第81話 潜む者
タニアは急いでダンジョンの拡張を行っていた。
唯一の出入口が大規模魔法で封鎖されて今のままでは外に出ることすら出来ない。
悔しいが範囲外に出て、そこから出るしかないのだ。
魔法の性質上あまり時間はかけられない。マスターの命は刻一刻と削られている。回復魔法も使えないマスターでは、10分もあればそのHPの全てが削られてしまうだろう。
走るのと同じ速度で一部分のみ拡張したダンジョン。歪な形であるのは気に入らないが、そんなの気にしている場合ではない。
予定地点に辿り着くなり、外への新しい出口を創る。
タニアは、そこへ飛び入るようにして扉を開いた。外に出るとそこは泉の近くであった。綺麗な泉から村があった場所を見ると、半透明の膜が出来ている。
ドリアードの防御結界と似ているが、強度も凶悪さも段違いだ。
薄い膜のようなその魔法に触れると、バチバチといって手のひらが焼けてしまう。
おそよ普通にやっても解除出来ないと、その瞬間に理解出来た。
「新たに与えられたスキルは二つ─」
一つは、『
発動中は移動出来ない代わりに、あらゆる攻撃を防ぐ。防御スキルの中では最高の部類である。
二つ目は、『
発動した場合、自身を含めあらゆるものを破壊するスキル。これを使用した場合、自身の生存も危ぶまれる諸刃の攻撃。
まるで究極な盾矛の関係にあるスキルだ。
そして今使うべきは……。
「──後者ですね、魔王様。まるで私の覚悟を試しているようなスキル。しかし、迷っている暇はないですね」
タニアはマリウスが発動させた『
「今、お助けしますマスター。『
その瞬間にタニアの全身から凄まじい何かの力が放出される。さらに体内でもソレが暴れ回り出した。
その衝撃に耐えきれず、バキバキバキと身体中にヒビが入る。このままいけば、自身の体は崩れて粉々になるだろう。まさに決死のスキルだ。
「まだです!この壁を突破するまでは私は死ねない。マスター、今お助けします!!」
両手で押して、『
顔や腕にもヒビが入り、彫像のように美しさは面影がない。
左腕が遂に耐えきれずに弾け飛ぶ。
既に身体中に亀裂が入り、いつ破裂してもおかしくはなかった。
それでも。
「私は、絶対にやり遂げる!!!」
ビキビキビキッと半透明な壁に亀裂が入る。
そうタニアは遂にマリウスの魔法を打ち破ったのだ。だがしかし、これで終わりではない。満身創痍の体を引き摺り、守るべきマスターの元へと急ぐタニアだった。
「マスター、今行きます!」
──
「空が割れた?」
「がはっ。馬鹿な!!
対魔王用の魔法なんだぞっ?
誰が解除出来るっていうんだ!!」
吐血を繰り返して、憤るマリウス。下半身を失い、まだ生きているのが不思議な状態だ。人のことは言えないけど、この男は本当に人間なのか?
「リューマ! 言えっ!何をしたんだ?!」
「俺は何もしてないよ。というか、もう無理」
今攻撃されたらかなりまずいが、相手も起き上がらることは出来ない。最悪魔法を一二発撃たれてもまだ耐えれるし、俺はその場にへたりこんだ。
その時、後ろから声が聞こえてきた。
「マスター!! 無事でしたか!」
「おお、タニアかっ!? 無事と言えるか分からんけど、なんとか生きているよ」
そう言いつつ振り向いてギョッとする。
やってきたタニアは身体中に亀裂が入り、片腕がなかった。よく見なくてもボロボロの状態だった。
「まさか、マリウスの魔法を解除したのはタニアか?」
「はい、マスター。ギリギリでしたが、なんとか解除出来ました」
言わなくても、どれだけの無茶をして解除をしたのか分かってしまう。いつも冷静沈着といえるタニアがそんな無茶をするなんて想像もつかなかった。
だか、きっと勝算があってのことだろうと思う。
──がしかし、そうではなかったと思い知らされる。
「マスター。貴方が無事で良かったです。この命を掛けても五分五分でしたので。
本当に良かった……」
そう言うと、その場に崩れるタニア。
俺は慌ててタニアに駆け寄った。
「大丈夫かっ?!」
「問題ありません、マスター」
「いや、問題ありまくりだろっ」
良く考えたら、本体で出てくるなんて初めてのことだ。そうしなければならないほどの事態だったんだよな。
身を呈して助けてくれたタニアには本当に感謝しかない。
(マスター、『
(ああ、そうしてくれ)
これで取り敢えず、何かあればタニアをダンジョンに戻せるな。俺もMPが残り少ないから無茶は出来ないけどね。
「それはそうと、マリウス。なんでそんな状態で生きているんだ?」
「あんまりな言い草だな。回復魔法使ってなんとか命を繋いでいるんだよ?
人をこんな姿にしておいて、酷い奴だな」
「おいおい、そっちが仕掛けてきたんだろ?」
「目的の為には仕方ないだろ。
はぁ、でももういいや。ここまでやって勝てないとか、リューマも本当は魔王なんじゃないか?」
「俺が魔王なら、こんな苦戦してないだろ」
「どうだかね。ああ、もうこれで終わりかぁ。悔しいなぁ。これまで結構頑張ってきたんだぜ?それをよく分からないオッサン一人に覆されるなんて、ふざけてるよね」
そう言うマリウスは、どこか清々しい顔をしていた。まるで憑き物が落ちたかのように……。
マリウスが目を閉じようとしたその時、マリウスの中から何か黒いもやが出てきた。
「そのまま逝かせないわ!」
黒いモヤから女性の声がしたかと思ったら、それは人のような形に変化した。全身は真っ黒で光沢の艶があり、黒曜石で作られた彫刻像に見える。
美しい女性の顔に、無機質で出来た体を持つそれはまるで黒いタニアだ。
「お前は一体……?」
「出てきちゃったのか、ヴァネッサ。
でも、ここまでなったら仕方ないか」
「あんたをここで失う訳にはいかないのよ。
あの方に頼まれているし、ここは引くわよ」
「待てよ! そのまま行かせるわけないだろ!」
ここで取り逃したら、またいつ襲ってくるか分からない。マリウスだけは、ここで倒さないと駄目だ。
「でも、この体はもう駄目だよ。俺を置いて逃げてくれ。君まで死ぬことは無いさ」
マリウスはヴァネッサにそう優しく声を掛ける。もしかしたら、俺とタニアのように信頼する相棒のような存在なのかもしれない。
だがマリウスは既に瀕死。しかも下半身は失われている。普通に考えたら生きていけるわけがなかった。
「だったら、あたしの体をくれてやるよ。
どうせ、人間辞めてるようなもんだろ?」
「はは、それもいいかもね。
それじゃ、俺を取り込んで逃げろヴァネッサ!」
「ふん、言われなくてもそうするよ!
じゃあな、リューマとかいうやつ。この借りは必ず返すからね」
そう言うと、マリウスを黒い球に閉じ込めてからそれを抱え、飛び去ろうとする。
「待て! 逃がすかあっっ!!」
「邪魔するんじゃないよ。
『
突如巨大な黒い槍が現れる。それは俺の頭を目掛けて飛んできた。
やっば、もうMPないかも。
「やらせません!『
咄嗟にタニアが俺の知らないスキルを使い、防御壁を作りだした。
おかげで、無傷で済んだが身動きが取れなくなる。
「あははは!じゃあね!
あんたとは二度と会いたくないけど、また何処かで会ったら次こそはぶっ殺してやるから!!」
そう言い残して、空の彼方へ飛び去っていくのであった。
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