第17話 材料の買い出しと試作会

 あの料理人、実はあの店の料理長だった。

 大き目の店だから数人の料理人がいると思ったけど、そのトップだったとは。


 でも、そのおかげで買い物がスムーズだ。

 料理長の紹介でというと、みんな態度が急変する。

 彼は本当に信頼する人にしか仕入れ先を紹介しないらしい。


 回った店は、穀物店と乳製品店(看板はチーズ屋だった)と、鶏卵店と塩屋だった。

 砂糖じゃなくてなぜ塩屋かというと、ここに輸入された塩や砂糖や香辛料があるらしいのだ。

 最も売れるのが塩なので、塩屋という事らしい。


「この国は内陸にありますので、どうしても塩は交易に頼らざる得ません。

 その為、塩は全て他国が生産したものになるんですよ」


 と塩屋の店主が教えてくれた。

 稀に岩塩が見つかる事もあるが、本当に稀らしい。

 なので、海に面した他国から交易して手に入れているのだとか。

 その際に香辛料や砂糖なども手に入るらしく、王宮に献上される物以外は店で売りに出しているのだという。


「王都にも姉妹店がありますが、あちらでシュガーは売れていますよ。

 貴族様はお金があって羨ましいですな」


 とはいえ高級食材には変わらないので、貴族お抱えの料理人もおいそれと料理に使う事はしないようだ。

 逆に本人達は紅茶などに無遠慮に入れて飲むと言うのだから複雑な心境だろうな。


「じゃあ、このシュガーを1袋貰えますか?」


「この大きさですと、銀貨10枚ですね」


 米袋くらいのサイズに入った砂糖を購入した。

 大体5キロくらいだろうから、料理長が言っていた相場くらいだな。


「また来るよ」


「ありがとうございます~。

 またのお越しを~」


 安くなる事は無かったが、吹っ掛けられないだけかなりマシだ。

 何回も通えば、そのうち優遇もしてくれるだろう。


 これで鶏卵、バター、牛乳、生クリーム、そして砂糖。

 小麦粉は昨日取引をした所にいって、一部を先渡しして貰った。


「これで材料は揃ったな」


「ごくり」


「さて、あとは道具か…」


 流石にホイップ作るのにスプーンやフォークでは無理だ。

 泡立て器が無いとな。


「泡立て器って、売ってる場所あるか?」


「泡立て器?うーん、ミィヤは詳しくないけど、料理道具売っている場所ならこっち」


 ミィヤに案内されるまま、雑貨屋らしき場所に来た。

 中に入ると、みすぼらしい服をだらしなく着た女性が店番をしている。

 あまり儲かってないのか?


「いらっしゃーい」


 なんとも覇気の無い声だな。

 ただ単にだらし無いだけの人なのかも。


「卵や牛乳を混ぜて泡立てる、泡立て器が欲しいのだけど、売っているか?」


「あー、それならソコにあるよ。

 使う人いないから、あんまり人気ないけどねー」


 言われた場所を見ると、確かに泡立て器がある。

 木製なのか、目が荒いが使えなくはないか。


「じゃあ、これとボウルもあるか?」


「それは、そっちー」


 これまた木製のボウルが置いてある。

 本当ならどちらも金属製がいいのだけど、無いものは仕方ない。

 特にホイップは冷やさないと泡立ちが悪いのだ。

 木製だと、外側から冷やすとか無理そうだな。


 やる気はなさそうだが、店の中は綺麗なので仕事はちゃんとしてるんだな。

 他にも木製ナイフやフォーク、あとは皿も買っておく。

 少し嵩張ってきたので、これくらいか?

 お代に銀貨を2枚渡して、店を出た。


「まいどー」


 店員はあれだが、品物は悪くない。

 素材に関しては、この世界なら仕方ないと割り切ろう。


 次は何処で調理するかだ。

 村に戻ればいいのだが、まだ帰るのはだいぶ先だ。

 それまでに材料が腐ってしまう。


「やっぱり、料理長に頼もうか」


「食べられるならどこでいい!」


「私も行きます!」


 そして、本日二回目の来店です。

 そしてすぐに出迎えてくれた料理長。


「きっとお越しになると思いましたよ」


「おおっ、それなら話は早いな」


「その方が食べる前に工程も見れますからね。

 うちで作ってくれるなら願ったり叶ったりですよ」


「うーん、流石に見られたらすぐ真似できるんじゃないか?」


「流石に気が付きますか。

 完璧と言わないまでも、真似くらいは出来ますね。

 でも、完璧ではないものをお店では出しませんよ?」


 プロにはプロの信念があるんだな。

 それにお菓子作りは、分量を間違うと不味い上に失敗する。

 そこも、良く分かっているみたいだな。


「まぁ、どちらにしろ覚えてもらうつもりだから、問題ないけどね」


「それなら!さっそく取り掛かりましょう!」


 こうして、料理長とタッグを組んでの本気のケーキ作りが始まった!

 え、冒険に出掛けないのか?

 そんな面倒なことを優先してどうする!

 娯楽が先に決まっている!


 と、誰に言っているか分からない事を呟きつつ作業に掛かる。

 最大の懸念であった、冷却方法であったがこれは料理長が解決した。

 なんと、冷却魔法が使えるらしい。

 魔法!いいな、魔法。

 魔力だけは高いから、魔法欲しい。


 なるほど、高価な魔法書買わないと駄目ですか、残念。

 今後のために魔法屋にも行かないとだな。


「先ずは、スポンジケーキ!」


「もう、ケーキ?」


「ミィヤ違うぞ、ケーキの土台をスポンジケーキと言うんだ!」


「へえぇ、なんか紛らわしい」


 言われて見れば確かにそうだな。

 しかし、このスポンジケーキが失敗したら全てが台無しだ。

 気合いで行くぞ!

 どりゃあああっー!!


 まずはバターを常温でかき混ぜる。

 白いクリーム状になるまで、ひたすらカチャカチャカチャ。

 溶けたら避けておく。

 次は、桶にぬるめのお湯を入れる。

 その中にボールを入れて温める!


 ボールが温まったら、今度は卵を3個と砂糖を投入して高速で混ぜていく。

 この泡立て器、木製だけど竹のように弾力があって意外と使えるな。

 力掛けすぎると割れちゃうだろうから控えめにね。


 混ぜている間に、小麦粉を振るいに掛けてもらった。

 パイを作っているだけあって、ふるい用のザルがあったので良かった。

 なるほど、餅は餅屋とはよく言ったもんだな。

 逆に泡立て器が無かったのが不思議なくらいだ。


「ほー、卵を入れたあと湯で温めるのか。

 固まらないのか?」


「固まるほど温めないよ。砂糖が溶ける温度くらいかな。

 人肌くらい?それくらい卵が温まったら桶からだすんだ」


「ふむ、なるほどなるほど…。」


「そうして混ぜていると…、ほらまったりしてきただろ?」


「確かに」


「次は小麦粉だ。ザルでふるいに掛けてサラサラになったのを入れる事で小麦粉の塊が出来ないようにする。

 そして、この木べらでサクサクと混ぜるんだ」


 本当ならゴムベラが欲しい所だけど、この国には無さそうだ。

 なんせゴム製のものが見当たらない。

 ここでバターにも小麦粉を入れる。クリーム状になる程度でいい。

 そこに卵と砂糖そして小麦粉をまぶした生地を投入。ここでは混ぜすぎないようにサクサクッと混ぜる。

 

「しかし、砂糖に卵か。この分量を使うとなると、費用的にこの店で出せる品物じゃないな」


「いっそ、高級店でも作れば良いんじゃないか?」


「いや、ここは俺の店じゃ…。

 ん?それはつまりは独立しろと?」


「あ、それもありだな!」


 思いつきで口にしたが、悪くないな。

 そうしたら、彼の料理をいつでも食べに来れる。

 この店は彼以外の料理人もいるから、独立してくれた方がケーキを売りに出しやすいだろうし。


 さて、生地が出来たので鍋に流し込む。

 トントンと底を叩き、軽く空気を抜いておこう。

 鍋を使うのは型が無いから、単なる代用だ。


 オーブンに火を入れて弱めにしてもらう。

 強すぎると焦げるからね。

 あとは、30分程待てば出来上がりだ。


「なんかいい匂いしてきた!」


「なんか見ているだけでわくわくしますね」


 女子二人は、その光景を見ているだけで楽しそうだ。

 このまま、上手くいってくれればいいが…。

 

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