第36話 混ざり合う謎
松本は続いて疎井冬の通っていた小学校にやってきた。だが当時担任だった先生や疎井のことを知っているという者はすでにここに勤務しておらず、唯一今の教頭だけが彼女が5年の時に赴任してきたので時期はかぶっているらしいのだが、さすがにあまり印象に残っていないようだった。
『疎井冬ちゃんよねぇ。んー、どんな子やったかなぁ。顔は覚えとんのやけど…』
いわゆるグレーヘアーに髪と同じような色のスーツを着た60歳位の女性が一生懸命思い出そうとしてくれているが、はっきり言って大した情報は望めそうにない。
松本が諦めようかと思うと、そこへまだ若い女性教師がやってきた。
『あのー、疎井冬ちゃんて、あの施設で暮らしてた子ですか?』
『そうですそうです。何か知ってらっしゃるんですか?』
『あの子、何かしてもーたんですか?』
『いえ、決してそうと決まった訳やないんです。ただ、ある事件について聞きたいことがあるだけなんですけどね、彼女の情報が少なすぎるんで知っていることがあれば聞かせてもらえればと思っとるんですわ』
『…私が6年の時に1年やった子なんです。仲良し班が一緒やったので覚えてるんですけど』
女性教師はここの小学校出身で大学を出た後、教師になりこの学校に勤めることになったらしい。
仲良し班というのは1年から6年までの違う学年の生徒とも交流しようというレクリエーションで、各学年の男女1人ずつの計12人がランダムに構成されチームになり、ゲームをしたりして上級生が面倒を見ながら下級生が色んなことを教わるというような趣旨の活動ということだった。そこで疎井と班が一緒だったと言うのだ。
『どんな子やったか覚えてますか?なんでもえぇんで教えてほしいんです』
『そうですね…でもおとなしい感じの子やったからそんなに喋ったこともないんですけど、いつも外で絵を描いていたのを覚えてます。班で顔も知ってたんで休み時間見かけて声をかけたんですけど、彼女校庭の隅の方で1人で絵を描いてたんです』
大した情報ではないように思えた。
『絵がね、めっちゃ上手やったんです。校庭で遊んだりしてる所を描いていて、この子は将来漫画家になれるんやないかて思ったんですけど、その絵がなかなか珍しいと言うか、見た時は驚きましたね』
相当印象に残ったのだろうか。だが少し気になる言い方だ。とても素晴らしい絵を見たというリアクションではない。どちらかと言えば幽霊でも見てしまったかのような反応だ。
『疎井さんは、どんな絵を?』
『…何枚か見させてもらったんですけど、決まって2人の女の子を描いてました。手をつないでるとことか一緒にブランコをしてるとことか、そんな感じやったんですけどね、2人が全く同じ女の子やったんです。絵が上手やから逆になんか違和感て言うか不思議に感じてしまって、気になって「この子は誰?」て聞いたら「私」て言うんですけど、もう1人のことを聞くと分からないて言うんです。こんな風に言うたらいけないんですけど、私ちょっと怖なってしまってそれ以上聞けなかったんです。』
その絵の話は確かに奇妙な気もするが松本が本当に気になったのはその後の話だった。
『それでも優しくてえぇ子やっていうのは見てて分かるんで見かける度に声をかけたりはしてたんですけど、でもそういえばこんなことも言うてました。喋っちゃダメなんやって』
『喋っちゃダメ?それは、どーゆーことなんですかね』
女性教師は一瞬口をつぐんだが続けた。
『冬ちゃんの体に痣が見えたんで「これどうしたの?」て聞いたら「人と喋っちゃダメって言われてるの」て言うたんです。それはなんでか聞いたら分からないって。だからあんまり喋りかけないでて言われてしまって、それ以来彼女の方が私を避けるようになってそれっきりやったんですけど、今でも私、後悔してるんです。あの時、私あの子のこと助けてあげなあかんかったんやって。何があったんかは分からないですけど、あれは多分転んだとかそんなんと違くて人から受けたものやと思うんです。それが、今も忘れられなくて…』
あの施設でまさかいじめが?あの女責任者は何も言っていなかった。
知っていて知らないフリをした?もしくはあの女が虐待を?いや、そんな人物には見えなかった。
だがいずれにせよ疎井冬が何かに陥れられていたことは間違いないようだ。
松本は疎井冬に刺されたという当時の責任者にもどうしても話を聞きたくなった。
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