第148話 悪寒

 光に包まれて、転送された先は前回とは全く違うダンジョンだった。

 前回は緑豊かなダンジョンだったのに対して、今回は地面が氷に覆われており極寒の地になっている。

 つまり草木は枯れて水も食料も無い、生命が枯れ果てた氷のダンジョンのようだ。


 吹雪のせいで視界が悪いが、遮蔽物となるものが無いため身を守ることが出来ない。

 そのため、些か心細くなる。


「マスター、まずは外周へ移動して拠点を作りましょう。この寒さは、生身の人間には厳しいです。体力を削られる前に急ぎましょう」


「そうだな。俺は平気だけど、生徒たちはキツいかもな。よし、分かった急ごう!」


 俺は『熱耐性』があるからそれ程寒くはないが、他のみんなはこの極寒のダンジョンにいるだけで、かなり消耗品してしまうだろう。


 だからすぐに拠点を作って寒さから身を守らないといけない。

 俺たちはタニアの先導の元、西に向かって行く。

 全周はかなり広いらしく、タニアの索敵でも把握は出来ない程らしい。

 しかしコアを渡しているので、全体像は掴めている。


 飛ばされた位置は、フロアの中心からやや西側に位置していて、近くには敵も見方も感知出来なかった。

 さらに西側に敵がいた場合は戦闘になるかもしれないが、今のところそれらしき反応はないようだ。

 であれば、今のうちに移動するのがいいだろう。


 しばらく走り、ダンジョンの壁が見えた。壁一面が凍りつき、見ているだけで寒くなるな。


「壁を背に砦を構築します、マスター」


「ああ、頼んだぞ!」


 次の瞬間、地面から次々には柱が現れる。

 それらを繋ぐように壁が出来上がり、あっという間に小さな砦が出来上がる。


「いつ見ても凄いな。しかも前の時よりも早くないか?」


「はい、マスター。

 前回に作った砦の構造を記憶し、それを元に作りました。そのおかげで10倍の速さで作ることが可能に!!」


「お、おう。それは凄いな」


 何故か語気が強くなるタニアに圧倒されてしまう。えっと、なんのスイッチが入ったんだ?


「さらに前回では用意出来なかった、風呂、トイレは水洗式に! レバーを押すだけで飲み水も可能にしましたよ、マスター!」


「おおー! それは確かに凄いな!

 戦場の砦なのに、設備が別荘並みだな」


 こちらの世界では、水洗式なんて貴族の屋敷にしかないしレバーから水が出るなんて王族の屋敷くらだとか。

 それを再現してしまうあたり、やはりタニアは優秀だよ。ダンジョンに奥に閉じ込めておくのは勿体無さすぎる。


 ベルフェゴールなら人材はいくらでも調達出来たのだろうから、何も思わないのだろうなぁ。

 おかげで俺は得しているので、結果的にそれで良かったけどね。


「さて、それでは中に入り防衛策を練りましょう、マスター」


「ああ、そうしよう!

 みんな行くぞっ!」


「はいっ!」


 俺たちは、これからやって来るであろう強敵を迎え撃つべく、作戦会議室へ移動するのであった。


──その頃。


「我が『竜眼』によれば、かの人間は我らと真逆の西に陣を敷いたようだ。

 グラジード公爵は北側に、ブラド公爵は南側にいるようだな。下手をすれば移動中に挟み撃ちに遭うが、奴らは滅多なことでは動くまい。

 キトラ、お主も着いてこい。手柄はくれてやろう」


 巨大な竜人に呼ばれたキトラは、見た目は華奢な獣人だ。全身が黄色の体で覆われていて黒い縞模様が入っている。頭には猫の耳が着いており、虎の獣人のようだ。


 爪の先は鋭く、まるで鋼鉄で出来ているかのように頑丈そうだ。それで切り裂かれれば、岩でも一瞬で真っ二つになるであろう。


「わかったにゃ。旦那の『竜眼』で探してくれれば、軟弱な人間なんてあっという間に細切れにしてみせるにゃ」


 そう言って、自身の爪をペロリと舐める。

 その見た目と違い、鋭く獲物を狙う眼光は猛獣そのものだ。

 竜人はそれを見て、頼もしいと思いつつも、自分にはもうない未来があることを妬ましく感じていた。


「やれやれ、全く厄介な呪いだよ。

 あの時に敗北し、あの方に見初められた時点で我が人生は決まっていたのだな。

 しかし、そんな我を窮地に追いやったあの男だけは許せん。

──妬ましい、妬ましいっ!!」


 そこで竜人は『嫉妬』スキルを発動する。

 これにより、何処にいても彼──レビアタンが生きている限り、彼の仲間に通知され続ける。

 更に、スキル対象者に対して攻撃力が上がるという副次効果も発揮されてしまう。


「クックック。これでもう逃げられないぞ。

 リューマとやらよ!!

 ハーッハッハッ!!」


 最後にグオオオオオオオオオッ!!!と竜の雄叫びをあげて、全軍を西に向けて進軍させるレビアタンであった。


──


「なんか、聞こえたか?」


「? 特別変わった音はしていないですが、何かありましたかマスター?」


「どうかしたか、リューマ?

 寒い? ミィヤが温めてあげようか?」


「いや、なんか叫び声みたいなのが聞こえた気がして……。

 うあ、すげー寒いな」


 さっきまではなんとも無かったのに、悪寒が走った。背筋を嫌な汗が流れる。

 寒さにも耐性があるのに、芯から冷やすような感覚に嫌な予感しかしない。


「何か凄く嫌な感じがするんだ」


「マスター?! ステータスを見てください。

 これは、まさか。そんないつの間に?!」


 タニアが混乱したかのように、言葉に要領を得ない。一体、何がどうしたと言うのか。

 取り敢えず、ステータスを見るか……。

 ……なんだこれ?!


 川西 龍真(かわにし りゅうま)

 36歳 男 用務員、迷宮管理人、魔王代理

 レベル:100

 HP: 5000/5000 MP: 5000/5000

 状態:呪い【嫉妬】

 ──


「なんだこれ?!

 呪いって、なんだよ!!」


「はい、マスター。『嫉妬』の魔王より攻撃を受けたようです。

 しかし、前回の相手が嫉妬の魔王であったのに何故に今発動するのかが分かりません」


「もしかして、『嫉妬』の魔王配下がいるのか?」


「配下……。その程度の者が魔王のスキルを使うことは不可能なのじゃ、主様。

 妾のように、元魔王か魔王本人以外には有り得ないのじゃ」


「それは確かか、シャクティ」


 元魔王であるシャクティが言うなら間違いないだろう。しかし、それが本当だと嫉妬の魔王がいることになるぞ?


「ただ、流石に他の陣営に入り込むなんて通常では出来ないでは?」


「それはそうじゃな。しかし、その魔王の座を降りたなら不可能ではないのじゃ!

 それこそ、妾のように他の主に忠誠を誓うとか、なのじゃ!」


「そうだとしても、たった一日でそこまで話を付けることが出来るのか?」


「実際に『怠惰』の陣営が勝利を確定したのは一週間もかからなかったみたいです、マスター。

 その為、他の魔王陣営に交渉する時間はもっとあったと思われます」


「それにしたって、いくら負けたからってそこまでするかなぁ?」


「主様。『嫉妬』の影響はかなり強いのじゃ。

 それこそ、一度相手を妬めばその相手が死ぬまで妬み誹り続けるほどにな」


「うわぁ、厄介な相手に目をつけられてしまったな」


 シャクティの予想が正しければ、俺は死ぬまで『嫉妬』の魔王に妬まれることになる。

 それが嫌なら、『嫉妬』の魔王の命を奪うしかない。


「ちなみに、この呪いは解除出来ないか?」


「んー、無理だと思うぞ?

 仮にも魔王のスキル。そう簡単に解除出来るなら苦労しないのじゃ!」


「マジかよ。そうなると、やるしかないってことか。ちなみに『嫉妬』の呪いにかかるとどうなるんだ?」


「はい、マスター。『嫉妬』の効果は──」


 タニアが言おうとした瞬間だった。

 ゴオオオオオオオォォォォッ!!っと突然砦に轟音が鳴り響く。


「リューマ兄ちゃん、敵襲だわっ!!」


「なんで、こんなに早く!?」


 そして、俺に悪寒をもたらした原因がそこに現れるのであった。

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