10(大道具)

 最後にわたしが向かったのは、学校の体育館裏だった。

 そこは運動場のすみっこにもあたる何もない空き地で、剥きだしの土に雑草が生えているだけの空間だった。要するに、ちょっとした大工作業をするのにはもってこいの場所なのだ。

 とはいえ、この炎天下で、青空だけが雲ひとつなく涼しい顔をしているとなると、そうも言ってられない。じっとしているだけで汗が出るし、太陽光が肌に浸透する、あまりありがたくない感覚を体験することだってできる。

 そんな体育館裏に、両手に軍手をして首にタオルを巻いた、あまりおしゃれとはいえない格好の男子生徒がいた。

 ――清橋誠司きよはしせいじと宮坂孝太の二人だ。

 二人がこんな世界の果てみたいにうらぶれた空き地で何をしているかというと、大道具を制作しているのだった。

「それ以上は、わたしに近づかないでね」

 と、わたしは一定の距離をたもちつつ、にこりとして言った。

 清橋のほうは「――ふん」と一笑に付す感じで、宮坂くんのほうは何故か恐縮している。これはこれで、対照的な二人だった。

 二人ともわたしと同じ二年生で、宮坂くんは前に説明したとおりの薄幸の美少年。元々は道具係をやることが多かったけど、今回は役をもらっている。ここにいるのは大道具のための手伝いに回されたからだろう。どこに隠しているのかはわからないけれど、意外な度胸があって、舞台では普段よりもよっぽど立派に演技をこなす。

 もう一人の清橋は、無口で冷笑的で、もっと簡単に表現すると嫌味なやつだった。長めでおしゃれな七三分けで、動きのいちいちにきざなところがある。指がやけにきれいで、ファッションデザイナー志望だと本人は語っていた。

 当然、演劇部では衣装担当なのだけど、今回の舞台では出番がない。劇中では、仮面に学校の制服という格好に決まったからだ。残念ながら、自慢の腕を振るう機会はない。その代わりではないけれど、役を与えられている。

 ちなみに、うちの高校の制服はけっこうクラシックなデザインのセーラー服と詰め襟になっている。あまりにクラシックなので、脳天気系女子ともいうべきわたしなんかには、全然似あわない仕様になっているほどだ。

 ――これは、余談。

 ノコギリやら釘やらトンカチを使って作業する二人を見ながら、わたしは指示を出してやった。

「そこ、ちょっと傾いてるよ。ノコギリで切るのはまっすぐにね。あー、だめだめ、それじゃバランスが崩れちゃう。最初からやり直して」

「貴様はどこぞの小姑か」

 寸鉄人を刺す清橋だった。

 二人が今作っているのは、舞台の中央にすえられるお屋敷の門だった。基本的にはここを通って人が出入りするので、かなり重要な装置である。デザイン案では有名なミケーネの獅子門をモチーフにして、ほかにははるばる法隆寺までやって来た、教科書でも有名なエンタシスの柱を四本立てることになっていた。

 二人のそばには、設計図とは別に、完成時のイメージとしてその獅子門の写真が印刷されている。画像自体はネットで簡単に見つけたものだ。ずいぶん便利な世の中になったものである。

 わたしは二人の働きぶりを監督しながら、単刀直入に訊いてみた。

「つかぬことを訊くけど、今回の舞台の脚本を書いたのって二人のうちのどっちか?」

 わたしの独創的かつ鋭利な質問に対して、清橋は「答えるのもバカバカしい」という感じに鼻で笑い、宮坂くんのほうは質問の意図が理解できないとでもいうふうに、戸惑った表情を浮かべた。

 ここまでは、まあ予想通りだ。けどわたしには、とっておきの秘策があった。

「……あの脚本、すっごくよく出来てると思うんだよねー」

 と、わたしはさりげなさを装いながら言った。

「きっと書いたのは、天才だよ、天才。一体どんな人なんだろうね。一度でいいから会ってみたいと思わない?」

 わたしの迫真の演技に対する二人の批評は、

「変なものでも食ったのか?」

「どうかしたの、小森さん」

 だった。見事にステレオで否定されてしまっている。

 ――まあ、トンチなんて所詮はこんなものだ。

 二人はこんなやつ相手にしても無駄だと判断したらしく、門の制作に戻った。どこかからもらったか、拾ってきたらしいベニヤ板を加工して、それらしい形を作っていく。低予算の宿命というものだった。

 かよわい女子であるわたしに危険な大工仕事なんて無理だったし、何よりここは熱すぎるし、うるさすぎる。トンカチやノコギリが軽度の拷問なみの音量で響き、太陽は新しい思いつきでも試すみたいにじりじりと地上を灼きつけていた。まさか、太陽神の息子のほうが馬車に乗っているわけでもあるまいに。

 とりあえず、わたしは諦めてその場を立ち去ることにした。消去法でいくと、脚本を書いたのは二人のうちのどちらかである可能性が高かったのだけど――

「じゃあ、またあとでね」

 と、わたしが行こうとすると、何故か後ろから呼びとめられている。

 見ると、宮坂くんだった。

 いつものごく煮えきらない態度で、自分から声をかけたわりにはどうすべきか迷っているみたいだった。温泉卵にも等しい少年なのである。

「どうかした?」

 わたしは助け舟を出して、先をうながしてみた。

 すると宮坂くんは、蝋で固めた翼で飛び立つ決意でもしたみたいに言った。

「――それ、書いたのが誰かわかったらどうするつもりなの?」

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