第4話 キミは来ないから
*
——校内、救護室。
颯斗は、学校の救護室の扉を勢いよく足で開けた。
「おい!おっさん!早く診てやって!!」
「うわぁぁぁ!?やや?颯斗くんじゃないか。どうしたんだい?そんなに慌てて……あわわっ、美羽くん!?だいじょうぶかい!?」
白を基調とした救護室に駆け込んだ颯斗と、抱えられた意識もなくぐったりとした美羽を見て、椅子からずっこけそうになった30代くらいの白衣の救護員は、慌てて頭に被っていた雑誌を片付けて(瞬間、机からは積まれた雑誌類が雪崩を起こしたがそれは置いておこう)ボサボサの頭に付いたメガネをかけ直し、頭や服を整える暇もなく狼狽していた。
「……あんた、またサボってたのか……」
颯斗は、勝手に美羽をシワひとつない綺麗に整えられた白いベッドの上に寝かせる。救護室とは名ばかりで、白鬼に回復できない傷や、今回のように近くに回復を頼れる人がいない場合くらいしか生徒は此処を利用しない。まぁ、だから学校の専属救護員が暇になるのも当然なのだけれど。
「さ、サボってたのかなんて心外だなぁ。僕はただ、君たちのサポートの向上を目指して、日々、努力をし続けているのさ!」
しどろもどろな説明を聞き流しながら、半目になった颯斗の翠色の瞳が、机の上に積まれた漫画類の雑誌に視線を留めた。
全く、どの口が言うんだか。ため息をこぼして、それについては後々サボりの時に使わせてもらう材料に残しておこうと、視線を白衣の男へと切り替えた。
「んなことより、後は頼んだからな」
「んぇ?あ、ああ、うん。それは任せてくれたまえよ!というか、この手の症状は基本休んでいれば大丈夫だからね。そのうち彼女も目が覚めるだろうね。それよりも……僕が聞きたいのはもっと別のことだと思わないかい?」
「うっざ……。き、キラキラした目を向けんな!」
じりりと後ずさる青年に、じりりと滲みよる男。
「まさか、キミをチームに誘ってる理由が美羽くんの力の、【
辟易している颯斗へ徐々に近寄ってくるのは、瞳を輝かせ、野次馬根性で興味津々になっている白衣を着た颯斗の叔父にあたる現在38歳の男、シアン・カーテ。
颯斗は、シアンの頬を首が後ろに回ってしまうくらいに押して、「近い近い近い近い近い近い近い近い近い!!はーなーれーろー!」と恐怖から逃れようと必死になった。
「ああもう!!断るよ!!断るに決まってんだろ」
「え?断るのかい?!颯斗くんは女の子の“助けて”に弱いタイプの男の子じゃなかったのかい!?」
「ぐ……。よ、弱くなんかねーし。あんただろそれは……」
意地を張ってそっぽを向く颯斗を、楽しそうに眺めたシアンは、近くの台に置かれた道具たちで簡易コーヒーを作ると椅子に座り、長い足を組んだ。
コーヒーを飲みながら、救護室から立ち去ろうとしていた颯斗に、憎たらしいほどの満面の笑みで「その言葉」を突きつける。
「——ボクはさ、思うんだ颯斗くん。キミって、酷く格好付けだよなってね!」
「……うっせ。誰かさんに憧れたもんで」
颯斗は振り向くことはしなかった。小さく早く言葉を紡ぎ、救護室のドアを乱暴に閉めて退室する。室内に残ったシアンは、もう一口コーヒーを含むと、愉快そうにくつくつ笑う。
「でも、お前のソレは違うよ颯斗くん。挫けていつまでも人を避けていたら本当に格好良くも強くもなれないんだ……」
シアンは眠る美羽に、自分の大切な甥っ子に大切なことを気づかさせてくれないかと、ひっそり期待を寄せるように目を向けていた。
救護室を退室した颯斗はシアンの——叔父の呟きを扉の前で聞き、俯いた。分かってるよ、そんなこと、だけど……。影は颯斗の足首を掴んで離してはくれない。
「——わ、わわっ。待ってぇー」
腑抜けた少女の声と共に、真っ赤なリンゴが回転しながら颯斗の足元にたどり着く、颯斗の足にぶつかってコテンと回転。リンゴの表面に光のツヤが走る。
(リンゴ?なんで……)
自然、颯斗が屈んでリンゴを拾い、駆けてきた少女を、見上げる。黙り込んでいた青年の元に、新たな出会いが転がってきた。
「あ、ごめんなさい。拾ってくれてありがとう」
冬の精霊がいたら、きっとこの少女のように儚くて透明感のある姿なのだろう。頭上の赤い紐飾りがよく生える、腿まで伸びた銀色の髪の少女は、透ける空色の瞳に颯斗を映し込んで、溶けた雪の下から綻ぶ花のようにあどけない笑みを浮かべていた。
「……うげ、雪姫……」
「——あの?」
「あ!いや、えっと……」
(今、会いたくはなかったとは言えないしな……)
本音が口に出た颯斗を、少女は不思議そうに首を傾げる。慌てて返事をした颯斗に、少女はそのまま優しく問いかけた。
「あ!もしかして貴方が美羽さんの言っていた、チームに誘ってる人?」
「いや、それは全然違う人だな。ヒトチガイデス」
ソンナヒト、シリマセン。
「そうなのね、よかった。それなら此処で出会っても問題ない、よね。うん、うん……」
問題があった場合なにが問題なのか颯斗は気になったが、この一人心地に頷く、おっとりとした雰囲気のある彼の目の前にいる少女こそ、朝霧美羽を含む四姫の一人、“雪姫”こと戸宮ましろである。
「——初めまして。リンゴの救世主さん。わたしは、戸宮ましろです」
ふわふわ、おっとりと、姫君は微笑んだ。
こちらの気が抜けてしまうような少女の笑顔、声、立ち振る舞い。
(あ、これはあれだわ。心配にもなるな)
「救世主さん??」
なーんにも分かってなさそうなマシロが、キョトンと目をまん丸にして長いまつ毛を瞬かせていた。
「あーいや、なんでもない。えーっと、じゃあ俺は行くから」
「うん、じゃあねリンゴの救世主さん」
*
————学校内、教室。
任務帰りの心地よい授業中の居眠りから目覚めた颯斗は、もう次の座学が始まるらしいことを教室の時計で知った。蝶姫を救護室に運んでからもう1時間ほど経っていた。
(……あいつ、救護室で休んでんのか?いや、俺には関係ないことだし?てか、まだ眠いわー……次の授業も寝るかな……)
颯斗は、机の中に溜め込んでいる教科書や筆記用具類を取り出して積み上げて築いた硬い枕へと、もう一度顔を降臨させる。
これで、再び夢の世界へ………、とは行かなかった。
「待ってー美羽さん。どこに行くの?休んでなくていいの?他の人は授業始まっちゃうよ」
「そんなこといいよ!みんなに任せて眠ってなんていられないもん!それよりも……。ごめんね皆んな!お邪魔するよ!」
ようやくまた眠れそうというところで、颯斗にとっては悪夢が——美羽とマシロ、二人の足音が近づいてきてしまった。
自分の方へと近づいてくる少女たちの足音を聞きながら、颯斗は絶対に机から顔を上げない鉄の意思を固める。
颯斗の席の前で、足音が止まった。
「——ねえ。キミ、あたしたち次は急に任務なんだ……」
どこか縋るような口調で美羽は颯斗の頭上から柔らかい声を発したが、途中で声音を普段のように切り替えた。
「あー、うー。ううーん、やっぱり違うよね!ごめん、助けてくれてありがとう。それだけ言いたかったんだ!寝たふりして最後まで逃げるなんてズルだよっ全く」
コツリと颯斗の頭に硬い手の感触が。美羽が、手をグーにしてぶつけたのだ。それから少しして、美羽は寂しそうな笑顔を見せると教室のドアに向けて歩き出す。
「……ごめんね」
「えっ!?え!?もういいの?」
結局、何をしに来たのかとマシロが僅かに狼狽し、その間に何やら考えたらしい彼女は、最後に颯斗の耳元に呟いた。
「——」
思わず顔を上げた颯斗は、去っていくマシロの背中しか見ることしかできなくて……。
残された颯斗には、クラスメイトからの刺さるような視線が注がれた。
*
廊下を赤い髪を結びながら歩く美羽は、遅れてやってきたマシロに声をかけた。
「——最後、ましろってばあの子に何を言ってきたの?」
「えっとね……ちょっと、思ったことを、言ってきちゃった。えへ」
えへへと可愛らしく笑うマシロに、美羽はくすりと小さく微笑んだ。もう、マシロったら、答える気がないのが丸わかりだ。仕方がない。答えを聞くのは自分が諦めよう。美羽は、マシロよりもお姉さんなのだから。
「行こう、ましろ」
凛とした表情で、美羽は前を向いた。
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