている物、持っている物も同時に複製される。

 分身は定藤が望む限り増やせるが、数が多いほど、一人ひとりの動きをコントロールするのが困難になる。

 分身はそれぞれが深手を負うか、定藤がもう必要ないと考えれば、瞬く間に消失する。

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