勇士 -2-

 突然目の前が暗くなったので、リンは最初、気を失ったのだと思った。

 しかし、周りの騒音と、身体の上に何か重い物が載っているような感覚から、自分が今、生き埋めになっているのを理解した。

 林は身体を動かし、脱出を試みる。光が見えた。そこを目指して、必死に這いずる。

 林が広い空間に出た瞬間、身体の圧迫感が消え、同時にガシャンという音がした。林の上にあったのは、天井の一部だと思われる厚い木の板だった。

 林は顔を上げた。

「……うそでしょ」

 林の目の前の光景は、先程とは様変わりしていた。

 林達が居たと思われる建物は完全に崩壊し、瓦礫の山と化している。

 辺りには土煙が充満し、その中で、いくつもの影がうごめいている。その内のいくつかは、甲冑を着た人間に見える。さっき建物に突っ込んできた兵士の仲間だろうか? そして、兵士達よりも遥かに多い数の影。その大きさからして……子供? しかしその形に、林は妙なおぞましさを覚える。

 突如、林の制服の後ろ襟を誰かが掴んだ。

「っ! あ、あなたは……」

けっとするな!」

 定藤サダフジだった。林と同様、建物の瓦礫から上手く抜け出したようだ。定藤は林を掴むと、自分の真後ろに置いた。

「わしの後ろから離れるでないぞ。だが、

「さ……定藤さん! 他の人達は!?」

「考えるのは後じゃ」定藤が一歩前に出る。「少なくとも、目の前のこやつらをどうにかするまではな!」

 目の前? と林は目を凝らして再び辺りを確認する。

 土煙が次第に晴れていく。林達が今いる場所は、どこかの森の中のようだ。

 土煙の中の影が明瞭になる。

 長い剣と大きな盾を持つ、甲冑の兵士達。そして。

「な……なにあれ!?」

 林が声を上げる。奇妙な生き物が、集団で兵士たちを襲っていた。

 緑色の肌をして、目、鼻、耳は大袈裟な程大きく、一方で、身体は子供のように小さい。各々が棍棒、弓矢のような武器を持ち、それを巧みに使って攻撃を行っている。

 林には、そいつらが漫画やゲーム等に出てくる「ゴブリン」のように見えた。

 不意に、まだ晴れ切っていない土煙の一つから、一体のゴブリンが飛び出した。右手に棍棒を握っている。

「ううっ!」

 林が反射的に目を閉じて、両腕で顔を塞ぐ。しかし、あの棍棒に殴られれば、林の細い腕など小枝のように折られてしまうだろう。

「ガァッ……!」

 接触する寸前、ゴブリンが短い悲鳴を上げ、ガシャンと瓦礫に落下した。

「……ひゃっ!?」

 目を開けた林が、小さな悲鳴を上げた。

 彼女の足下に、縦一文字に切り裂かれたゴブリンが横たわってた。

「異国の剣なぞ使うたことはなかったが……贅沢を言うてもおれぬな!」

 どこで拾ったのか、定藤は兵士達と同じ長い剣を持っていた。

「小娘! 確か林と申したか!」

「……!」

 ゴブリンの死体を見て固まっていた林は、定藤に呼び掛けられて我に返った。

 定藤が剣を中段に構える。

「さっき言うた通りじゃ! 死にとうなければ、わしの後ろから離れるでない」

 二体目、三体目のゴブリンが続けて飛び出すが、定藤は素早い動きで、たちまちそいつらも斬り伏せる。

「そして間違って斬られとうなければ……近付き過ぎるなよ!」

 次々とゴブリンが襲い掛かる。

 定藤は一体、さらに一体と無駄のない動きでゴブリンを斬り倒していく。

 弓を持ったゴブリンが、遠くから矢を放った。

「ふん!」

 寸前、定藤は左手で矢を掴んで止めた。

「……ほう。武術の心得があるとは、生意気な小鬼共よ」

 隙を突こうとしたゴブリンの数体が、次の瞬間には両断され、地に伏した。

「つ、つよい……」

 林は定藤に言われた通り、彼の2、3メートル後ろの位置をキープしている。他は、定藤の戦いぶりを見守ることしかできない。

 しかし、それしかできないながらも、林は定藤の優勢がいつまでも続かないだろうことを予想した。敵の……ゴブリンの数が多すぎるのだ。定藤がいくら強くても、いずれ物量に押されてしまうことは明白だ。

 林は辺りを見回す。遠くの方で、十数人程の甲冑の兵士が、ゴブリンと戦っているのが見えた。

「……定藤さん!」林が叫ぶ。「このまま一人で戦ってたらいつか数に負けます! 向こうの人達と合流しましょう!」

「わしだってそうしたいわ!」

 剣を振るうことを止めずに定藤が返す。

「だが! わしが向こうに行けば、おぬしが一人になるであろう!」

 林の心臓がエンジンが駆動するように高鳴った。林は両手で胸を強く押さえる。

「……だったら連れて行けばいいでしょう!」

 林は定藤に向かって走った。

 ゴブリン達の隙を見て、定藤の背にしがみつく。

「今まで誰かを背負ったまま戦った経験は?」

「……かつて家臣の一人が戦で深手を負い、それを背負しょったまま敵将の首を獲った。その者は怪我が元で死んでしもうたがな」

「あー!! 聞かなきゃよかった!」

「されど今はこれが最良のようじゃな……林! 振り落とされるでないぞ!」

 定藤が林を背負ったまま走り出した。ゴブリンが詰め寄るが、定藤が最小の動きでそいつらを倒し、道を広げていく。林は背後を警戒していたが、幸いそこから襲い来る者はいなかった。

 定藤と林は、兵士達の戦線へと合流した。

 二人に気付いた兵士が驚いて言った。

「な……なんだ! お前たちは!」

「援軍じゃ! それ以上のことは聞くな!」

 倒れた兵士の一人に組み付くゴブリンを、定藤は豪快に蹴っ飛ばした。

「……! わ、分かった! 恩に着る!」

 定藤が剣を振るい、ゴブリンが数体まとめて地に崩れ落ちる。

 定藤の取りこぼした敵は、他の兵士たちが跳ね返す。

 先程まで劣勢だった兵士達だったが、定藤が加わったことで、段々と勢いと取り戻しつつあった。だが、多勢に無勢という状況は変わらない。

「っ! この強さ……! それに見たこともない鎧に衣服!」

 戦いの最中、兵士の一人が言った。

「まさか本当に……成功したのか!? は! 『勇士』の召喚に……!」

「姫様? 勇士……?」

 定藤の背という死角に上手く入り込んだ林が、兵士の言葉を繰り返した。

「姫様は最後の希望を『異世界の勇士』に委ねたのだ! ……あなた方! 姫様には出会っていないのか!? 『儀礼堂』で一人儀式をやられていたのだが!」

 そんな人知らないと口に出そうとした林は、兵士の言う「儀礼堂」が、さっきまでいた建物を指しているのではと思った。そして、床に炭で書かれた線や図形。あれは「儀式」とやらに使われたものだったのでは?

 じゃあ儀式をしている姫様というのは? あの建物に居たのは自分達5名と、倒れていた鎧姿の少女だけ……。

「っ! 姫様って……まさかあの子!?」

「む!? あの気を失うていた娘か!」

 二人の反応に、兵士が目を丸くした。

「気を失って……!? では姫様は未だ儀礼堂の瓦礫の下に!」

 兵士達に動揺が走る。その隙を見てか、ゴブリン達の攻勢が一層強まる。

「ぬおぉ!」

 定藤は、ゴブリン二体が同時に繰り出した棍棒を咄嗟に刀で防ぐが、衝撃で大きくのけ反ってしまう。

「わっ!?」

 その勢いで、林は定藤の背から振り落とされ、地面に叩きつけられた。

「しもたっ! 林! 早く掴まれ!」

 定藤が手を伸ばす。

 林は顔を上げ、定藤を探す。

 その時、林の視界に儀礼堂の瓦礫が映った。

「! あれは……!」


 瓦礫の一角が、ガラガラと音を立て盛り上がる。

 そこから、岩がそそり立つように巨漢の男性が姿を現した。

 ウォールだ。額から血を流し、その腕に、ケープを着た人間を抱えている。


 林が叫んだ。

「定藤さんっ! ウォール・マインさんです! それにあの子を持ってます!」

「なに!」

 飛んできた矢を叩き落としながら、定藤が儀礼堂を見た。

 兵士達も儀礼堂の様子に気付き、歓喜の声を上げる。

「ひ、姫様だぁ!! 無事のようだぞ!」

「あの者も勇士か!? もう一人来ていたのか!」

「お前達!! なんとしてもここを守り切るぞ!!」

 兵士達が勢いを取り戻す。

 不幸中の幸いか、ゴブリン達は儀礼堂の周囲からは群れを引き、林達のいるこの場所に集中している。その隙を見て、ウォールが少女を抱えたまま瓦礫の山を駆け抜け、木の影に身を隠した。

「林! 早う手を!」

 定藤が再度手を伸ばす。

 林はウォールの怪我が気にかかったが、身体の動きから見てきっと大丈夫だろうと判断した。

 定藤の手を取るため、林は前を向いた。


「…………え」


 顔を動かした一瞬。林の目に「あり得ないもの」が映った。

「林! どうした!」

 定藤が呼ぶが、林は目線をある一点に戻す。

「……うそでしょ!?」


 戦いの最前線と、儀礼堂の残骸との中間地点。

 キャンサーγガンマが、たった独りでそこを歩いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る