第146話 観戦

「なんとー!なななな、なんとー!!

 人間であるリューマのチームが勝利です!

 これは大判狂わせだ~っっ!!

 竜人であるのに、人間に負けたダイガンは惨めにもここで生涯を閉じました!!」


 けたたましいアナウンスが会場に鳴り響き、それを聞いている者たちは一喜一憂の声を上げる。

 ここは魔族領にある、とある闘技場。


 会場には多種多様な種類の魔族がひしめき合っている。

 そして手には何やら名前と金額が記載された札を持っていた。

 魔族たちはその札の名前の代表者の名前を叫び、歓声を上げたり、怨嗟の声を上げたりと闘技場の中心に映し出されている映像に夢中になっている。


 そう、ここはリューマたちが行っている代理戦争を賭け事の対象にして、その様子をリアルタイムで映し観戦する会場だ。

 胴元は、なんと魔王ベルフェゴールである。


 彼は人間たちの娯楽をこよなく愛しており、こういう時だけは率先してイベントを開催するのだ。

 呼ばれているのは各魔王と、その配下である貴族階級である魔族たちだ。


 人間が居ないのは、純粋に魔王の統治下にある人間領がないだけだが、あったとしてもこんなところに来れば数秒と持たずに失神することだろう。

 それだけここに集まる魔族は強いものしかいない。


「アッハッハッハッハッ!

 あいつのおかげで大儲けだぜ!

 予想通り、初見であいつを倒せるやつはいないだろうな。

 しかし、次に当たるのは脳筋の竜人とは違うぜ?

 さあ、どうでるよリューマ」


 楽しそうに嗤うベルフェゴール。

 それを見て面白くないのは『嫉妬』の魔王だ。その姿は竜そのもので、氷で出来ているかのような鱗は半透明で美しい。

 瞳の色はサファイアの青で、直視すればその身を凍らせるほど冷たい光を放っている。


「まさか!あの方が送って下さった猛者が、たかが人間に負けただと?!

 ぐぅ、なんたる失態だ。仮にも我と同じ竜の名を冠する種族ならば、圧勝して然るべき!

 これが終わったら、かの種族は修正を施さないとなるまい」


 ギリギリと牙を軋ませ、映像を睨みつけるレビアタン。そして奥に見える、ベルフェゴールをちらりと覗き見た。


「あれは、主と同じ存在。

 なぜあの方だけは、外に出てこられるのだ?

 幻影にも見えぬが、それにしては魔力は低く見える。全く、相変わらず底の見えぬお方だ……」


 表世界の魔王として名を馳せるレビアタンだったが、真なる魔王というべきベルフェゴールには畏怖と敬意の念を抱いている。


 それでも自身に植え付けられた『嫉妬』の業が、ベルフェゴールを妬ましく思わせる。

 危険だと分かりつつも、本能に近いその衝動に抗うことは出来なかった。


 そのレビアタンを見つけてベルフェゴールは、ふっと鼻で笑う。


「うぐぐぐぐぐっ!!」


 恥辱と怒りが同時に湧き上がり、思わず飛び出しそうになるレビアタン。

 しかし、全身全霊で耐えたことでなんとか留まった。

 それを見てベルフェゴールは残念そうな舌打ちしていた。


「くっ。これ以上、あの方の挑発に乗るわけにはいかぬな。構うだけ損というものだ」

 

 無理やりベルフェゴールの姿を視線から外し、他の代表たちの様子を伺うのだった。


 ──リューマたち以外の戦いは数日に及んだ。

 その原因は、やはりというかベルフェゴール陣営の方にあった。


 まず、ベルフェゴールが子飼いにしている大盾の黒騎士グラジード公爵は、陣を作ると全くそこから動かなかったのだ。

 グラジード公爵に連れている部下はおらず、彼を守るものは誰もいない。


 しかし、彼は最後まで《無傷》であった。

 彼が持つ大盾はあらゆる攻撃を跳ね除ける力があるとされている。

 そのため、彼を襲う青い竜人たちは死角となる場所から大盾では防げない箇所へ攻撃を仕掛ける。

 だがしかし、誰も彼に攻撃を与えることは叶わない。いや、それどころか全ての攻撃を跳ね返され、その全てが致命傷となり無惨な骸と化した。


「まじかよー! やっぱり今回もグラジード公は無敗なのか?!」


「くそ、これじゃ賭けにもならないんじゃないか?」


 逐次外野が野次を飛ばすが、彼には聞こえるはずもない。

 もっとも、聞こえたところで反応すらしなかったであろうが。


 そして、最後まで全く動くことなく全ての敵を打ち倒してしまった。

 怠惰の下僕にふさわしき戦い方だと誰かが言い、誰もがそれに納得するのであった。


 ──もう一方の、血の結界に包まれた赤子のようなブラド公爵の戦いも一方的であった。


 真っ赤な鱗を持つ竜人たちが相手であったが、彼らの放つブレスも魔法も全て血の結界に飲み込むブラド公爵。


 さらに彼に気を取られていると、背後からアサシンの格好をした魔族が急所を狙い刃を突き刺してくる。

 反撃に成功するものもいるが、それを嘲笑うかのように黒い霧となってすぐに消えてしまう。


 つまり、ブラド公爵を囮に死角から暗殺者が襲いかかってくる。

 よく見ると、うっすらと周りの景色が赤くなっている。


「おお、あれがブラド公爵の『血の霧海ブラッドフォグ』か!

 あれに包まれたら最後、死ぬまで彷徨い続けるらしいぜ?」


「お前詳しいな!

 しかし、それは噂だろ?

 流石にベルフェゴール様が全勝するとか笑えないぞ?!」


「さてはお前、大穴狙いでレビアタン様に掛けたな?」


「前回は一勝はしていたんだろ?

 だからひとつくらいは勝てると思っていたんだが……」


 その先の光景を見て肩を落とすその魔族の男。

 男が見る映像には、ブラド公爵が禍々しい笑みを浮かべていた。


 赤い霧が晴れ、辺りには干からびた死体がいくつも転がっている。

 全て竜人が為す術なくそこで命が尽きたことを示していた。


 ぉぉおおおおおっっ!!!

 と会場に歓声が巻き起こる。

 これで、ベルフェゴールが完勝が決まったのだった。


「あーはっはっはっ!!

 今年は勝ちすぎてしまうかもな!

 そうなったら、余った領地はあいつらにくれてやろうか。

 増えても面倒だからなー!」


 他の魔王たちは、その言葉にため息は漏らしても決して咎める言葉は口にしない。

 代わりにレビアタンに哀れみの視線だけ送るのであった。


「こんな馬鹿なことがっ!!」


 前回は暴食と当たり、引き分けに終わったというのに今回は全敗だと?!

 これが序列四位の本当の実力だというのか?!」


 レビアタンはそこでこれから起こる自らの運命を思い、空を仰いだ。

 嫉妬の魔王は、ここで序列最下位が確定してしまう。つまり、降格である。

 明日には自分の存在は消えているだろう。

 ああ、せめて自ら戦争に参加出来ていればと嘆くばかりであった。


「これは、大荒れになるな~。

 リューマは、死ぬまで『嫉妬』に付きまとわれるだろうな!

 はっはっはっは」


 会場にはただただベルフェゴールの笑い声だけ響くのだった。

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