第10話 うっせぇ

『綺夜羅ちゃーん!おーはーよー!』


 朝6時半。愛羽は綺夜羅の家の前にいた。もちろん綺夜羅はまだ布団の中だ。


 が、愛羽はそんなこと少しもお構いなく叫んだ。


『綺夜羅ちゃーん!!あれぇ?まだ寝てるのかなぁ』


 当然叫ぶ。


『きーよーらーちゃーん!!!』


 そうやって何度か叫んだ時だった。


『うっせぇなバッカヤロー!!てめっ何時だと思ってっだ、このボケがぁー!!』


 2階の窓から綺夜羅がガチギレ半笑いで怒鳴り散らした。


『えっ?朝迎えに行くねって言ったでしょ?』


『…朝って、こんな時間かよ。つーかあたし時間聞いてねぇぞ!』


『あれ?そだっけ?ごめんごめん。でももう時間だから』


 なんの悪気もなさそうにケロッとして笑っている愛羽に綺夜羅はそれ以上言えなかった。


『…分かったよ。ごめんな。ちょっと待っててくれ、今起きたから』


 何故自分が謝るのか分からなかったが自分から折れると溜め息をついた。


『あったく、ウチのバカ共といい勝負だぜ。大丈夫かよ、あいつ』


 綺夜羅は顔を洗い歯を磨くと、ささっと化粧を済まし黒い革のライダースーツに着替え髪を青いリボンで結んだ。


『よしっ!』


 愛羽は外でタバコを吸いながらストレッチしていた。愛羽のような少女が朝からタバコをくわえながら体操しているのを見て、道行く大人は不審そうにしていた。


『おう、待たせたな』


『おはよ、綺夜羅ちゃん』


 言うなり愛羽は断りもなく綺夜羅に抱きついていった。


『おいっ!ちょっ、何してんだオメーは!』


『え?おはよーのギューだよ。綺夜羅ちゃんってオッパイ大きいね。何カップ?』


『何へーヅラこいて普通に説明してんだよ!ちょっと放せってばー、もぉー』


 綺夜羅は恥ずかしそうに愛羽を押しのけた。


『いいじゃーん。あたし友達全員にこういうことするよ』


 もはやそれは特技だが、いらぬカミングアウトだ。


『どうでもいいけど走り行くってのにお前制服かよ。いいのかよスカートで』


 ばっちりライダースーツの綺夜羅に対し愛羽は普通に制服姿だった。


『え?何着てけばいいか迷ったんだけどダメかな?あたし大した服持ってなくてさ。綺夜羅ちゃんはカッコいいね、それ』


『まぁな。やっぱり走り行く時はライダースーツだろ』


『いいなぁー、そういうのあたし絶対似合わないもんなぁ~』


『…なぁ。時間なんだろ?行かなくていいのか?』


『あ!そうだよね!』


 愛羽は言われてエンジンをかけると綺夜羅も自分の単車に跨がり2人は走りだした。


 待ち合わせは東京都民病院。雪ノ瀬瞬の親友都河泪が入院する病院だ。朝少し泪の側にいたいという瞬の希望でそこを待ち合わせにした。


 綺夜羅の単車はCBR400F。愛羽のCBXに比べると一般的な人気では少し劣るがホンダの代表的な単車だ。


 実家のバイク屋に部品取り車として、もう走れない状態で転がっていたのを綺夜羅が長い時間をかけて作り直し、自分の納得いく物に仕上げたのだ。だから綺夜羅はこのCBRが大好きだったし自信も持っていた。


 その辺の走り屋位には負けたことも負けるつもりもなかった。ボロボロで汚れていた外装は新車よりも光っているし、自分のことなんかより単車のことを大事にした。


 どんなに古くなったバイクもどれだけ壊れてしまっていても、ちゃんと修理し整備すればまた動けることを綺夜羅は誰よりも知っていた。


 CBR400Fという単車は神奈川では、特に暴走族や旧車會ではそんなに乗っている所は見かけられなかった。それだけ稀少価値があるとも取れるが、そういう伝統のようなものがあるのだ。故に人気はそこまで高くなく、綺夜羅の所にあったそれもすでに鉄屑寸前だった。


『なんでみんなこいつのこと嫌いなんだろう』


 次第に部品取りとしても使えなくなってくると、次に鉄屑屋に行く時に持っていくかとついに言われてしまったのである。


 それを聞いた時、綺夜羅は寂しくなってしまった。別にCBRが好きという訳ではなかったが、ずっとそこにあった鉄屑に愛着がわいてしまっていた。


『ねぇ。こいついらないなら、あたしにくれよ』


 綺夜羅は考えもせず父親にそう申し出ていた。


『綺夜羅…別にいいけどよ、おめーなんでこんなもんを?』


『うるさいな!いいんだよ。文句があんなら明日っから飯作ってやんないからね!』


『いやぁ…文句はねぇけどよ…』


 父親は鉄屑と化したCBRを一生懸命運んでいく綺夜羅の背中を見て、思い出してしまうことがあった。

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