第8話 私がここにいる理由 side.レイ

 今日は仕事終わりに男友達の一人にご飯に誘われた。

 彼は大学時代からの友達だった。私は元々同年代の同性と遊ぶことは元々少なく、大学のころも喫煙所で男子と話したり、講義の後に居酒屋に行ったり、朝まで麻雀やゲームをしたりするのが好きだった。よく一緒にいた男友達たちは私のことを同性のノリで接しつつも、時と場合によっては女性として扱うといった程よい距離感だった。

 彼は大学卒業後も職場が比較的近い方で、時々ご飯に行く間柄だった。男友達のなかでも、食べ物の好みが合い、さらには色んな店を見つけてくるので在学中から二人だけでもよく食事はしていた。

 今日も「近場で面白い店を見つけたんだ」と誘われ、イタリアンベースのエスニックな要素も入ったバルに連れていかれた。そこでご飯を食べながら、ワインばかりを飲んでいたので、いつものバーで飲み直そうと思った。

 本当はバルの店先かどこかで解散して、一人で飲むつもりだったが、「俺も行っていい?」と言われては断る理由もないので連れてきた。

 店に入って、すぐに異変には気付いた。いつもの落ち着きがなく困惑気味の様子のマスターとその原因らしい一人でカウンターで泣きながら酒を飲む、明らかに何かありましたというオーラを出しているかわいらしい女性。絶対に関わりあいになりたくない面倒くさそうな女性の雰囲気と、私とは性別以外共通点のなさそうな、フワフワとした長い栗色の髪の毛にピンクのトップスが似合ういかにもな女性らしい女性。

 マスターの「いらっしゃい」といういつもの声に混じる歓迎とそれ以上に状況を変えて欲しい、助けて欲しいという気持ちに気付かないふりをして、今日は連れもいるからとボックス席へ。

 しばらくは、乾き物をつまみにカクテルを飲み、たまに彼と話を交わした。仕事の愚痴に、今度はどういう店がいいかとか、休みの日に遠出しておいしい店を開拓しようだとか、そんな話を一方的にしてくるのを聞き流していた。正直言うと、食べ物の趣味以外の話は合わないので退屈で苦痛な時間。

 おいしいカクテルを飲んで、煙草を吸って、面倒くさい話を聞き流す以外は変わらないいつものここでの日常に浸っていると、ふいに、


「俺さ、前からずっとお前のこと、好きだったんだ。だから――」


 と、さらに気分が盛り下がることを言い出したので最後まで聞く前に、


「ごめん。あなたと付き合うとか無理だから」


 そうはっきりと拒絶の意思を示す。そのことに彼は、うっと顔を歪ませ、


「なんで無理なんだよ? 今までも仲良くやってたし、今日も二人でメシ行くことにもノリノリだったじゃん? だから、俺はてっきり――」


 絞り出すように口にする。言葉にされなくても、アテが外れたと顔に出ている。私はそこまで目の前の男に期待させるようなことをしたのか考えてみるが、全く覚えがなかった。男友達に対しては基本は誰に対しても同じ扱いを心掛けていて、個々人ごとに特に話やウマが合う分野に関しては深く話したりするというスタンスなだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。


「付き合いたくない理由ならあるけど、それを話せば納得してくれるのかしら?」

「聞いてみないと納得できるかは分からないだろ?」

「それもそうね。そもそも私はあなたのことをご飯に行く友達の一人としか思ってないのよね。それ以外では正直会いたいと思えない」

「でも、学生の頃も社会人になっても、遊びに行ったりしてただろ?」

「ご飯関係以外であなたと二人で行ったことはないわ」

「そんなわけ――」

「それに本当は一緒にご飯を食べるのも嫌なのよね」


 私のその言葉に、彼の表情には困惑と怒りが混じり合う。


「じゃあ、なんでご飯を断らないんだよ? 嫌ならもっと早い段階で断ればいいだろ?」

「そうしたいんだけど、私としてもおいしいご飯を食べれる店の情報だけは欲しかったからね」

「だから、同じ店には行きたくないと言ってたのかよ。毎回俺が店探すのにどれだけ苦労してると思ってんだよ」

「それはあなたの自己満と虚栄心のせいでしょ? 私は普通の友達とは同じ店に何度も行くもの。ここの店だって、大学生のころから通ってるし」

「それは――」

「それにさ、優柔不断で注文で悩み過ぎなのよ。別に悩むなとは言わないけど、店員がオーダー聞きに来て、注文しながら悩むのはね。私がそのたびに店員に小声で謝ってるのしらないでしょ? あとさ、料理や飲み物をひとくちちょうだいが多すぎて、ウザいのよね。我慢してたけど、あれは気持ち悪い」


 私が初めて彼に口にする本音に、彼は拳を握りしめ、身体を震わせている。きっと足元では貧乏ゆすりでもしているのだろう。こういうところもあまり好きではない。


「あとさ、私のことで変なこと言って回ってるのも知ってるんだよ」

「変なことってなんだよ?」

「私がいないところで、私があなたに好意を持ってるみたいに言ってたんでしょ? ただの食事をデートだって言い張ってさ。迷惑なんだよね」

「なんで……?」

「そりゃあ、あなたから自慢げに話を聞かされた人に本当はどうなのって確認の連絡があったからよ。ありえないって、ひとこと否定したら、だよなーって感じだったけど。もしかして、あなた、実は周りからも友達だとは思われてないんじゃないの? この前の連休に大学時代のメンバーで集まって、近況報告兼ねた飲み会やったけど、誰からも誘われてなかったみたいだし」


 私が事実だけを口にしていたら、彼は目の前で露骨に肩を落とし、ポツポツとテーブルに水滴が落ちてくる。そして、話し終えるくらいのタイミングで彼はテーブルを強くドンッと叩き、勢い良く立ち上がった。私を見下ろすその顔は、二十代も半ばを過ぎたのに小さな子供のように顔を真っ赤にして、目には涙を溜めていた。


「もういいっ! 帰る!」


 そう叫ぶように言い捨て、鞄を手にして出口に向かって歩き出したところを呼び止めた。少しだけ言い過ぎたと思い、今度はみんなでご飯に行こうくらいのわずかなフォローくらいはしようかなと考えていた。しかし、振り返った彼の表情を見た瞬間にその言葉を言う気持ちは失せてしまった。

 泣いたり、癇癪かんしゃくを起せば周りが甘やかしてくれるかもしれないという期待が、何を言われるのかとビクビクとした態度と表情の下に透けて見えてしまったのだ。だから、私はこの際だから、はっきりと縁を切ってしまおうと心に決めた。

 だから、ちらりと店内を見回し、客が少ないことを確認してから、追い打ちをかけることにした。

 そして、言いたいことも言えて少しはすっきりしたけれど、それでもまだ残る嫌悪感から、気分転換のためにカウンター席に移って、マスターに騒がしてごめんねと、謝罪がてら笑って話そうと思っていた。

 カウンター席に移って、マスターと喋りながら隣に座る女性に目をやると、服装だけでなく顔も含めて柔らかでかわいらしく、育ちの良さが滲み出しているという印象で、仮に普通に酒を飲んでいても一人でこの店にいるには不釣り合いに見えた。

 そんな女性が、自分以外に女性で吸っている人を見かけたことがない銘柄の煙草を持っているのだから、興味を惹かれないわけはなかった――。

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