第7話
味気ない固い干し肉とパンに似た塩を含んだ硬い小麦粉の塊。終戦時、大量に余ったということで軍から報奨金とともに渡された兵糧は、味覚を満足させるためじゃなく、必要な栄養を摂取するため単純化されている。食事に時間と金を使いたくない俺にとってはまたとないものだった。
いつもならなんの感動もなく、ただ食事を終える作業も、好きな子が用意したという事実だけでごちそう気分でいただける。それに加えて、対面だからルウの食べている姿を見れて視覚的に楽しめる。
食事って、こんなに楽しいことだったんだな。
名残惜しいけど、朝食はさっさと食べ終えてしまった。まだルウと一緒にいたいけど、もう出掛けなければ遅刻してしまう。首になったらルウを養うことも、一緒に暮らすことさえままならない。忸怩たるおもいで自分に言い聞かせる。ローブを着て玄関を出ようとすると、なぜだかルウが後ろに付いてきていた。
「どうかしたのか?」
「いえ、お見送りしようと」
「うう・・・・・・!」
・・・・・・いとおしい。なんて健気なんだ! もう、好き! じ~ん、とルウの優しさが身にしみる。
「まぁお洗濯しにいくついでですが」
・・・・・・ついでだろうと嬉しいことに変わりはない。
「しかし、ご主人様、なにゆえ箒を持っていらっしゃるのでしょうか」
「ああ、これで飛んでいくからだ」
「・・・・・・・・・・・・?」
頭いかれてんのかこいつ? って反応で不審がってるから、咳払いをして説明しよう。
「こいつは立派な魔導具、それも俺の手作りだよ。空を飛べる」
とはいっても大分昔に作った魔導具でボロボロ。創った当初より飛べる高さと速度は段々と低下の一途にある。何度も手入れをしてだましだまし使っているけど、そろそろ本格的に創り直すかな整備をしなければいけないだろう。
「道理で。しかし、ご自身で作られた魔導具を使用して、罪に問われないのでしょうか?」
以前話した魔道士のことを覚えていてくれたのか。なんだかんだで、話をちゃんと聞いてくれてたんだな。嬉しくなる。
「禁じられているのは個人で作成した魔導具を売ることで、使用は禁止されていないんだ」
「そうなのですか。それでも、なにゆえに箒の形なのですか?」
「その方が掃除に使えて一石二鳥だろ?」
「・・・・・・そうですか」
こいつ、やっぱりどうかしてやがる、って反応された。おかしいか? 一つの物で二つの用途に使えてお得だろう? っと、そんな話をしていたら遅刻してしまう。
箒にまたがり、魔力を込める。瞬間、足が地面から離れてぐんぐん上昇していく。
「本当に飛べるんですね」
疑ってたの? 俺の腕を。
「帰りは夕暮れくらいになるから」
「はい。いってらっしゃいませ」
今ルウが放ったせりふが信じられず、意図せず二度見してしまう。
「今・・・・・・なんて?」
「ですから、いってらっしゃいませと」
いってらっしゃいませ・・・・・・。いってらしゃいませ。いってらっしゃい。
「ぐぼぉ!!」
くっ・・・・・・なんて破壊力だ・・・・・・箒から落ちそうになったじゃないか・・・・・・。好きな子からの激励が、エールが、応援が、いつまでも耳の奥に残って脳を快感で揺さぶる。その度に胸の内側から幸福感がふつふつと湧上がってくる。
「いってきますっっっっ!!!!!」
気分は最高潮、ハイテンションで箒を発進させる。自然といつもより注ぐ魔力が多くなっているらしい。今までにないスピードでぐんぐん空に上がっていく。同時に、風が強くなって体勢を崩しかけるけど、『紫炎』を使って周囲の気流を上昇気流に変える。このままだ研究所に着く頃には、魔力を消費しすぎたことで疲れきっているだろう。
けど、それがどうした。
今の俺ならなんでもできる。なんでもしてやる。同じように通勤途中であるじゅうたん、カーペット、ソファ、椅子を使った魔導具で通勤している魔法士たちも、金持ちしか利用できない竜車もどんどん追いこしていく。
一体この万能感はなんなのだろう。曲芸の一団がやるような軽快な動きで箒を飛ばす。大きく蛇のようにうねりながらはもちろん、空中で連続回転と後転を繰り返す。ぐんぐん上空に上がっていき、そのまま一気に急降下を繰り返す。
「はぁぁ~・・・・・・。幸せだぁ~」
こんなに幸せでいいのだろうか。いってらっしゃいませ、行ってきます。ただそれだけの単純な遣り取りなのに、それくらいのことで心が温かく、晴れやかだ。このまま死んでもいいくらい。
いや、待てよ? 行ってらっしゃい、行ってきます。このやりとりを男女が行うには特別な関係でないといけないはず・・・・・・。主に夫婦か恋人とか。
なら、それをした俺たちは、もはや夫婦と言い換えても問題ないのでは?
もしくは夫婦以上奴隷未満という関係性が一番ふさわしいのでは?!
夫婦、夫婦かぁ・・・・・・。以前職場の上司が話していたことがある。仕事も、家族が、妻がいる、妻のためだから耐えられると。確か泊まり込みで徹夜が五日連続のときだったか。
あのときは狂ったのかと聞き流していたけど、今なら理解できる。今の俺と同じ万能感と幸福感があったから耐えられたのだと。大切な存在がいるから、なんだってできるんだと。
たしかに、一つ屋根の下で暮らしている寝起きをして、同じものを食べている。夫婦と言いかえてもいいのでは? 夫婦になってから始まる恋愛というのも、あるだろう。
いや待て。それなら手をつないでもおかしくないんじゃないか? それとも腕を組む? やはり相性で呼び合う? それとも交換日記?
ああ、もう決められないから全部やってしまおう。気分はもう最高潮。錐揉み回転しながら、あちこち跳ね回って箒を猛スピードで走らせる。浴びせられる周りからの罵詈雑言なんかどうでもいい。ルウとの今後の暮らしが、今から楽しみでしょうがない。なんだったらこれから帰ってしまいたいくらい。それくらい俺は浮かれていた。
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