第8話 豹那様

 玲璃はさっきのバックドロップから、つかまれる隙がない程攻撃を重ね先手先手で押している。数もてこずっているようだ。


『おい!どうした!もうばてちまったか!?熱中症か!?なんなら休憩するか!?』


 玲璃は口と手を同時に動かし数を圧倒していく。


『ちっ、くそが』


 玲璃が強いのはもう分かった。数は捨て身でつかみかかっていった。殴られようと構わず再び玲璃を持ち上げた。


『後悔すんなよ!』


 すると今度はその場で回り始め遠心力に任せて玲璃を投げ飛ばした。そしてすかさず馬乗りになると一気に拳を連打していく。


 玲璃は乗られたまま手で顔をガードして足で数の顔を退けなんとかピンチを脱出した。


『てめぇこそ後で吠え面かくんじゃねぇぞ!』


 いい勝負だ。もうしばらくやり合っているがお互いにまだ全然やれそうなことを感じていた。玲璃も数も楽しさすら覚えている。


 だが丁度その時、麗桜は何者かが自分たちを見ていることに気づき思わず2度見してしまった。


 それは、ものすごい形相でこちらをにらみつけている緋薙豹那だった。麗桜は顔面蒼白になり固まった。


『玲璃!玲璃!』


 麗桜はまだその存在に気づいていない能天気な金髪に小声で気づかせようと必死に声をかけた。


『なんだよ麗桜。今いいとこなんだから邪魔すんなよ』


 だが振り向くと玲璃も豹那と今の最悪な状況に気づき声が出てしまった。


『げぇっ!』


 豹那はまず麗桜にその目を向けた。


『おい麗桜。お前、すぐ戻るって言って何分経ってるんだい?』


 腰に手を当て、やや上からとても不機嫌そうに麗桜を見ている。


『だ、大先生、あの…』


『返事ぃ!!』


『はいぃっ!!』


 麗桜は怒鳴られ背筋をピンッと伸ばした。


『見ての通り、今思わぬアクシデントに…』


『聞こえなかったかい?何分か聞いてるんだよ』


 豹那はうろたえる麗桜に声を低くして問い直し、にらみをきかせた。


『じゅっ…じゅう…10分、位かな?』


 頑張ってなんとか声を絞り出す。


『ほーお。いいかい?これは蓮華があたしのとこに来てから、お前がすぐって言うからね、参考までに測っておいたんだよ。10分とは大きく出たね。知りたいだろうから教えてやるよ』


 豹那はどこでそんな物を手に入れたのかストップウォッチを手に持って見せた。


『見えるかい?23分だ。今24分になった。1、2、3…』


 麗桜は凍りついた。


『ご、ごめんなさい…』


『よろしい』


 豹那は微笑んだ。


『さて…』


 次に穴が空きそうなほど玲璃を見ながらカツンカツンとハイヒールの音を鳴らし、その銀色の美しい髪を揺らしながら近寄っていく。


『なぁんだ玲璃。あたしはてっきり帰っちまったのかと思ったよ』


 玲璃は靴音が近づく度ビクビクした。


『お前はあたしのことが嫌いなんだろうねぇ。あたしの教え方が気にくわないのかとか、なんか悩んでんのかとか、ダンスがつまんないのかなぁとか、心配しちゃったじゃないか』


 玲璃は冷や汗が止まらなかった。


『さて、そこでね、聞いときたいんだけどさ。このあたしの授業とコイツらとのケンカ。どっちが大事なんだい?』


 豹那は長い髪を振り回し周りの人間を見回した。


『…じゅ…じゅぎょお…』


 玲璃は口を尖らせながら消えそうな声でつぶやいた。彼女の口にそれ以外の選択肢などあるはずもなく、すると豹那の手が自分の方に伸びてきた。思わず目をつぶってしまうと、その手はつかむでも殴るでもなく頭の上に乗せられた。


『なんだ。嬉しいこと言ってくれるじゃないか。でも、じゃあお前、これは一体どういうことだい?』


 玲璃は首をもがれることを覚悟した。


『豹那さん違うんだ!こいつら愛羽を探してるみたいなんだよ!』


 麗桜はとりあえずフォローした。


『愛羽を?』


 豹那は聞いて不思議そうな顔をしたが、それでなんとなく理解したようだ。すると今度は掠たちの方に向き直った。


『おい、ガキ共。愛羽にしろこいつらにしろ、今はあたしの可愛い教え子なんだよ。聞いてただろうけど今は大事なレッスン中なんだ。それでね、今とってもこいつらにとって大事な時なんだ。冷やかしなら迷惑なのさ、分かるかい?そういう訳だからさ、こいつらも逃げやしないだろうから後にしてくれるかい?それがもし気にくわないってんなら、いいよ。このあたしが相手になろう。5人でいいからかかっておいで。でもその代わり、これ以上こいつらに指1本触れてみな?まとめて妖怪人間みてーな面にしてやるよ』


 豹那はいよいよ遠い目をしだした。


『豹那…』


 玲璃はあまりのカッコよさと自分たちのことをそんな風に思ってくれていることにときめいてしまった。


『玲璃。せめて「さん」を付けろ。全くお前たちは、何回同じことを言わせるんだい?』


 豹那は溜め息をついてしまった。


 そんな様子を見て校門の外にいた3人がざわついた。


『ねぇねぇ。めぐちゃん、あれってさぁ』


『え?ちょっと珠凛。そうなの?』


『どうやら、ご本人様みたいね…』


 3人は豹那めがけて走っていった。


『嬢王豹那~!…』


 豹那は構えた。


『よしよし。せめて全員同じ病院に送ってやるよ。来な!』


『~様!悪修羅嬢王緋薙豹那様ですか!?』


 3人は目をハートの形にして声を合わせた。


『…はぁ?』


 突然の出来事に豹那も玲璃も麗桜も出した声が裏返ってしまった。


『ちょっと!数!掠!よく見なさいよ!豹那様がいるんだよ!?』


 キレて周りが見えなくなっていた2人も落ち着きを取り戻すと「豹那様」の存在に気づいた。


『うわーわわ!本当だ!なんで!?なんで!?』


『えっ!?嘘でしょ!?ちょっと待ってよ、心の準備が…』


 何やら5人の空気はもう暴走愛努流とかケンカどころではないらしく、5人共豹那にまとわりつき携帯を片手に写真を撮り始め、キャーキャーピーピー言いながら勝手に2ショットを撮ったり、握手をしては喜びはしゃいでみたり、声を高くして可愛い子ぶったりと、まるで世界的なスターに出会ったかのような対応をした。


『あのー、大先生?こりゃーどーゆーことなんですかねぇ』


『知るか!あたしが聞きたいよ!』


 麗桜の皮肉に即答するも、豹那は5方向から質問責めにされていく。


『豹那様!いつも応援してます~!』


『豹那様ってなんの香水使ってるんですか!?いい匂ーい』


『最近ハマってる食べ物とかありますか!?ラーメンとか食べます!?』


『どうしたらそんな綺麗な髪になるんですか~?』


『美しさの秘密、教えてください!』


 こちらのことなど一切構わず5人が5人一斉に喋りだすので、ついに豹那がキレた。


『てめぇらぁー!!せめて1人ずつ喋れないのかクソガキィ!!』


 いきなり全快で怒鳴り声をあげたのでその場が一瞬静かになり、玲璃と麗桜は目をつぶってしまったが、5人は逆に目を見開きまばたき1つしなかった。


『…かっっっこいいぃ~…』


『…は?』


 5人はますますうっとりした表情で豹那を見つめるのだった。


『ダメだ…狂ってる。行こうぜ麗桜』


『え?あ、あぁ…』


(いいのか?放っといて…)


 2人はバカらしくなりダンスに戻ろうと歩きだした。


『おい玲璃、ちょっとこいつら追っ払ってくれ!あれ?いない。おい麗桜?あれ?どこ行った?』


 鬼よりも強い女が弱みを見せた瞬間だった。

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