第62話 予想しない事態
「あの結界は、厄介ですね団長」
部下の一人が、ヤレヤレという感じでそう話しかけてきた。
思っていたよりも強力な結界により、既に丸一日足止めされている。
これ以上時間をかけるとはマリウスに何を言われるか分かったものじゃない。
オークにすら歯が立たなかった相手に全力を出すのは気が引けるが、これも仕事だ。
決して、あのマリウスが恐ろしいわけではない。
「よし様子見は終わりだ。魔導師に指示して結界を破壊しろ!」
ここに精霊樹の結界がある事は事前に分かっていた。だから、対策はしてきている。
ただ、中に抵抗してくる相手がいるならそいつを炙り出したかった。しかし、部下に探らせるも一向に出てくる気配は無かった。
「あれだけ突っついて、出て来ないとなるともう居ないのか?」
どんな奴があの村を解放したのか、未だに想像も付かないが、これだけ仕掛けているのになぜ反応しないのだろうか。騎士団長は少し考えて、やはりもうここの村にはいないと判断した。
「運が良かったのもここまでだ。王に盾突き、反逆した村を滅ぼすぞ!
全隊進軍!」
「はっ!!」
まずは魔導士達が詠唱し、無数の攻撃魔法を繰り出す。
炎、氷、雷、風と様々な属性の魔法を結界に向けて放った。
ドゴゴゴゴゴオゴオオッ!!
と凄まじい音と共に、結界に降り注ぐ魔法。
その威力に結界にひびが入っていく。
「もう少しだ、手を緩めるな!」
騎士団長の部下である男が、騎士団員達に檄を飛ばす。
勢いが止まらない魔法の嵐に耐えきれず、ついに結界が打ち破られた。
「今だ、全隊突撃!!」
怒涛の勢いで村に入り込む騎士団。
一日足止めされていた鬱憤を晴らすべく、村を駆け回る。
しかし……。
「だ、誰もいないぞ?」
「家の中までくまなく探せ!
隠れているに違いない!」
あちこちで怒号が飛び交うが、上がってきた報告は誰もいないという内容だけだった。
「一体どうなってやがる?」
「団長、すべての家の中を確認しましたが誰もいません。
地下室も見当たらないという事です」
意味が分からず、困惑する騎士団長。
少なくとも、あの精霊樹を召喚していた者が居るはずだ。
それに、村から外に出ていれば監視していた団員から報告があがる筈なのだ。
──そんな時だった。
さっきまで、そこに誰も居なかった筈なのに見慣れない男が立っていた。
「隠ぺいの魔法か?
全員、あの男を捉えよ!」
単に魔法によって姿を隠していたのかと、ちっと舌打ちする騎士団長。
だったら、なぜ今姿を現したのか?
疑問は晴れないが、捕えてしまえば分かるだろうと深く考えずに命令を出した。
しかし、次の瞬間信じられないような光景が目の前に映し出される。
男に近づく前に、騎士達は吹き飛ばされて宙を舞っていた。
「おー、これは便利だな。触れなくてもいいし、爆散させてしまうこともなさそうだな」
これだけの騎士を前に、飄々としている謎の男。
一瞬、風が巻き起こったのを考えるとあれは魔法だろうか?
そうだとしても、あれだけの人数を一瞬で吹き飛ばすなど聞いた事がない。
嫌な汗をかきつつ、それでも冷静に相手を分析する騎士団長。
もし魔法使いなら、肉弾戦を得意とするものは少ない。
団員たちを囮に、自分が仕掛ければ勝てない筈はない。
先ほど吹き飛ばされた団員たちも死んではないと報告があがる。
ほっとしたのと同時に、あの魔法は吹き飛ばす事に特化した見掛け倒しの魔法だと考え、一瞬でも騙された自分に腹を立てた。
普通ならもっと殺傷能力が高い魔法を選び、その場で殺すのが定石。
それをしないのは、それだけの力を持っていないからだ。
「ビビらせやがって。
おい、お前達あいつを抑えろ! 俺が直接仕留める!」
そう言って、自分の剣に力を籠める。
放つのは、剣技のスキル。
その一撃は、オークジェネラルすら一撃で仕留める自分の中で最強の剣技だ。
騎士団長の命令により、魔法使い数人が発動の早い魔法を謎の男に向けて集中砲火を浴びせる。
発動が早い分、威力が弱くなるが、それでも魔法に耐性が無い者が受ければこれだけで命を落とすだろう。
なぜか男は避ける様子もなく、そのまま食らい続けている。
違和感を感じるものの、やることは変わらないのでひたすら魔法を撃ち続けていた。
そして、予定通りに足止めされいる男に途轍もないスピードで斬りかかる騎士団長。
「誰だか知らないが、俺に会ったのが運の尽きだな!
木っ端微塵になって、消えてしまえ!『デッドエンド』!!」
目に見えない程の速度で、男に斬り付ける騎士団長。
相手はこちらを躱す暇は無い。
『これで殺った!!』と思ったその時だった。
ガギィィィィーーーン!!
騎士団長は一瞬何が起こったの分からなかった。
斬り込んだ筈の自分が、今なぜか宙を舞っている。
相手の肉体を斬るための剣は、自分の手には無く地面に突き刺さっていた。
「ぐぅ、がはっ!!」
受け身を取れず、背中から地面に落ちて空気が一気に肺から出る。
急いで空気を吸い込もうとしてしまい、咽こんでしまった。
「ゴホッ、ガハッ……。い、一体何が起こったんだ!?」
「やぁ、あんたが今回の襲撃の首謀者かな?
一応手加減したんだけど、生きているみたいで良かったよ。
さてと、俺の大切な人の村を滅茶苦茶にした報いをここで受けて貰おうか」
男はなぜか手に持った大槌をその場に置き、見て分かるほど拳を強く握り締めた。
そして、軽く走って近づいたかと思うと大きく振りかぶって、騎士団長に振り下ろした。
「ふん、そんな拳だけで俺に傷を付けれるなど思うな───ぶへらっ?!!」
「流石は、騎士のレベル58だな。
強く殴っても死なないな?
じゃあ、俺の怒りをその身でうけてくれよなっ!!」
ドゴンッと大きな音が鳴り、もう一撃頬を拳で殴られる騎士団長。
自分の骨がミシミシと砕かれたのを感じつつ、そこでぷつりと意識が途絶えたのだった。
「さーて、あとはお前達だけだな?」
「ひぃっ! 団長がこんなにあっさりやられるなんて?!」
「も、もしや。ま、魔族なのか!?
こんな事が起こるなんて、聞いてないよ!」
司令塔であり、最大戦力でもある騎士団長がやられてしまったことで、騎士団員達は恐慌に陥る。
既に戦意と言えるような覇気はなく、みな腰が引けてしまっていた。
「おいおい、それでも王宮の騎士なの?
ま、この村を襲撃しにきた君らが悪いんだし、諦めてくれよ?」
そう言って、口元だけにやりとさせて、男は騎士団員達も蹂躙していくのだった。
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