第18話 ウワサの怖い話
瞬は得たいの知れない咲薇を警戒するあまり綺夜羅に一瞬の隙を許してしまった。
どうやら後ろの単車もどういう訳かこのレースに挑んできている。それが目的なのが先程愛羽に前を見ろと促していたことからも 分かった。そういうことなら特に問題はない。
『…そして少女は…本気で走ることにしました…』
あの特徴的な雪ノ瀬節で1人つぶやくとついにその本領を発揮し始めた。
次の直線は大回りの長いカーブになっている。そこに差しかかる手前で少しも減速せずそのままカーブに突っこんでいった。車体をかなり倒している。そして倒しながらもスピードをあげた。カーブの途中でまた綺夜羅を抜き返すとさっきよりも差を広げトップに躍り出た。
『だぁ~!!くっそ~!やりやがった!』
『めっちゃ速いやん!倒れてまうて!』
綺夜羅も咲薇も相手に地の利があるとは言え見事なコーナーリングに舌を巻いた。
そして次の瞬間、なんと1番後ろから愛羽が2人を抜いていった。愛羽も地面スレスレまで単車を傾けたまま最高速で走り抜け瞬のすぐ後ろまで並んでいった。
『なんやて!?』
『嘘だベ!?』
今までずーっと1番後ろを守ってきた愛羽が瞬が本気で走りだした途端、それを待っていたかのように本性を現した。
そのまま2人のワンツーフィニッシュでレースは決まり、一同は見えてきたコンビニに停車した。
『愛羽!おめぇずっと手ぇ抜いて走ってやがったな!?』
まんまと泳がされて最後に抜き去られた綺夜羅はご立腹だった。
『えっ?違う違う。みんな楽しそうだったからあたしも混ざりたくて、行くなら今しかないって思って』
少し離れた所に咲薇が停まっていた。彼女がフルフェイスのヘルメットを外した時、愛羽は目を奪われてしまった。女性であることは分かっていたが自分たちと同年代の少女で、これがまた衝撃を受ける程の美人だったからである。
『行くしかない思たからて、簡単にできるような走りには見えへんかったけどね』
いきなり出てきた関西弁らしき言葉に3人は受け答えできずにいた。
『最後のあれはさすがにビックリしたよ、CBXの小っさい子。なんや子供みたいやんか。可愛いなぁ』
咲薇はくすぐったそうに微笑んだ。
『あ…どうも。あの、あなたは?』
『風矢咲薇。風の矢の中咲く薔薇のような櫻て覚えてくれたら分かりやすいよ』
『風矢さん』
『咲薇でえぇよ』
『咲薇さん、はどうしてここに?』
『あたし大阪から来たんよ。バイトもやっと休みになったから1人遠出しに来たんやけど、さっきのパーキングでオモロイ3人見つけた思たら走り始めよったから勝負したろ思てね。勝てるつもりやったんやけど誰にも勝たれへんかった。悔しいわー』
『あっ、なんだ、そうなんですか?でも咲薇さんだって速かったですよ』
愛羽と咲薇の間に瞬も入っていった。
『あそこから追ってきたにしても相当飛ばしたはずだよ。あたしは最初、いつの間にか後ろにいたから何が目的なのか分からなくて様子を見てたんだけど』
『すぐ後を追ったのに最初影も形も見えてこーへんから、それが逆にワクワクして燃えてしまってね。死ぬ気で飛ばしたよ』
咲薇はそして綺夜羅の前に来た。
『CBRのお姉ちゃんカッコえぇなぁ~。そんな顔しとったんか。あんた、あたしが抜きにかかったとこで自分が抜きに出るて決めとったやろ。あたしはあそこでダメやったんや。手前の直線で動くべきやったよ』
『そーか?次は何しかけてくるかあたしもワクワクしてたんだけどね』
4人はそこで改めて自己紹介し合った。
『ほんならなんや、みんな暴走族なん?』
『うん。一応』
『あたしは走り屋さんだけどね』
『あたしはまだ予定な』
『おっかないなぁ。今大阪で暴走族なんてしとったら襲われてまうんやで?危うく殺されるとこやでホンマに…』
『え?なんで?』
愛羽はまの抜けた顔で聞き返した。
『あれ?知らん?大阪を中心に暴走族の子が襲撃される事件がめっちゃ起きてんねんで?こっちのニュースには出てないんか?』
愛羽は首をかしげた。瞬も綺夜羅も知らないようだった。
『1人で走ってるとこを狙われんねん。チャリンコに突っこまされたり、とにかくみんな事故らされとる。関西の暴走族を無差別に襲いまくっとんねん』
『うわ…でも誰が?ヤクザとか?』
愛羽が痛々しい顔で聞くと咲薇は計ったような間を空けた。
『…知りたいか?』
3人は息をのんでうなずいた。
『犯人の正体はな…幽霊や』
『えぇぇっ!?』
愛羽だけ本気でビビっていた。
『去年、ある男が暴走族に殺されてしまったんや。その男が土曜日の夜になると怨みを晴らす為に暴走族たちを襲うねん。白装束を身にまとい刀持って追いかけてくんねんて。怖いやろ!』
『えぇ~…超怖いんですけど』
愛羽はそっち系はダメらしい。
『あはは!ただのウワサ話や。その殺された男も暴走族やったんやて。恨み持った仲間かもしくは全然関係ない奴がおもしろがってやっとんのやろな』
『あー怖い。あたし単車乗れなくなっちゃうよー』
『脅かしてごめんな。大丈夫や、関西の話やで?』
『でも実際襲われてることは間違いないんだよね?』
『うん。携帯で調べたらすぐ出てくんとおもうで』
瞬も何を感じたのか興味を持ったらしい。
『…嫌な予感がする…』
綺夜羅は1人だけ顔を青くしていた。
『どうしたの綺夜羅ちゃん。そんな顔して』
『行くんだ…』
『どこに?』
『行くんだよ、来週。あのバカ共と単車で大阪に…』
綺夜羅が今にも吐き出しそうな顔で言うと愛羽もあることを思い出した。
『あれ?あ!あたしも行くよ、大阪。来週みんなで。電車だけど』
『えっ、そーなん?ほな向こう来たら連絡してや。いつ来るん?』
『22日』
『あたしたちも22日だよ』
…22日、と聞いて咲薇はその笑顔の裏で傷口にバラのトゲが触れてしまったような痛みを覚えた。
そして雪ノ瀬瞬は得体の知れない胸騒ぎのようなものを、この時感じていた。
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