第35話 再会~迷惑な女~

 埼玉の川越少年刑務所は今現在関東でただ1ヵ所の少年刑務所だ。少年刑務所とは犯罪を犯した10代の少年たちが収監される刑務所、という訳ではない。


 基本的には20歳から26歳までの成人が裁判を受け実刑となった場合そこで刑を受けることになる。


 普通少年少女の犯罪は大人とは違い家庭裁判所の決定に基づき、審判で処分を決められそれを受ける。


 その仕組みは大人が受ける裁判と似てはいるが決定的に違うのは刑でもなければ罰でもなく、名目としては保護する為、更生に導く為の教育なのである。


 事件を起こして逮捕された少年少女は警察署で取り調べを受け、留置所に10日から20日勾留された後、鑑別所という大人で言う拘置所のような施設に収容され審判までそこで生活させられる。


 大抵3から4週間で審判を受け、少年院送致となればそこから更に少年院に送られ決められた月日を過ごすことになり、その他観察処分になれば家に帰ることが許される。


 少年法も少しずつ変わってはきてはいるが、刑事裁判を受けないということは少年少女は犯罪を犯しても前科がつくことはない。


 だが極めて重大な事件を起こしたり、大人と同等な裁判をする必要があるとなった場合、10代の少年少女でも刑事裁判を受けることがある。


 そうなった少年が実刑となった場合も少年刑務所に収監されることになる。


 少年、とは付いていても少年院とは全く違い、普通の刑務所となんら変わりはなく、一説によれば普通の刑務所よりも少年刑務所の方が厳しくてひどい所だとも言われたりする。


 如月伴は普段にも増してオシャレな、そして女の子らしい格好でその刑事施設の前に立っていた。


 さっきからずっとウロウロしながらオドオドしている。何やら1人でぶつぶつ言ってもいる。


『ヤッホー♪久しぶりー♪伴よー♪覚えてるー?……ダメね。そんなキャラクターを今後一生背負って生きることなどできないわ』


 どうやら彼と顔を合わせた時の練習?をしているようだ。


『お疲れ様。久しぶりね……ちょっと普通すぎるかしら。うーん……あたしを待たせてそんなに楽しいのかい?これじゃまるっきり緋薙だわ!!どうしましょう。困ったわね。なんて言って出迎えてあげたらいいのかしら…あっ!聞いてみたらいいわね』


 伴は電話をかけ始めた。相手は緋薙豹那だ。




『はい…何がおはようだよ。気持ち悪い女だねぇ。なんだい?こんな時間に。今日からガキ共がいなくてやっとゆっくり休めるんだ。頼むからこのあたしの眠りを邪魔しないでくれるかい?…え?愛羽の兄貴が出所?……で、用は一体なんなんだよ…………………。……………………。…………こぉのくそっったれぇー!!なんの電話だクソ野郎がぁ~!!2度とかけてくんじゃないよ!!あ?ん名前で呼ぶんじゃねぇ~!!死ね!!』


 豹那は電話を切った。




『…私、何かいけないこと言ったかしら?』


 豹那ならきっといい答えをくれると思ったのにな、と思うと次の人物に電話をかけた。


 鬼音姫の哉原樹だ。





『おう、久しぶりじゃねーかよ。元気か?どうした?あん?悩み?おうよ、嬉しいじゃねーか如月。この樹さんがなんでも聞いちまうぜ。おう…何?ふんふん…マジかよ、そうけ。そういうことか…あぁ、分かるぜ。なんだよオメー、顔の割りに熱い恋愛してんじゃねーかよ。しかも愛羽の兄貴とはなー。おめー、でもよ、そりゃ包み隠さず伝えるしかねーんじゃねーか?だっ、何言ってんだよ。何年も男ばっかのとこにいた奴が門くぐった瞬間におめーみてーな女待ってたら喜ぶと思うぜ?あったりめーだよ。そんでよ、もう何年もしてねーってことなんだからよ、1発でも10発でもやらせてやってみ?あ?バカヤローセックスだよセックス。決まってんべよ。もう止まんねーよ。おう、あたしの周りでもそうやって待ってた女はたいがい結婚してんな。あぁ本当だよ。相手は務めてきてんだからよ、疲れた体と心癒してやんだよ。4年も待ってたなんて言ってみろよ。もうお前しかいないって思うに決まってるぜ。頑張れって。おめーなら平気だよ。あたしが保証すんよ。あぁ、だから安心して迎えてやんな。おう、じゃあな』


 樹はそういう相談には慣れっこだ。





『…まぁ!哉原、なんていい奴なのかしら。麗桜ちゃんの言う通りだわ。』


 伴は思っていた以上に励まされ、とりあえず自分の気持ちを素直に伝えようと決められた。


 それから少しして中から誰かが歩いてくるのが見えた。


 髪は短髪で肌の色は白く、ここで務めていたことが分かる。背が伸びていて顔も少し変わったのかもしれないが伴の記憶の中の人物と合致した。暁龍玖本人に間違いなかった。


『龍玖…』


 伴が思わず声にしてしまうと名前を呼ばれたことに気づき、龍玖は目を細めながら近づいてきた。


『…え?』


 誰なのかが分かったらしく、足を止め信じられないというような顔でじっと伴を見ている。


『お前…伴…か?』


『あら、よく分かったわね。名前忘れられてたらどうしようかと思ってたの』


『本当に伴か!?お前、綺麗になったな。最初全く分からなかったよ』


 伴は心の中でとりあえずガッツポーズをした。


『私がここに何しにきたか分かる?』


『…いや』


 龍玖は全く皆目検討も付かないといった顔をしている。


『逮捕よ』


 伴は真っ直ぐ龍玖を見つめて言った。


『…私をこんなに好きにさせといて、いきなりいなくなったと思ったら4年も待たせてわざわざ私が迎えに来てるのよ?信じられない。実刑よ。100%終身刑だわ。あなたなんて大バカヤローよ。でも……でもまた会えるなんて…夢みたいだわ』


 伴は一生懸命喋りながら泣いていた。自分でもなんでこんなに涙が出るのか分からなかった。


 思えばもう何年も、ツラいことがあっても寂しくても、それを周りに見せないようにして生きてきた。


 誰かに頼りたい時や甘えたいと思ったことなど何度もあった。だがその中でそれでも一途に龍玖のことを思い待ち続けてきた。


 その彼に今日やっと会えたからなのか、両手の甲で目を押さえながら子供のようにひたすら泣いている。嬉しいのか悲しいのかよく分からなかったが、だけどその心はすぐに安心に変わっていった。


 それは龍玖が体を預けさせてくれ、優しく抱きしめていてくれたからだった。

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