第145話 シャクティ対ダイガン
えっと、俺が戦う予定だったダイガン(鑑定済み)とかいう竜人族の戦士と、シャクティが対峙している。
シャクティはとてもやる気のようだ!
いや、さっきの打ち合わせはなんだったんだよ!
まぁ、戦わないで済むなら楽が出来て嬉しいけど、俺のやる気を返してくれ。
『うふふ。ごめんね、主様。
でもここで妾も自分の力がどこまで戻ったのか、試したくなったのじゃ!
許してたも?』
魔力を解放して見た目も雰囲気も色っぽくなったシャクティにそう言われれば頷くしかあるまい。
いや色気にやられたわけではない。本人の本気度が伝わっただけだからね?
『マスター、鼻の下を伸ばしているとミィヤにお伝えしましょうか?』
いや、勘弁してください。
というか何故にタニアまで怒っているのか謎なんだけど。すっかり人間みたいに感情を出すようになってしまったな。
それはさておき、いざとなったらすぐに参戦出来るように構えておこう。
こんなところでシャクティに消耗されても困るからな。
もしダイガンを倒しても、次の相手との戦いがすぐに始まるなら無駄な戦いは避けるべきだからな。
不利になったら問答無用で割って入るつもりだ。
「うふふふ、私の『色欲』に耐えれるだなんて我慢強いのね?
でも、そんな状態でまともに戦えるのかしら?」
ダイガンは平静に見えるが、どうやら完全に防いでいるわけでは無いようだ。
魔王の配下なら、『精神耐性』のアーティファクトの一つや二つ持っていそうだけどな。
『マスターも、ベルフェゴール様からは与えられていないですよ?』
そういやそうだった!
考えたら、呪いを解いてくれた以外に何もしてもらっていないぞ!?
よく考えたら、随分いいように使われているな俺。
『今更気がついたのですね、マスター……』
いま凄く哀れみの目で見られた気がしたけど、気のせいだ。そう、気にしたら負けなんだよ。
そうなると、自力で手に入れた物以外は持ち込んでいないのかな。
普通に考えて、色々と用意しておくと思うけどなぁ。
『あのダイガンという者は、かなり自尊心の高い雄のようです。
実際、今まで負けることも無かったのでしょうね。配下になった魔王以外には』
ステータスが高ければある程度は耐えれるとはいえ、いくらなんでも無謀というか無策過ぎるな。
ステータスだけ見れば俺よりも強いが、それだけで全てに勝てるほどこの世界は甘くない。
そういう意味では、一番戦い易い相手に当たったのかも。そう考えたら運がいいのかもしれない。
「ふん! この程度の色仕掛けで籠絡するほど、俺は弱くはないぞ?
それだけしか能がないなら、この勝負貰った!」
そう言ってシャクティに襲いかかるダイガン。
平気なフリしているけど、目が血走って呼吸がやや荒いのでかなりアウトだな。特に下半身が。
傍から見ると、色っぽいおねーさんに襲いかかる暴漢もしくはモンスターにしか見えない。
これから起こることに思わず期待……じゃなかった、心配をしてしまうよ。
「どおおりゃあああっ!!
はは、捕まえたぞ!! 地に伏して屈辱と共に負けを噛み締めるといいわ!!」
ダイガンはあろう事か、一瞬で背後にまわりシャクティを羽交い締めにして地面に押し倒した。
「あらあら。もう、乱暴にしないでね?」
「くはははっ! こんな所に女ひとりで来た愚かさを後悔するが──」
「と大人しくやられてあげると思ったの?
本当にお馬鹿さんね」
次の瞬間、シャクティが黒い霧となり霧散した。
そしてダイガンの背後に現れたかと思うと、その逞しい首にそっと口付けをする。
「がっ?!」
するとダイガンはビクンと背中を跳ねさせた。さらに苦しそうに呻いている。
シャクティはその唇をそっと離すが、ダイガンの首元から何かが溢れてシャクティの口に吸い込まれていく。
あれって、もしかして魂なのか?
『この世界には魂という概念はありません、マスター。
あれは、ダイガンの生命力そのものです』
うわー、流石はヴァンパイアの始祖だな。
単なる口付けで相手の生命を吸い取れるのかよ。
弱体化しているときに出会って良かったよ。
『発動条件はあるみたいです。
多分ですが、相手が『色欲』に支配されることが条件だと推測します』
なるほどな。だから敢えて攻撃せずに真正面から挑んだのだな。わざと自分を視認させるために。
「あなたの主人は何も教えてくれなかったのかしら?
魔王固有のスキルは、抵抗出来なかった時点で負けなのよ?
だから、あなたはもう終わりね」
ダイガンはみるみるうちに干からびていく。本来の力も発揮させずに、呆気なく命を散らすのだった。
なんだか哀れな最後だけど、唯一の救いはダイガンの部下も含めてみな幸せそうに恍惚の笑顔で死んでいったことくらいか。
……うん、俺は嫌だなこんな最期。
骨と皮だけのミイラのようになったダイガンの懐からころりと黒い玉が転がる。
「主様、コアを手に入れたわよ?」
「ああ、見事に完勝だな。
お疲れ様!」
シャクティはコアを拾い、俺に差し出した。
それを受け取ろうとした瞬間だった。
「?!」
その手を掴まれ、すっと身を寄せて俺に口付けをするシャクティ。
しっとりと濡れた唇は柔らかく、ちろりと侵入してくる舌が艶かしい。
「うふふ、ご褒美にこれくらいは頂かないとね?
次は、もっと。ね?」
すっと離れると、ねだるような仕草でそう言ってきたシャクティ。思わず俺も頷いてしまう。
それに満足そうに笑を浮かべてから、シャクティは魔力を収めた。
するといつもの少女の姿に戻ってしまった。
「何を残念そうな顔をしているのじゃ、主様。
心配するでない、希望があればいつでも大人の姿になってあげるのじゃ!」
「別に残念がってないから!
そんなことよりも、タニア。
これを預かってくれ」
そう言って、コアを渡した。
主を失っても、なお淡く光る黒い宝玉。
見ていると吸い込まれそうな気持ちになり、背中に冷たい汗が流れる。
「承知しました。
では、解析しますので拠点に戻りましょう」
タニアの分身体を抱えて、拠点に向かって走りだす。
「主様~、照れなくてもいいのじゃよー?」
気恥しさを振り切るように、全速力で森を駆け抜ける俺であった。
「主様早いのじゃ。ちょっと待つのじゃ~!」
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