第28話 誘木浬
誘木浬は18歳。叶泰とは同い年だった。
背が高くスタイルも細く小顔で美人と3拍子も4拍子も揃った少女だ。
中学の頃から体が大きかったので力も強く男子にも負けなかった。ただそのせいで浬を好きになる男は少なく、少し気になっても言い出せる者などいなかった。
そんな訳で中学の時浬はそういう話には無縁だった。浬自身それが分かっていたので自分より小さい男なんて好きになれないとか、男?いらんいらんと言い続けてきた。
だがそれが高校生になると今までのそれが嘘のようにモテ始め、同級生からも上級生からも呼び出され告白された。しかしその中の誰も浬の目には止まらなかった。
地元の先輩に初めて暴走族の集会に連れていってもらった時、思わず目に止まってしまう男がいた。それが叶泰だったのだ。
兵庫の大阪寄りだった浬たちは大阪の方と走ることもしばしばあり、幸い自分の周りに同じように叶泰を思っている子もおらず、浬は周りの力も借り何回目かで連絡先を交換することができた。
浬は男と連絡先を交換したことなどなく、そうやって意識した人と何を話していいか分からなかった。ただ、そんな浬の初々しさや純粋さが叶泰にはうけた。
浬の態度は分かりやすく、誰が見ても明らかなのにそれでも何も言ってこれない浬に叶泰が心を動かされた。連絡も叶泰から毎日するようにしたし、少しずつ2人でいることが増えた。
ある日浬は体中の勇気を振り絞って聞いてみた。
『あたしたちって、なんなんやろね』
精一杯の言葉を投げかけると
『俺は付き合うてると思っとるよ』
という返事が帰ってきた。
浬は嬉しくなり顔を真っ赤にさせた。初恋にして初めての彼となった叶泰を浬はすごく大切にし思いやった。反対に叶泰もその気持ちを大切にしケンカすることもなくいつも浬を笑顔にさせてくれた。
1年近く一緒にいて大きな問題もなく、幸せな日々を過ごせただけに意味も分からず別れの日がやってきた。
『お前のことは好きなんやけど別れてくれるか?』
それを聞いて浬は、は?何ゆーてんの?こいつ。としか思えなかった。好きでなんで別れなければいけないのか当然分からなかった。
そのきっかけとなったのが叶泰の婚約者なのだ。
その子はずっと1人ぼっちで生きてきて、すごく傷ついているということで、今一緒にいて支えてあげられるのは多分自分しかいないと言うのだ。
聞いている側からすれば全くもって意味の分からない理由だった。なので浬はただ単に自分のことを好きじゃなくなってしまったから適当な理由を言っていて、本当は別れたいだけなのだとそう思った。それならどうしようもない。だから浬は強がりを言った。
『あっそ。勝手にしたら?』
叶泰はごめんと頭を下げるだけで、浬は泣かないように必死にこらえていた。
叶泰が死んだのはそれから半年後のことだった。
彼が何を考えていたのか、どうしてそうなってしまったのか真実は何も分からないまま、もう1年が過ぎてしまった。
『浬。これプレゼントや』
まだ付き合っていた頃、誕生日でもなんでもない時に叶泰は手のひらサイズの小さな鉢にポツンとサボテンが植えられた物を浬に手渡した。そんなに嬉しく思えずジョーダンなのかなと思ったがそうではなかった。
『可愛いやろ。俺サボテンて結構好きなんや』
叶泰はニコニコしながらサボテンを触った。
『好きな時に水やってくれたらえぇ。俺がいない時はこいつを俺やと思ってくれ。サボテンはな、死なへんねんで』
叶泰がそんな風に言い出したら浬はサボテンが好きになってしまい、今もそのサボテンは自分の部屋にちゃんと飾ってある。約束通り気が向いた時には水をやっている。
『あんたは死んでしまったやないか…』
だが浬は叶泰の死に何1つ納得などしていなかった。
『あんたがなんで死ななければならんかったのかは、あたしが必ず暴き出して犯人をとっちめたるからね』
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