第3話
「無罪に投票してよ」
高一である。
ところで。
小曽根真一はPTA会長で、自治会連合の役員で、次期市長選への立候補も考えていて、うかつには評決態度を表明できないのだ。しかも、あのおぞましく不快で陰湿な少年Aの犯罪行為を、世間一般はどう考え、どうとらえ、どう向き合おうとしているのか、最後の最後まで見極める必要があったからだ。
「・・・・でも、あれって、ただの、生理現象だろ。父さんも、やるだろ?おなら!」
「・・・・・・」
「そりゃ、密閉された狭い部室で、おならを、したかれに、マナーとか、そんなレベルでなら批判されても仕方ないけど、かれを槍玉に挙げて、おならの是非を、オンライン裁判で裁くのはどうなのかなぁ」
「・・・・・・」
「ねえ、聴いてる?だれが、そんなことを考えたのか知らないけど、屁の突っぱりにもならない、いや、屁の河童?って言うの?」
ここで、
父もまた少年Aの事件が公になってから、いろんな格言を調べてみたのだ。
・・・・屁をひって尻すぼめる。失敗をしてしまったあとで、取り繕ったりごまかそうとするたとえ。
・・・・屁ともおもわない。物事を軽んじて、まったく問題にしないたとえ。
・・・・屁と火事は元から騒ぐ。まっさきに騒ぎ立てた者こそ、事件の張本人だというたとえ。
・・・・百日の説法、屁ひとつ。長い間苦労や努力を重ねてきたことが、ささいな失敗やあやまちのためにご破算になるたとえ。
小曽根は気づいたのだ。確かに、たかが屁。けれども、屁≒失敗・あやまち、と結びつけられてきたこの国の長い歴史というものも無視できないのだ。いやしくも政治家として立つ決意を固めた以上、その気概の根底には〈されど、屁〉といった意識をも同時に堅持していかなければ、ならない。そのことを敬愛する文化人類学者・橘博士から教わり、また友人の警察署長・山本からもむやみに持論を公開するなと注意されていた。
すなわち。
たかが屁、されど屁。
へぇと傍観したままではいられないにしても、早々に評決の立場を表明するわけにはいかなかったのだ。
とはいえ、嬉しいこともあった。仕事の忙しさにかまけて息子との会話がなかった日々が嘘だったように、少年Aの事件をきっかけに彼は息子と語り、息子のことばに耳を傾けた。当然、『父さん、ずるい!自分の意見を公表しないなんて!』と責められもした。泣かれもした。無視もされた。でもそれは、今までのような習慣化された無視ではなく、〈相手にされたい〉といった感情に裏打ちされた態度であることも、小曽根真一は理解していた。そんなふうに息子と対置できたことがなによりも嬉しく、そして、そのあたりにこそ、少年A事件の本質を彼なりに求めようとしていたのだ・・・・。
彼が息子に評決の態度を告げようとしたまさにその時、携帯にメールが届いた。
この事件のおかけで顔馴染みになった地元タウン誌の副編尾崎からだ。
評決後の記者会見、オンライン出席、
期待してます。市長選の前哨戦の意識
で🤗🤧
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