第9話 風矢咲薇

 あぁー。今日は天気がえぇ。ツーリング日和や。


 お盆に思いきって1人でこんな風に遠出と言うと、1歩踏み出すにはなかなかのエネルギーと精神力、それにイメージが必要やけどここに来てよかった。


 見渡す限りの緑と山景色。なんて綺麗なんやろう。


 そう。今のこんな緑もそうやけど、きっと春に来ても、秋とか冬にきても、また別の色でいっぱいになって違う楽しみがあんのやろうな~。


 余計な物なんてなんにもない。雑音もない。だから空気がおいしく感じるんやろね。




 そんなことを1人思いながら咲薇は1人背伸びをした。


 風の匂いがする。川の音が聞こえる。彼女は盆休みを満喫していた。


 風矢咲薇(かぜやさくら)は17歳。大阪に住む現役の高校2年生だ。


 身長は166センチあり、スタイルもスラッとしていてモデルのような体型をしている。


 髪は肩にかかる位の長さで、後ろで下めに縛っていて青とシルバーアッシュでグラデーションのように染めている。


 外見はクール&ビューティーといった感じだが顔はまだ少女のような幼さがあり、涼しげで、でも優しい目をしている子だった。


 咲薇は高校に通いながら居酒屋でバイトをしている。実家は食堂を営んでいるのだが、咲薇は自分の多いとは言えないバイト代から毎月親にお金を渡していた。親思いの孝行娘なのだ。


 決して真面目な学生さんという訳ではなかったが、根は真面目で真っ直ぐな性格である。


 両親も咲薇がやりたいと思うことはなんでもやらせてあげてきた。バイクに乗りたいと言えば免許を取らせたし、今のファッションの学校に入りたいと言い出した時も喜んで背中を押した。咲薇が両親を大切に思うように親も咲薇を大切にしてきた。


 小学校から中学校まではずっと剣道を続けてきて、その道で彼女はなかなか有名で中学では部長を務め全国大会にも出場している。


 咲薇は剣道を続けながら思うようになったことがある。


「これは真剣勝負とは違う」ということだった。


 剣道と言いながら使っているのは竹でできた竹刀。胴を打たれようと小手を打たれようと腹が裂け手首が落ちることはない。


 勝負がつくその一瞬。死と隣り合わせではない。そういう安心の上でみんな戦っている。


 もちろん剣道の技術は磨かれ精神も鍛えられるがどこか満足せず、咲薇は腕が上がる程そういう気持ちが強くなっていった。


 これが真剣の勝負であれば面も胴も小手もまともにくらう訳にはいかない。その上で相手に勝ち、生きて帰らなければならない。


 そうでなければこれは茶番のチャンバラだ。そんな大会などただのパフォーマンスだ。


 そう思い始めてから咲薇の戦い方は変わった。


 頭の中で真剣での戦いをイメージし、そういう戦い方になっていった。


 誰もがそこは打ちこめたでしょ、と思うような場面でも胴を打てても面を打たれるのであれば打ちこまない。真剣のダメージを想定して相手をどうやって斬るかを考えてきた。こうやって言うと物騒だが咲薇はそれが楽しかったのだ。


 何度顧問に指導されても聞かず、咲薇の剣道はどんどん我流になっていき、1度でも面や胴をくらえば潔く負けを認めてきた。咲薇の中では死んでいるか、もう戦えない程の瀕死状態だからだ。


 そんな咲薇をほとんどの人が変わり者としてしか見なかったが、部活での信頼は厚く、その独特なスタイルと彼女の実力や勝負にかける思いは見ている者を魅了するものがあった。


 咲薇は心の奥で思っていた。1度真剣を握ってみたい。刀と刀を向け合った時、自分はどれだけ戦えるのだろうと。


 しかし今の世の中ではまずありえることではなく、剣道をどれだけ続けても叶わない思いであることを知ると、なんの為に自分が竹刀を振り続けるのかが分からなくなった。


 平和な時代の風が咲薇の剣道への熱を少しずつ冷ましてしまったのだ。


 その代わりになったのが単車とスピードだった。


 咲薇は小さい頃からそんな生き死にへの思いと隣り合わせで生きてきたからなのかスリルを求め、1歩間違えば転ぶ、あわよくば死ぬというようなそんな風を切るのが好きだった。


 センスや感覚も抜群で、乗り始めてからすぐに峠を攻めたり高速道路を飛ばして走っていた。


 あたしが欲しかったんはこれや。


 咲薇は自分の生きる道を見つけ、休みがあると1人遠出をして峠にでかけたり自然を楽しんだりしていた。


 この盆もやっとバイトが休みになり、おもいきって1人関東に足を伸ばしていたのである。

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