第6話
「・・・・・・俺、着替えたいんだけど」
朝、ルウが俺を起こしてくれた。嬉しいし、やっぱりルウは朝でも最高にかわいかった。一緒に暮らしているって事実に、打ち震えるほどだった。けど、困ったことがある。
「はい、どうぞ」
どうぞ、と促されるがそのまま曇りなきまなこを注ぎ続けてくる。さすがに女の子の前で下着になるのは恥ずかしい。
「後ろを向いてくれ」
「それはご命令ですか?」
なんでそうなる・・・・・・。おかしいだろ。
「先に、朝食の用意をしていてくれ」
「かしこまりました」
ぺこりと一礼して、寝室からルウが出たのを確認してようやく着替えはじめられた。ルウと一緒に暮らしてから、ちょくちょくある。真面目なのか融通がきかないのか・・・・・・。全部ってわけではないが、命令がなければ動かない、命令かどうか確認することがちょくちょくある。
まだ一緒になって日が浅いからだろうか。そのうち慣れてくるだろう。
けど、ルウと一緒に朝ご飯か。顔に巻いてある布を新しいのと取り換えながら、不意に妄想をしてしまう。
愛しのルウが、朝食を作っている光景。それを味見するように頼んでくるルウと、それに答える俺。二人で食べながら味の感想を述べて舌鼓をうつ。あ~んのしあいっこ。そんな光景が・・・・・・。ふふふ。ほぼ新婚さん。同棲したてのカップルみたいじゃないか。
いきなり物凄い音が隣室から響いて、妄想が中断される。がしゃん! とかぼごん! どごん! という破壊音。とにかく普通の暮らしにはふさわしくない物騒さ。何事かと寝室を飛びだしたが、ひどいありさまだった。
台風でも通り過ぎたのか? ってくらいの惨事。食器や洗濯物、椅子や机が床のあちこちにさんらんしていて壁も水浸しのぐちゃぐちゃ。
「どうかなさいましたか?」
「いやこっちのせりふだ!」
逆にどうしてそんな涼しい顔していられるんだ。
「申し訳ありません。これには深い事情がございまして」
「なんだ」
「実は、ご主人様を起こす前に、私は掃除をしていたのです」
「うんうん」
「それで、朝食を準備する前に掃除を終わらせようとしましたら・・・・・・ついこうなってしまいました」
「ついでどうしてこうできるんだ!」
一番重要なのにあやふやになってるだろうが!
「いろいろと失敗をしてしまいまして、とどめを刺す形となりました」
いろいろと失敗ってすごい濁してるだろう。
「頑張ったのです」
「何をどう頑張ればこうなるんだ・・・・・・」
「せめて花瓶に花をいけることでこの惨状を中和しようと配慮しました」
中途半端な配慮じゃないかそれ? 逆に大変な部屋の中に一つだけ奇麗な花と花瓶があっても違和感がすごいよ。
「そのため、街中を探し回って花を採ってまいりました。そのせいで少しばかりご主人様を起こすのが遅れましたが」
努力方の向性間違って本末転倒になってる・・・・・・。
「申し訳ありありません。どうやら私はしでかしてしまったようですね。どうぞお仕置きなさってください」
頭を下げたあと、服を脱ぎ出そうとするルウを、俺は走っていって強制中断させる。
「なんで裸になろうとするんだ!」
「やはり着たままがよろしいと?」
「またこの遣り取りかよ!」
「それとも体勢の問題でしょうか? それでしたら壁側に手をついてお尻を――」
「それでもねえええええええ!」
なんでこの子はすぐに性の方向に突っ走らせようとするのだろうか・・・・・・。してほしいの? なんにしろ俺たちにはまだ早い。
「ですが粗相をした奴隷にお仕置きと称していやらしいことをするのがご主人様として普通だとうかがいました」
「誰からだ?」
「奴隷商人に捕まってから奴隷市場まで一緒だったアラクネ族の女の子からでございます」
「それそいつの憶測とか願望とか妄想だろ」
「その子は奴隷になって早数年。様々なご主人様に買われて売られてを繰り返しているそうです。次はどんなご主人様のところにいくのかと楽しみにしていました」
「ポンコツすぎてすぐ売られてるんだよそれ。その子の願望と妄想のせいだよそれ」
「ですが、私も奴隷になる前、読んだ書物では、奴隷にえっちなご奉仕や理由をつけてえっちなことをさせるご主人様がこの世界の常識として描かれておりました」
「どんな本だよ・・・・・・」
「私の姉の秘蔵本です。こっそりと読んでいたのがバレて怒られましたが」
「いろいろツッコミ所が多すぎる! それはフィクションだ!」
取敢えず、部屋の片付けは後回しにして、水を井戸までくみにいかなければ。
「片付けとかはあとでいい。先に朝食の準備を再開してくれ」
「かしこまりました」
手から飛ばした小さい火種を暖炉に入れたあと、外に出る。室内でもかんじたが、外はさらに寒い。日の光は強いが、それを打ち消す勢いで冷たい風が吹いている。井戸にはすでに何人か並んでいて、世間話をしている。適当にいつもどおり会話しながら俺の番がきたので手早く水をくんで、戻った。
いやに焦げ臭かった。まさか、と乱暴に戸を開ける。室内は最悪だ。せきこんでしまうくらい黒い煙が充満していたので、扉を開けっぱなしにして急いで窓を開ける。すすや食材の残骸が壁と床に飛び散っていて、戦場に戻ってきたのか? と自分を疑った。
「早かったのですねご主人様」
黒いすすと粉、とにかく汚れまみれのルウはいったんスルーして、黒煙を発し続けている鍋を暖炉から取り出す。
「頑張ったのです」
「だから何をどう頑張ったんだ!」
何かと戦ったのか? 魔法士が押しかけてきて戦闘したのか? そのレベルだぞこれは。
「申し訳ありません。実は私、料理は少し苦手でございまして」
少し?
「じゃあなんで応えたんだ・・・・・・」
「奴隷ですのでご命令に応えたままです」
「苦手なら事前に教えておいてほしかったぞ・・・・・・」
「ご主人様のご命令に従わず応えられないなど奴隷失格です。私のこけんに関わります」
「変なところにだけこだわるなぁ!」
「申し訳ありません。どうぞ私の体を自由にもてあそんでご気分を晴らしてください」
「だからそんなことしねぇんだわああああ! もおおおおおおお!」
朝だというのに、とんでもなく疲れた・・・・・・。
「いや、謝らなくていい。悪いのは俺だ。配慮が足りなかった」
遣り取りもそこそこに、とりあえず、残っている食材を確認してみたら、調理しないでも食べられるものがあった。それだけ二人で準備した。
「ん? おい、ルウ。けがしているじゃないか」
「え? これですか。先程包丁を使っているときに誤って」
指先に、切り傷があってまだ血が滴っている。深くはないけど、なんとも痛々しい。布で患部を押さえる。放置するつもりのルウの肩を押しながら、工房へ移動する。魔法薬の棚を探すと記憶とおりにそれがあった。小瓶のふたを開けて、匂いと味から、まだ使えることを確認した。すぐに唾をはいたあと、水で傷を洗って、魔法薬を塗っていく。
「あの、ご主人様?」
「しみないか?」
「いえ。あの、ご主人様、なにをなさって?」
「安心しろ。ただの薬だよ」
研究中に作り出したもので、オリジナルの薬草を調合して創った傷薬。効果は実体験で証明されている。
「傷は放っておくとどんな小さいものでも毒や、ばいきんが入り込んで、悪化する。治らなかったり、病にもつながりかねない」
戦場では、それが顕著だった。小さな傷でも処方しておかなければ、元気なやつでも翌日に死ぬ。
「これで良い。薬を持っていろ。あと二、三回塗ったら奇麗さっぱり傷はなくなるだろう」
布を小さく破いて、傷口に優しく当てて縛った。ついでに、汚れてしまっている顔とか手とか指とか、拭いた。これでよし。どんなルウでも好きだが、やはりいつものルウが一番だから。
しかし、当のルウは、ほうけた顔で口を小さくあけている。なんだ? その顔は。すごくかわいいじゃないか。
「なにゆえに、私にそんなことをなさったのですか? 私は、奴隷です。それなのに、先程のようにご主人様が頭を下げてわびられて、今度は傷を治そうとしてくださって・・・・・・」
声が、戸惑っている。自分がそんなことをしてもらうのが、不可解なのか?
「こんなこと、普通だろう」
好きな子に対してなら、誰だってそうする。しかし、ルウはぽかん、として口をあんぐりと大きく開けてしまった。
「普通、普通ですか。これが・・・・・・はぁ。ご主人様の普通ですか」
それでも納得しきれていないのか、しきりにぼやいている。
「その・・・・・・えっと・・・・・・その・・・・・・あ、ありがとうございます、ご主人様」
ためらいながらもレイを述べるルウが、とてつもなくいじらしくてかわいくてかわいくて爆発しそうなほど好きって気持ちがとまらなくて、最高にいとおしくって・・・・・・ああ、もう。
「たまらんっっっ!!!」
「はい?」
「なんでもない忘れてくれ」
「ご主人様はやはり定期的に奇声を上げる特殊な病か呪いにかかっているのでしょうか・・・・・・」
ぶつぶつと不穏な言葉で不審がっている。奇行が増えすぎると、ルウが心を開いてくれない。堪えなければ。
「それでは、食事の準備をしてきます」
工房から出て行くときルウの尻尾が左右に揺れていて、耳がぴこぴこと反応している。どんな感情を表しているのか不明だが、そのしぐさが最強にかわいいことに違いなくて、また叫びそうになった。
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