第9話

 食後、ゆったりと散歩をしながら浴場に寄った。浴場の外で待っていた俺は、ルウの色っぽさに死にそうになった。


 乾ききっていない髪の毛。ほのかに上気している肌。耳も尻尾もきちんと洗ったからか毛艶がいい。そして石鹸じゃ再現できない甘い匂いが鼻腔をくすぐる。風呂上がりの女の子ってなんでこんなに色っぽいんだろうと悶えながら帰宅していたけど、ドキドキしすぎて呼吸を何度か忘れていた。


 しょうがない。だって俺の鼻息と呼吸が自然と荒くなるんだもの。ルウにこれ以上警戒されたくないし。


 まだルウが並んで歩いてくれなくてよかった・・・・・・もしそうなっていたら死んでたところだ。


「それではご主人様、おやすみなさいませ」


 必死な俺の心境を知ってか知らずか、ルウは眠気眼を擦りながら寝入ってしまう。本当はこれから語り合って二人の距離を縮めたかったけど、眠いんじゃしかたない。ルウの事情はすべてにおいて優先される。


 とはいえ、まだ眠る気分になれなかったから、工房に移動する。


 魔道士になるための研究。魔法の開発と魔導具・魔法薬の作成だ。戦争が終わってからまだ一回もしてなかったが、ルウと話をしたからだろうか、急に使命感めいたものに突き動かされた。


風呂上がりの色っぽかったルウがまだ頭に残っている。集中するため、頭を全力で振って両頬を力いっぱいたたく。


「よし」


 切り替えが完了して、早速研究に取りかかる。使い込まれた椅子が、ぎい、と小さく音を立ててきしむ。机に並べてある、羊皮紙を何枚か読み込んで、記憶を手繰る。

 懐かしいな。昔は毎日工房にこもってたっけ。平日も徹夜するから、次の日の仕事中眠くて眠くて。けど、随分遠い記憶のように錯覚してしまう。羊皮紙を眺めてもなにもピンとこないのはそのせいだろう。


 途中まで作っていた魔法の設計図。当時どのような感覚で創ろうとしていたのか、どうしてこんなアイディアを閃いたのか朧気にしか覚えていない。けど、進めるうちに思い出すだろう。とはいえ、決して油断はできない。慎重になって、集中しなければ。


 魔力量、発動させるための手順、技術、理論。術式、構築法、魔法陣、呪文。それらが精密に組み合わされて微妙なバランスで成り立って、はじめて魔法は創れる。もし単純なミスを抱えたままの魔法を使えば、それだけで大惨事になる。身を持って体験済みなのだ。


 さいわいなことに、魔道士の試験まで時間はまだたくさんある。じっくり羊皮紙を読めば、今夜には形にできる。

 意気込んで羽根ペンを握る。

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