第20話 弟への挑戦状

 剣道の世界で鞘真風雅という少女の名前は知る人ぞ知る伝説になっている。


 鞘真姉弟と言えば有名で、特に姉の風雅は100年に1度の天才とか沖田総司の生まれ変わりなどと言われ、大人顔負けの剣術で全国大会でも優勝し注目を集めた。


 しかしその正体は双子の弟で姉の風雅と名前と人生を交換していた鞘真美雷だった。なので有名だったのはこの美雷だったのだが、そんな美雷と咲薇も1度だけ試合をしたことがあった。


 咲薇も自信を持って臨んだ一戦だったのだが結果は惨敗。まさか年下にここまで完璧にやられるかという程咲薇は美雷に及ばなかった。


 実力が劣っているのはもちろんだが、何か自分とは根本的に違うようなスタイルだった。だからなのか今でもよく覚えている。


『そや、鞘真風雅。君、そやろ?』


『僕を知ってるのかい?』


『覚えてないんか?よし、ここで会ったが100年目や。今からあたしと1本勝負せぇへん?』


『勝負?』


 咲薇は傘立てに差さっていた木刀を2本持ち、1本を風雅に投げ渡した。


『やったんは小学校の時や。5年の時やったかな?あれからあたしも腕は上げたつもりや。君とはあれ以来やけど遠慮はいらんからね』


 風雅はそれを聞いてどういうことなのかやっと理解した。弟への挑戦状を代わりに受けることを決めた。


『ケガしないでね、2人共』


 愛羽や周りが心配そうに見守る中勝負は始まった。


『ふっ!』


 咲薇が先にしかけた。


『っ!?』


 風雅は驚いていた。もはや剣道の構えでも技でもなかった。おそらく我流なのだろうが、イメージするに鞘から抜かれた真剣の剣術に近い気がする。


 自分と歳の変わらない少女のはずが腕の立つ武士、もしくは戦場を戦いながら駆ける侍にさえ見えてくる。はっきり言ってかなり強い。だが風雅も受けては払いを繰り返していく。


『さすがに、簡単にはいかせてくれへんね』


 上から横から下から、そして突き。あらゆる角度からの技、斬撃に風雅は押されているが少しずつ反撃の手を増やしていった。


 打ち合う中にほんの一瞬の機を見た風雅はそこしかないと面を打ちこみにいった。しかし咲薇も合わせるように首めがけて横から木刀を一気に振り払った。


 両者寸前の所でその手を止め、お互い木刀を戻した。


『…すっごーい』


 その速すぎる一瞬の勝負に思わずみんな拍手を送っていた。


『さすがやね。さすがあの鞘真風雅や。いける思たんやけどなぁ』


『いや、僕の方こそビックリしたよ。我流でここまで技を磨き上げるなんて想像もできなかったよ。だけど、君の知ってる僕は僕じゃないんだ』


『ん?何ゆーてんの?』


『僕らは双子だったんだ。きっと君が対戦したことがあるのは弟の美雷の方だよ』


『ん?ん?分からん分からん』


 そして風雅は改めて双子であること、どうしてそうなってしまったのかを説明した。


『あー!そーいえば双子やったね!あの弟くんの方が君か!なんや偉い複雑やな。ほなその弟くんの方は今どないしてんの?』


『あぁ。美雷はもういないんだ。丁度その後に病気で死んじゃったんだ』


『うぇっ!?ホンマに!?アカンやん、ごめんな!そんなんと知らんかったから…』


『気にしないでよ。美雷のライバルに会えて僕も嬉しいよ』


 咲薇はやってしまったという顔をしたが、風雅はかつて弟と剣を交えた少女を笑って歓迎した。


『…あの子のことは死んでも忘れへんよ。手も足も出ぇへんかったんは後にも先にもあの時だけや』


『へぇ、僕も似たようなものだったよ』


 2人はそんな話で盛り上がっていた。普段おとなしい風雅がよく喋るので愛羽は見ていて嬉しくなった。

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