ペッパーズカンパニーへようこそ -2-
「では! 改めましてウォール・マインさん!」
「……はぁ」
プラターネが再び声を掛けた。ウォールと呼ばれる中年男は恐る恐る皆の前に出る。
「皆様の中では、あなたが最も『知識処理』に優れた時代におられましたので、代表して説明させていただきます! あ、もちろん他の方も聞いていただいて構いません!」
「時代?」ウォールが言った。「ここにいる我々は、全員違う時代から来たということなのか?」
「その通りです!」
プラターネが元気に返事をした。
まあ住んでいる時代は違うだろう、と
プラターネが続ける。
「人材派遣会社、というのはご存じですか?」
「……知っている。私のいた国家では【廃れた】ものだったが、知識としては」
人材派遣が廃れた? どんな国に居たんだろうと思う林を余所に、プラターネが喋る。
「
「場所?」
ウォールが聞き返す。
プラターネは一呼吸置いてから言った。
「『異世界』、というのをご存じですか?」
「…………そういう言葉を使った書物には、何回か目を通した。しかし大体は創作物か、信憑性の薄いスピリチュアル系の本でだ」
ウォールの返事を聞いて、プラターネが満足そうに頷いた。
「言葉の意味がお分かりであれば大丈夫です! そう! その異世界! つまり『自分達の住む世界ではない別の世界』に人材を送る仕事。それがペッパーズカンパニーの業務です!」
そう宣言するプラターネに「待ってくれ」とウォールが言葉を挟む。
「人材を送るとは……貴方は異世界というものが本当にあると、そう言っているのか……? ある国から別の国に移動する、ならまだしも……別の世界だと?」
「……俺も納得できねぇな」そう言ったのは若き軍人、ニコラスだ。
「俺は軍隊に入って、都会にも長いこと居たが、異世界とやらの話なんて聞いたこともねぇ……他所の国から働きに来た異人の口からもな。お前が言ってることはデタラメだ。いわゆる霊感商法ってやつだろう。俺の
「いえ、そういう類のものでは……」
困った表情で返すプラターネを無視して、ニコラスは指を差しながら迫っていく。
「そうだ! そうに決まってる! その耳だって作り物だろ!?」
プラターネはニコラスの勢いに押され、一歩後ろに下がった。
「……そうかぁ? わしは今ので結構分かったぞ」
「!?」
その声にニコラスが驚愕して振り返る。
喋ったのは定藤だった。林が驚いて定藤を見る。
「え……? 分かったってマジですか?」
「左様。おぬしは分からんかったか?」
「分かるわけねぇだろ!?」ニコラスが定藤に迫った。
「サムライ野郎! 適当に話を合わせんじゃねぇ! あの女が調子に乗ったらどうすんだよ!」
「しっかしのう……」
定藤がボリボリと頭を掻いた。
「己の居た世界とは異なる世界を異世界と申すのなら、ここは既にわしにとっては異世界じゃ。見たこともない建物。見たこともない格好の
「それは……!」
ニコラスは言葉に詰まった。
「……ワタシも貴方に賛同いたします」
少女の声がした。ニコラスが振り向く。キャンサー
「ワタシの中には正確な座標特定機器がありますが、今それが通常では有り得ない数値を出しております。衛星とのリンクも不可能です。ここはワタシが居た世界とは別の場所だという可能性が高いと推測されます。……ワタシが故障していなければですが」
「え……自信持とうよ。多分合ってるよ」
悲しげな表情を浮かべたγを、林が慰めた。その様子を見てニコラスが目を丸くする。
「なっ……リン! お前もか!?」
「え? 気安く名前で呼ばないでください」
「やかましい! お前……信じるのか!? こんな馬鹿げた話!」
「……うーん、なんというか」
林が頬をポリポリと掻いた。
「そういう馬鹿げた話、日本人は結構好きなもので……」
「おい、一緒くたにするな! わしゃモノノケは嫌いじゃ」
林と定藤の反応を見て、ニコラスが唇を噛んだ。
ずっと考え込んでいたウォールが口を開く。
「……分かった。とりあえず異世界とやらを信じよう。話の続きを」
「かしこまりました!」
待ってましたとばかりにプラターネが手を挙げた。
「先程も申しました通り、私達は異世界へと人材を派遣しております! 派遣チームは複数人から構成されていて、便宜上A~Zチームとしております。皆様はその中のPチームに当たります!」
「なるほど……いや待った。今なんと?」
ウォールが慌てて聞き返した。プラターネが首をかしげる。
「え? 皆様は派遣チームのPチームだと……」
「……我々が、その異世界に送られるという、派遣社員だと……?」
「? そうですが……」
「は……はぁ!?」黙っていたニコラスが再び口を開いた。
「ど、どういうことだよそりゃ!? なんで俺達が異世界とやらに行かされなきゃなんねぇんだ!?」
え? とプラターネが不思議そうな表情を浮かべた。
「それはその……そういう契約ですから。皆様も契約書にサインをされたはずですよ?」
「契約書……!? サイン!?」
ニコラスが叫ぶ。
「ユーマ族に伝わる『光の契紙』です。契約内容に異議がなく、強い思いを込めて紙に触れれば、契約が達成されます。……皆様ご存じのはずでは?」
プラターネの言う「光の契紙」というものは、全員覚えがあった。この場所に来る前に、自分が触れた金色に輝く紙のことだろう。
どうやら、あの紙に触れることそのものが、「サイン」を意味したらしい。サインをしたことで、自分達はペッパーズカンパニーとやらと契約をし、社員になったのだと、林は理解した。
そして、言いたいことはただ一つだった。
「……契約内容なんて見る暇ねぇよ!?」
「……契約内容なんて見る暇ないよ!?」
ニコラスと林の声が被った。ここに来て初めて二人の意見が一致した瞬間だった。
他の三名は何も言わないが、各々の表情から察するに、二人と同じ思いだと推測される。
プラターネが「え、え、え」と焦り出した。
「いやしかし……契約文は数分で読めるように簡潔にまとめましたよ……!?」
「戦場で数分も突っ立ってられるかぁ!? 数行読んでる内にあの世行きだぁ!!」ニコラスが怒鳴った。
「落下中に文章なんか読めないでしょ! 地面に着いてからゆっくり目を通せと!?」林も怒鳴った。
落下……? と後ろでウォールが呟いたが、林は構わず喋り続ける。
「というか『やり直したいですか?』って言われた気がするけど……あれって転職的な意味!? まず働いてないよ! こちとら未成年ですけど!」
「いや……文言はマニュアル通りに喋っているもので……」
「とにかく!」ニコラスがプラターネを指差した。「俺は来たくてここに来たんじゃねぇ! 異世界なんざ尚更だ! 分かったなら俺を元の世界に戻せ!」
ニコラスに迫られて、プラターネがグルグルと目を回す。
「え……ええ……しかし……もう皆様は契約をされて……」
「あんなん無効だ無効! そっちの都合で訳の分かんねぇとこに行ってたまるかってんだ!!」
プラターネがその場にしゃがみ込んでしまう。
「でも私……皆様に仕事に出てもらわないと……」
「早く戻せ!!」ニコラスが怒鳴る。
「もう……死ぬしか……!」
「…………へ?」
ニコラスが気の抜けた声を出したのと、同時だった。
部屋の全方位にあった扉が、バァンという音と共に開いた。
そして開いた扉から、紫色の煙のようなものが立ち昇ってきた。
「……は? え? はぁ!?」
ニコラスは動揺した。林も同様だった。よく見れば、壁のレンガも紫色に変色を始めている。
そして何より、プラターネに大きな変化が起きていた。
桜色の髪の毛が暴風に煽られたように巻き上がり、その先端が茶色く変色し出す。
尖った耳が、さらにギザギザと大きく歪みだす。
綺麗だったプラターネの顔が、涙を流し、しわくちゃになる。
プラターネは何かを言っていた。
「私……! 私わたくし……! ここに入ってから失敗続きで……! 上司やみんなからも役立たずって言われて……!!『キーファー様』からこの仕事で挽回しろと言われて、私、張り切っていたのに……! また失敗して……! こんなのもう……死ぬしか……!!」
プラターネが呪詛のように何かを呟くに連れて、部屋がどんどん浸食されていく。
完全に紫に染まったレンガの一部に、ビシッ、とヒビが入る。
「……あのこれ……まずいんじゃ……?」
林が震えた声で言った。ニコラスが慌ててプラターネに声を掛ける。
「お……おい待て! 俺は別にあんたを追い込むつもりじゃ……! ただ元の世界に帰らせてくれって言ってるだけで……」
「帰っていただいたところで私の失敗は消えません……!!」
プラターネが叫び、壁のヒビがさらに広がった。
「私はダメなやつです……! ユーマ族の面汚し……! このままこの場所もろとも生き埋めになって死にます……!!」
「漏れなく俺達も道連れだろそれ!? 頼むよ! 落ち着いてくれよ!!」
ニコラスの叫びも虚しく、プラターネはさらに力を込める。壁の一部が崩壊し、天井からレンガが数個落下し、危うく当たりそうになったウォールは大きくのけ反った。林はγを抱える形で、その場に伏せた。
「──あい分かったっ!」
「!?」
「え……?」
プラターネがくしゃくしゃになった顔を上げた。と同時に、部屋の崩壊がピタリと止まり、全ての扉がバタンと閉まった。
声を出したのは定藤だった。定藤はプラターネに近付き、しゃがみ込んでプラターネの顔を見た。
「わしらがおぬしの提案を断ると、おぬしは命を絶つと申すのじゃな?」
「……私は……」プラターネの瞳から涙が一粒落ちる。
「……よかろう。さすればこの定藤、その異世界とやらに行こうではないか」
「え!?」プラターネが歓喜の顔を浮かべた。
「え!?」ニコラスが驚愕の顔を浮かべた。
「お……おいサムライ野郎、正気か?」
「いや……少し考えてもみたのだが」定藤がすっと立ち上がる。「わしはここに来る前は敵に追われていて、討ち取られるのも時間の問題であった。そんな折、あの紙を掴んでここに来た。つまり、わしはこの者に命を救われておる」
「……!」
林は息を飲んだ。
定藤はニカッと歯を見せ、プラターネに向き合う。
「そのような者を目の前でみすみす死なせたとあっては、わしの、
「さっ……里崎定藤さん……!」プラターネが泣きながら定藤の手を取った。「ありがとうございます……! ありがとうございます! この恩は決して……! Pチームのリーダーはあなたに御任せします……!」
「よう分からんが、おぬしがやれと言うのならやろうではないか」
そう言って定藤はカッカッカッと笑った。
「……上手く収まったようだ」
ウォールが額の汗を拭った。
ニコラスが「ん?」と眉をひそめた。
「今、あの女なんつった? チーム? リーダー……?」
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