ペッパーズカンパニーへようこそ -3-

「……はい! というわけでして! 改めてPチームの皆様に業務内容を御説明いたします!」

「話ふりだしに戻ってんじゃあねぇか!!」

 元気を取り戻したプラターネに、ニコラスが叫んだ。

「異世界には行かねぇつってんだろ!? 帰してくれって!」

 プラターネは首を傾げた。

「え? いやしかし? 皆様のリーダーである里崎定藤サトザキサダフジさんは行くとおっしゃられておりますよ???」

「お前が勝手にリーダーに任命したんだろぉ!? ……キョトンとすんな!! 演技か!? 演技だよなさっきまでの惨状!!」

「まあ左様に声を荒らげるな坊主」定藤がカッカッカッと笑った。「皆が嫌だと申すなら、わし一人でも構わんぞ」

 プラターネが慌てて定藤を見た。

「え! いや! それは困ります! 業務はチームでやっていただかないと……!」

「しかし、嫌と申すものを無理に連れいっても、力にはならんぞ?」

 ……なんで急激に仲良くなってんだこいつらと、ニコラスがうんざりした目で二人を見た。

 その前を、一人が歩み出る。

「わたしも行くよ」

 火神林カガミリンが言った。

「なっ……」ニコラスが林に向かって言う。「お前……何言ってんだ! お前だって騙されてここに来たんだろ!?」

「……理由はサダフジさんと同じだよ」林はプラターネを見ながら言った。「わたしもまあ……なんやかんやあってここに来る直前に死にかけたから、さ。それを助けてもらったお礼はしないと」

「火神林さん……!」

 プラターネが目を輝かせた。

「……いや、おぬしのような女子おなごは困るぞ。足手まといになる」

 定藤が言った。林が「えっ」と顔を向ける。

「そりゃないですよ。まだ何をするって決まったわけじゃないし……」

「しかし荒事とならば庇いきれぬぞ。……その上おぬし、既に怪我をしておるようだが」

「……いや、これは……」

 定藤が首の包帯を見ていることに気付き、林は咄嗟に手で隠した。しかし、その手にも包帯が巻いてあった。

「お二人とも、大丈夫です!」

 定藤と林の会話にプラターネが口を挟む。

「ペッパーズカンパニーの業務では、女性も、男性も、未成年の方でも、平等に活躍の場がございます!」

「……とのことです」

「……仕方ないのう」

 微笑む林を見て、定藤がため息を吐いた。

「……あ、ごめん。一緒に連れてきちゃったけど、あなたはどうする?」

 林は肩を押さえているγガンマに声を掛けた。

 γはしばらく黙っていたが、「何か」を確認し終えたようなタイミングで口を開いた。

「……ワタシは直近まで、科学省職員のネアロス様の命令を承っておりましたが、何故か今、その命令は取り消されております。何の命令も受けていない場合、ワタシは近くのヒトの命令を聞くようにプログラミングされております。何なりとお申し付けください」

「なんかぁ……そんなにかしこまられると一緒に来てって言いづらいな……」

「連れていって良いと思う」

 林が悩んでいると、もう一人前に出てきた。

「おそらく、この子に大いに助けられる場面も出てくるだろう」

 ウォール・マインが、γの頭を撫でた。γは猫のように目を瞑った。

「……あんたもか!」

 ニコラスが歯軋りした。

「国家に、もう私の居場所はない……貴方方あなたがたに付いて行って、今後どうするかを考えることにするよ。助けられたのは私も同じであるし」

 ウォールはそう言って、ふ、微笑んだ。

 林が改めてγを見る。

「……じゃあ、一緒に来てくれるかな? えーと、キャンサーガンマちゃん?」

「了解しました。今後、予期せぬトラブルが起こりうるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします」

「あはは、ロボットも自分の行動に保険掛けるんだね」

 林は笑い、γは笑わなかった。

 全員がニコラスを見た。

 ニコラスは目を瞑り、顔をしかめていたが、やがて悔しそうに拳を握り締めてから、前にドスドス歩いてきた。

「……分かった、分かったよ! 行けばいいんだろ!? そういえば俺も戦場からここに来たな! あんたに助けられてたな!」

 そして皆の隊列に加わって、腕を組みながらフンッと鼻を鳴らした。


「……では! 皆様お集りなっていただいたところで、今一度点呼を取らせていただきます!」

 プラターネが手を挙げた。


「里崎定藤さん!」

「うむ」


「ニコラス・ニコットさん!」

「けっ!」


「ウォール・マインさん!」

「うん」


「キャンサーγさん」

「はい」


「火神林さん!」

「火神ですよね?」

「火神です!」

「はい!」


 点呼を終えたプラターネは満足そうに微笑む。

「さて、改めてペッパーズカンパニーの業務説明をさせていただきます! 当社は、あらゆる世界に存在する『トラブル』を解決することを目的としております。トラブルの解決は派遣社員の皆様に協力して当たっていただき、担当者の私は異世界への斡旋と、カウンセリング等の相談役を務めさせてもらいます!」

「会社なんだろ? 給料はどうなんだよ」

 ニコラスが聞いた。

「当社は多くの世界を扱っているため、あいにく通貨でのお支払いは出来かねません。その代わり、一つの仕事を終えられた暁には、可能な限りの物的報酬をお支払い致します」

「……つまり一回は異世界に飛ばねぇと何もくれねぇわけか」

 吐き捨てるニコラスに、プラターネが「決まりですので」と頭を下げた。

 プラターネは部屋の扉の一つを開ける。

 今度は紫の煙は出てこず、扉の先は真っ黒で何も見えない。

「この部屋の扉はあらゆる世界に通じていて、社員の方はこの部屋から異世界に向かいます。一つの世界でのトラブルが解決されると、またこの部屋に戻っていただくことになります」

「異世界からこの部屋へは、どうやって戻ればいい?」

 ウォールの質問に、プラターネがすぐさま返答する。

「皆様をここにお呼びした時同様、『光の契紙』を用います。トラブルが解決されると担当者の私に伝わるので、その時に契紙を皆様の前に出現させます。あの紙に触れていただくと、自動的にここへ転送されます」

 「光の契紙」の効果は実際に体感済みであったため、ウォールはその説明で納得した。

 林が手を挙げる。

「この扉の先は、どんな世界になってるんですか? どんな問題が?」

 プラターネが「申し訳ありません」と頭を下げた。

「扉の先がどのような世界になっているかは、ユーマ族の我々にも完全には把握できていないのです……どんなトラブルがあるのかも」

「えっ、そうなの……?」

 林は急速に不安になってきた。ニコラスがそれ見たことかといった風に肩を竦める。

「あっ! 御心配なく!」プラターネは林の顔を見て慌てて言った。「どんなトラブルにも対応できるように、ペッパーズカンパニーから皆様に『二つの能力』をプレゼントさせていただいております!」

「二つの能力……?」

 林が首を傾げた。

「一つは、既に皆様が使われている『言語自動翻訳能力』です。その能力があれば、どんな言葉も、どんな文字も、瞬時に理解することができ、また自分から口にした言葉も、その場所の言語に自動的に変換されます」

「……なるほどね」

 ニコラスやウォールと普通に会話が出来たのは、その能力のおかげだったのかと林は理解した。

「そしてもう一つの能力ですが……これは皆様の『内に眠る能力』です」

「内に眠る能力……」

 γが呟いた。

 プラターネが続ける。

「それは、個人が心で望んだ『何か』が形になった力、と言ってもよいものです。効果は人によって大きく変わります。皆様はまだ、この力には目覚めてはおりません。よって現段階では、詳しい説明は出来ないのです」

「そりゃ参考にならない情報をどーもよ」

 ニコラスが耳をほじりながら言った。

「そのためのチームなのです」プラターネがにっこりと笑う。「この能力は、異世界に着いた全員がすぐに使えるとは限りません。能力が分からない間は、能力を得た人に助けていただく。全員が能力を身に着ければ、それぞれ得意分野を担当し、大きな問題を協力して打ち破る……それが異世界での基本的な行動になります」

「ま! とにかく異世界とやらに行ってみれば分かることじゃな」

 定藤が適当に話を〆た。そういえばこの人リーダーにされてたな、と林はそれについても今更ながら心配になってきた。

 プラターネが間を空け、皆に告げた。

「──では皆様、準備はよろしいですか?」


「おうよ!」

 定藤がパンッと手を合わせた。


「……知らねぇぞどうなっても」

 ニコラスが耳垢をフッと息で飛ばした。


「問題ない。【覚悟】は、ここに来る前に済ませてある」

 ウォールが胸に手を当てた。


「システムに異常なし……大丈夫のはずです」

 林の腕の中でγが目を閉じた。


「まあ……出来る限りのことをやろうね」

 林がγを押さえながら、前を向いた。


「……では! Pチームの皆様! よい仕事を! よい旅を!」

 プラターネの言葉を合図に、定藤が勇ましく扉の中に入った。

 次に渋々とニコラスが、その次に堂々とウォールが。

 その次にγと林が同時に入……ろうとしたところで、林の足が止まった。

「あ、プラターネさん。最後にもう一つ伺っていいですか?」

「はい! なんでしょう?」

「先程からご自分を『ユーマ族』と呼ばれていますが、ユーマ族とはどんな種族なんですか?」

「……………………」

「……………………」

「…………よい旅を!」

「あっ……分かりました! 行きまぁす」

 聞いちゃダメなやつだったかと林は苦笑し、γを連れてそそくさと扉をくぐった。

 扉の中に入った瞬間、再び林を浮遊感が襲った。



 Pチームが異世界に旅立ち、後にはプラターネ一人が残された。

 プラターネはそっと扉を閉じると、ふぅ、息を吐く。

 そしてレンガが数個抜けた天井を見上げ、ポツリ、呟いた。


「今度の皆様とは、どれだけ一緒に居られるでしょう……」

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