第27話 叶泰の元カノ

 咲薇は次の日、1人叶泰の墓を訪れていた。


『もう1年も経ってしまったんやね』


 咲薇の時間はあれからなかなか進まずにいる。


『聞いてよ。萼のアホ、あたしのこと破門にしてケジメ取るんやて。あんたの元カノやろ?なんとか言うてや』


 墓前に花を飾ると、それだけで悲しい気持ちになる。彼の名前が彫られ、彼の骨はそこにあるが叶泰はもういない。もう2度と戻っては来ないし生まれ変わって会えることもない。ここに来るとそれが分かってしまう。


 咲薇はまだ本当に彼が死んだのか、心の奥底では信じきれていない部分がある。だからここに来るのは本当はツラくて気が進まないのだが今日は何故か来てしまった。


『…まぁ、もうえぇねんけどね。それならそれでえぇと思ってる。だから叶泰、全部終わったらあたしの答え聞いてや』


 咲薇は手を合わせると目を閉じて祈った。


『あのCX乗って来たんはあんたか?』


 いきなり声がしたので振り返ると、背の高い女が立っていた。なんと言うかモデルのような女という感じだった。身なりは今風で流行りの服を着こなしているし綺麗で悪い所が見当たらない。長い髪を後ろで束ねていてカッコいい人だと思った。


『…あんたがあいつの婚約者なんか?』


『いえ、あたしはただの幼馴染みです。あ、あの単車は譲ってもらいました』


『そっか、幼馴染みか。名前なんてゆーんや?』


『風矢咲薇です』


『あー!あんたが咲薇ちゃんか!いつもそいつがゆーとったよ。あたしは誘木浬や(いざなぎかいり)』


 誘木浬はあごで叶泰の墓石を促した。そして咲薇は思い出した。おそらくこの人は叶泰の婚約者の前の彼女だ。モデル体型の美人と付き合っていると自慢していたのをよく覚えている。その人の名前がカイリだった気がした。


『もうすぐ命日やから、たまには手でも合わさんと化けて出られる思てね』


 彼女も咲薇の隣にしゃがみこむと手を合わせ少し頭を下げた。


『アホや。あんたもう少しあたしと一緒におったらよかったんよ』


 誘木浬はそうして一筋の涙を流した。その横顔を見て咲薇は自分と似た匂いを感じた。


(この人、もしかしてまだ…)


 誘木は言い終わると目を開け立ち上がった。


『叶泰のアホー!!このすっとこどっこい!!』


 いきなり何を思ってそうなったのか誘木が声を張り上げ、あまりの大声に咲薇は目を閉じ耳をふさいでいた。


『あースッキリした。あっ、ごめんな。ビックリしたやろ?』


『あ…いえ…』


(めちゃめちゃビックリしたわ)


『なぁなぁ、咲薇ちゃんはあいつのこと好きなんか?』


『はい!?いえ、あたしは幼馴染みで家が近かっただけで…』


 咲薇は思わぬ不意打ちに慌てていた。


『だってただの幼馴染みがこんなとこ1人で来る?それに幼馴染みで家が近いって、それ好きになる条件にめっちゃ当てはまるやん。え?ホンマは好きやったんちゃう?』


 彼女の言っていることはもっともだと咲薇も思っているだけに答えることができなかった。


『あ、あたしは…そんなんと違うんです』


 せいぜいそうやって言うのがやっとだった。


『ふーん。ま、えぇわ。あたしな、兵庫で暴走族やっとんねん。今、頭張っとるんやけど陽炎朱雀て知っとる?』


『え!知ってるも何もめちゃめちゃ有名なチームやないですか!知らん方がおかしいですよ!』


『あ、知っとる?嬉しいなぁ。まぁなんかあったらいつでもゆーてよ。これも何かの縁や。なぁなぁ、ところで最近のこの辺の暴走族事情どないなっとんの?』


『あたしんとこは上がとっくに引退して、今あたしの代の子が頭やってます。最近のこと聞かれてもあたしなんてもう当分集会にも参加してなくて、ついに今度破門ですよ』


『破門て、またえげつない話やないか。普通にやめたらえぇやん』


『そうしたいとこなんですけどね、その頭の子がやたらあたしのこと目のカタキにしてる子で、そうせな気が済まんのやと思います。』


『なんや重い話やな。咲薇は暴走族やめたいんか?』


『単車乗るんは好きなんですけど、別に暴走族に誇りがある訳でも野望がある訳でもないんで、元から向いてなかったんやと思います』


『ほんなら、なんで入ったん?』


『それは…』


 咲薇は答えられなかったが誘木は何かがつながったらしい。


『なるほど、叶泰がおったからか』


 その言葉にも答えようとしなかったが、ただ違うとも言わなかった。


『あいつは幸せ者やな。こんな2人の美人に思われて』


 誘木がそう言って空を見上げると、だんだん彼女の表情が曇っていった。


『なぁ…咲薇は誰が叶泰を刺したんか知らんのか?』


 いきなり話が思わぬ方へ曲がって咲薇も暗いきもちになった。そんなこと自分だって知りたい。咲薇は首を振った。


『知りません…』


『そいつだけは許せへん。今もそいつはのうのうと生きて平々凡々と暮らしとんのや。考えただけでも殺意がこみ上げる』


 陽気で明るかった美人の顔が憎悪に満ちた凶悪なものになっていた。


『それに、叶泰の亡霊とかいう奴や。あれはお前やないやろな?』


『そんな…あたしと違いますよ』


 もし仮にそうだったとしても言えなかっただろう。そうだと言った瞬間に斬りかかってきそうな殺気を誘木の剣幕が物語っていた。


『…そーやろな。すまん、悪く思わんでくれ。ウチのチームの人間も何人かやられとんねん。よりによって、あいつの…亡霊に…』


 知る人ぞ知る兵庫の陽炎朱雀にまで被害が及んでいる。松本の言っていたことが頭をよぎった。


『違う…違いますよ!叶泰の亡霊な訳がない!』


『…あぁ、そうや。せやからそいつもあたしが取っ捕まえたんねん』


 咲薇の真剣な思いを感じてか誘木は元の表情に戻っていた。


『それよりそのケジメどーするんや?なんやったらあたしが間入ったろか?咲薇はウチ入んねんゆーて話に入ることもできんねんで?』


『気持ちは嬉しいですけど大丈夫です。これで全部終わってまた1からやと思ってますんで』


 誘木の言葉は嬉しかったが咲薇は笑って言い切った。これは自分の問題。迷惑をかける訳にはいかない。


『そっか、分かった。それならそれでえぇから、終わったら教えてや。あたしの番号教えとくわ』


 誘木は自分の名刺を渡してきた。


『ホンマはケジメなんてなくてえぇことや。そんなんで間違っても死んだりしたらアカンよ?もしもの時はなんとしても逃げんのやで。きっと、あいつもそう思ってるよ』


『はい…ありがとうございます』

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