第39話 京極数
京極数は小学校の頃から威張っていた。髪は染め勉強もせず近所の子をいじめる女のガキ大将だった。
父親がプロレス好きで数も小さい時からレスリングをやらされていた。だから女でありながらも力が強く気に入らない子のことはすぐ投げ飛ばした。
女の子が男の子にケガをさせて怒られるなんてそうそうないことだが数はそれが当たり前だった。
だがそんな数も中学生になるとすぐ上級生に目を付けられた。髪を染めてることや挨拶がないことなどで2年と3年に狙われてしまったのである。
そしてある日20人程の上級生に神社に呼び出され囲まれてリンチされていた。
『てめぇ生意気なんだよ!』
『調子乗ってんじゃねーよ!』
大勢の上級生に囲まれてはさすがに数もどうすることもできなかった。
数には助けに来てくれるような仲間はいなかった。なんでも力で解決し弱い者をいじめてきた数には友達はいなかったし、いつも威張っていたから良く思われている訳もなく、数が囲まれているのを見て見ぬフリをして通りすぎていく同級生ばかりだった。
数はそんな中、髪を引っぱり回され地面を転がり砂にまみれていった。数が殴られ蹴られ引きずり回されるのを見て同級生たちはどう思っただろうか。
最初にそこを歩いて通りすぎたのは吉田という女の子だった。
小学校の頃から数はその子にいつも
『明日お金持ってこいよ。持ってこなかったらぶっとばすから』
と毎日のように学校にお金を持ってこさせて取り上げていた。
吉田の家が周りより裕福なのを数が知ると1発殴り、そこから言うことを聞くようになったのだ。持ってこないと本当に殴られるので吉田は毎日必死になって親の財布からお金を抜き取り数に渡していた。合計で今までいくら奪い取られたのか分からない。
吉田は数が殴られながら自分の方を見ていることに気づくと視線をそらし足早に行ってしまった。
その次に通ったのは坂井という男子だった。
気の弱そうな坂井は数に万引きしているのを見られてしまったことがあり、それ以来
『あれパクってきてよ』
と欲しい物があるとすぐ坂井に命令し万引きをさせた。
『やってこなかったら今までのこと全部、親にも学校にもばらすから』
と断れないような言い方をして、CDやマンガに服や靴など何から何まで坂井に盗ませてきた。
坂井は横目でチラッと数の方を見ると、少しニヤけそうなのをこらえた顔をして通りすぎていった。
その後最後に通ったのは中村という女の子で小さい頃よく遊んだ子だった。中村とは今もう遊んだりなどしてないが数は思わず名前をよびそうになってしまった。
しかし中村は目も合わさず横切っていった。
ざまぁみろと思われただろうか。
当然の報いと思っただろうか。
自分には関係ないと思われたのだろうなと思っていた。
人にそれまでそれだけのことをしておいて助けてほしいなんて言えなかったが、やはり寂しかった。
殴られながら今まで人にしてきたことが頭に浮かんできてしまった。
自分は力で物を言わせて学校の中でもいい立場にいると思っていたが自分は1人なんだなとその時気づいた。そう思うと涙が流れてきた。
『おい、このサンドバッグ泣いてんぞ』
数に対する袋叩きは更に続き、それが盛り上がった時だった。
『おい、何してんだよ』
上級生らが振り向くとそこに金髪の女が立っていた。髪を結ぶのに青いリボンを使っていてポニーテールにしている。金の髪に空のような青色のリボンがとても目立った。
『げっ、綺夜羅』
上級生の1人がそう言った。
(きよら?誰だあいつ…)
自分と同じ学校のジャージを着ていて同じ学年の色だ。同じ学校の同級生だろうか?
『げっ、じゃねーよ。おい先輩、そいつ1年だろ?ずいぶんヒキョーな真似してんじゃねーかよ。え?何してんだよ』
『こいつがおめーみてーに生意気だからしめてんだよ。見りゃ分かんべよ!』
そう言われて綺夜羅の顔つきが変わった。
『おめーみてーだぁ?』
鋭い目を向けにらみつけた綺夜羅を見て上級生は足を1歩引いてしまった。
『おい、あっち見ろ。掠がいるぞ』
『あいつ目がいっちゃってんよ。大丈夫か?シンナーでもやってんのかよ』
反対側から茶髪のショートカットの女が近づいてくる。目が細いのかすでに目が据わっていて危険なオーラが出ている。
(カスメ?こいつらあんな地味な奴に何ビビってんだ?)
『おい先輩。こっちはそいつと合わせて3人だけど、どうだ?やるか?』
綺夜羅の言葉に上級生たちが答える前に掠が飛びかかっていった。
(マジかよ!相手20人だぜ?本気でやろうってのか?)
掠は見境なく飛びかかり犬のようにうなりながら片っ端から殴りつけていく。
(あいつ…あんな奴だったのか)
一見地味で真面目そうに見えたのがとんでもない。横から殴られようと髪をつかまれようと服を引っぱられようとつかんだ相手を絶対放さず抵抗しなくなるまで殴り続けた。相手を倒してどんどん次の相手に向かっていく。
『すげ…』
反対側の綺夜羅は綺夜羅で強い。この年頃の歳の差は思ったよりも大きく、中1と中3では体つきもだいぶ変わってくる。1年なんてまだ小学生に毛が生えたようなものだ。
だが2つ上が相手だろうと綺夜羅はそんな差を感じさせなかった。上級生たちはたった2人の1年生にかなり手こずっている。
『強い…』
数は圧倒されていた。
『てめぇらは本当に弱い者いじめしかできねーんだな。おら、かかってこいよ!』
綺夜羅のその言葉は数の胸に刺さった。
どこの誰かは知らないが同い年の女の子2人が上級生を相手に自分の側について戦ってくれている。
だが自分が助けられてもいいのかは分からなかった。
複雑な気持ちで見ていると綺夜羅を後ろから襲おうとしている女がいた。この状況で後ろからつかまれてしまったら、あっという間に袋叩きだ。
数はそれに気づくと走っていきその上級生につかみかかるとそのままバックドロップした。
『はは、なんだ。お前やるじゃん』
それが綺夜羅からの初めての言葉だった。
弱い者をいじめてふんぞり返っていた自分には助けてくれる仲間も心配してくれる友達もいなかった。だから自分の為に戦ってくれる2人を見て嬉しかったのだ。だから自分も助けた。
結局最終的には3人共ボロボロになるまでやられてしまったのだが、綺夜羅は倒されても倒されても立った。そしてもう立てずにいる掠と数の前に立ち両手を広げた。
『次こんな真似してみろ…こんなもんじゃ済まさないからな。全員、指噛みちぎってやる!まだやるなら今やってやるから、指いらない奴はかかってこい!』
さすがにそこまで言いきった綺夜羅と誰もやり合おうとはせず、上級生たちは最後まで文句を言いながら帰っていった。
『ちっくしょー。あいつら大したことないくせにバカみたいに囲みやがって。さすがにあの人数は多かったな。』
綺夜羅はそう言って笑っていた。掠は人数のことなんかより自分がこんなにボロボロにされてしまったことに本気でキレていた。
『あいつら、明日絶対やってやる…絶っ対やってやる!』
泣きながらずっとぶつぶつ言っていた。余程悔しかったのだろう。
『あたし月下綺夜羅だ。こいつ蕪木掠。あいつら昔からあぁなんだ。ケガ大丈夫か?』
『あ、あぁ…まぁ、なんとか』
『お前、名前は?』
『京極数』
『あのバックドロップすごかったな!プロレスラーみてーで!』
『あ…ありがとう』
数は自分の口からありがとうなんて言葉が出たことにむずがゆい気分になった。思ってもなかなか言えない言葉だ。
『なんであたしなんか助けてくれたんだ?』
『いや、顔知ってたし…1人でかわいそうだったからかな?』
な、掠。と綺夜羅が言うと掠は無言でうなずいた。
『帰ろうぜ』
数はこの2人と友達になりたかったが、それを言い出す前に帰り道を歩き始めてしまった。なんと言えばいいのか分からずにいた。
いつも威張ってばかりいた数は人と友達になる方法が分からない。簡単な言葉でいいのかもしれないがそれが言えないまま2人との別れ道に来てしまった。
『あたしらこっちだからよ。また明日な』
『…明日?』
『学校。明日も来んだろ?』
それは金髪のポニーテールの女が教えてくれた。
友達になってほしいだなんてちょっと言えそうになかったが明日会う約束をしたらそんなことどうでもよくなった。
『…あぁ。また明日な』
その瞬間が嬉しかったのを数は今もちゃんと覚えいた。
それから数は弱い者いじめをしなくなった。多分それは友達ができたからだろう。
さすがに威張りくさった態度や性格までは変わらなかったが。
数の表情は少しずつ変わっていった。
数は綺夜羅が旅館もホテルも予約してないと聞いて何故かそんな昔のことを思い出してしまった。
数はそんな綺夜羅が好きなのだ。だから今から探すのが大変なのは分かりきっていたが綺夜羅にあぁやって言った。
稀に見る数の優しさだった。
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