第110話 勇者たちの一日
「あー! もう、無理!」
「これならダンジョン潜っている方がマシじゃね?」
男子学生たちが地べたに座り、文句をいいながら天を仰いでいる。
日本の学校なら、こんな姿もよく見かけるが、ここは異世界の城内にある訓練場。
彼らの格好も、学生服の上に鎧を付けるという違和感のある格好だ。
違和感は、本人達しか感じておらず、周りの人間たちは『勇者』は変わった服を着ている程度にしか思っていない。
それも数か月も経てば慣れてくるというもので、今では汚れにくく破けない便利な服として、毎日着用しているのだ。
しかし休みにもなれば、こちらの世界の服を着て現地の人間に紛れ込み、自由な時間を謳歌していたのだが、それもここ数日間はお預けを食らっている。
特に女子の間では不満が爆発しており、自由時間がないだけでなく男性が多い兵士の中でずっと訓練させられているのでもはや呪詛に近い愚痴ばかりが飛び交っている。
その受け皿になっている、彼・彼女たちの先生である響子のストレスもピークになっていた。最近ではトレードマークの笑顔も消えて、あからさまに不機嫌そうな顔をすることも多く、特に男子からは畏怖の念を抱かれている。
「もう、リューマ兄ちゃんはいつになったら帰ってくるのかな!」
周りに生徒がいないのをいいことに、唯一甘えられる人物の名前を言葉にする。
あまり友人にも知られていないが、親からのプレッシャーが強く甘えられない環境で育った響子は隠れ妹気質だったりする。
リアルな世界では出したことが無かったが、よくやっていた乙女系のイケメンばかりが出る恋愛ゲームでは推しの『お兄ちゃん』がいた。
いとこをお兄ちゃんと呼んでいたのは十数年も前なので、リューマを『お兄ちゃん』付けで呼ぶのはこっちの影響が強いのだろうが、本人はそれに気が付いていないのだった。
その原因は、リューマは若くなく、イケメンでもないからだが……、それは本人も一生知らない方が幸せだろう。
そんなわけで、渋めの『お兄ちゃん』を思い浮かべて現実逃避していた響子だが、あっさりと現実に戻されてしまう。
「せんせーい。いつまで訓練するのー?」
声を掛けてきたのは、戸田 茉莉花(とだ ジャスミン)だ。
モデルをやっていただけあり、スタイルが抜群で母親が台湾人で父親が日本人のハーフでエキゾジックな顔立ちの美人だ。
響子から見ても、羨ましいほどの整った顔は少し大人びているが口調は高校生そのものでギャップがまた男子人気を促進させている。
クラスでも女子グループの中心的存在で、彼女を慕って一緒に行動している女子はかなり多い。
かといって、別に素行が悪いとか教師に反抗的というわけでもないので、教師にも一目置かれている存在だ。だから響子も彼女を嫌いではなかった。
そんな彼女も、現状を不満に思う一人で最近は文句を言う回数が増えてきた。もともと物事をハッキリするタイプなので、普段なら頼もしくも感じるがこういう非常事態の場合、誤魔化しが効かないので説得するのが大変で響子のストレスを増やす生徒の一人になっている。
「ごめんなさいね。今は彼らに従うしかないの。
先生もどうにかしたいけど、逆らうとより『命令』が増えてみんなが苦しくなるのよ」
「でも、実際に『命令』が来たのは訓練開始の初日だけで、全然来ないじゃん。
だったら、多少はサボっても大丈夫なんじゃない?
響子ちゃんは、真面目過ぎだと思うなー」
彼女の言う通り、初日に『魔王軍討伐訓練に参加せよ』との命令が出た日から数日経っているが、あれ以来『命令』が来ない。
リューマから聞いた話だと、今まではマリウスが管理していたが彼が失踪したせいで、まともな管理が出来ていないのだろうという。
だが、自分達に掛けられた『呪い』は、王族が所有するアーティファクトであり、王族なら誰でも使えるものらしい。
だから、王が健在な限りいつ無茶な『命令』が下されるか分からないのだ。
今はまだ我慢できる『命令』しか出されていないが、いつ無茶苦茶な『命令』を出されるか分からない。そのきっかけをこちらが作るのは良くないと考えていた。
実際、文句は言ってきているものの全員が従っているのは、坂本が反抗して『命令』違反をした時に、全員が見ている前で尋常じゃない苦痛を与えられて気を失った姿を見せられたからだ。
ああはなりたくないという恐怖心を植え付けられている。
「私も出来るならそうしたのだけれど、みんながあんな目に遭うのは避けたいし……」
「それはそうだけどー。
でも、最近王様とか王女様とか全然見に来ないじゃん?
それに前まで監視しにきていた魔法使いのおっさん達も来ないし、少しづつ緩めてみたら?
流石にいきなり『命令違反だー!』とか言わないでしょう?」
そう、前までは王宮魔導士が必ず一人は同行していて、ダンジョンだろうが訓練だろうが監視がついていた。
しかし、リューマがマリウスを倒したと聞いてからは一回も来ていない。
それを考えると、今は一番監視が緩いとも考えられる。
「それもそうかもね。
うーん、ただいないのがバレちゃうとすぐ問題にしてきそうだから、訓練に参加する時間を減らしてみましょうか?」
「本当!? やったー、流石響子ちゃんは話がわかるー!
流石に一気に減らすとバレるのは分かっているから、少しづつ減らしてみる。
皆にはうまくいっておくから、任せてよ」
「ええ、分かったわ。
じゃあ、戸田さん任せていいかしら?」
「もう、相変わらず他人行儀なんだから。
私はジャスミンでいいよ!
こっちではファーストネームで呼ぶのが普通でしょう?」
「……、そうね。
じゃあジャスミン、宜しく頼むわね?」
「了解!
じゃ、まったね~!」
鈴香のようにただ無邪気な相手なら疲れないが、ジャスミンのように頭が切れて計算高く、それでいてコミュニケーション能力が高い相手は年下だったとしても緊張する。
なにせ、進学校の特進コースに学業のみで選ばれている生徒の一人なのだ。
自分とは頭の回転の速さが違う。
きっと、最初から答えを分かっていて聞いて来たに違いない。
「はぁ、なんであの子達の担任が私だったのだろう?」
思わずため息をつきながらも、訓練場に戻っていく。
きっと、男子達がサボっているのを窘めないといけないだろう。
無意識にそっと胃のあたりをさすりつつ、戻っていく響子。
「あ、来た来たー!
響子ちゃーん、また男子がサボってて訓練が終わらないから早くしてー」
「もう! 毛利とかどこいったわけ?!
湯田もいないじゃん!」
そう言って近づいてきた女子をなだめながらも、ステータス画面で所在を確認する。
しっかりと、ステータスの横に『透明化』と表示されていた。なるほど、そういうサボり方もあるかと一瞬感心してから頭を横に振る。
まさか、これで覗きとかしてないでしょうね。いや、動いたら解除されるはずだから大丈夫だろう。
そう思う事にしてから呪文を唱えた。
「全ての魔法の理を無に還せ。『
透明化が解除されると、だらけて座っている二人が見つかる。
そして、こちらにハッと気が付き、そしてばつが悪そうにして頭を掻くのだった。
「毛利君、湯田君。
どうせ魔法を使うなら、訓練に使ってくださいね?」
「はははは……、ばれたか」
「響子先生、また魔法の精度上がったね!
ははは……、すぐ戻りまーす!」
二人はサボりをバレて、誤魔化し笑いをしながら走って去っていく。
その後ろ姿にため息しか出ない響子だった。
「はぁ、ケーキ食べたい」
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