第2話

   

「で、どっちに投票する?」


 地域情報タウン誌の副編集長尾崎おざきが、カメラマンの宮田みやたいた。

 どうにか広告収入だけで成り立っているタウン紙の配布エリアには、被告の少年Aが通学している中学校近隣も含まれていただけに、すでにこれまでも緻密な取材をこなし、まとめた記事をそのまま大手新聞社や週刊誌に売りつけることにも成功した。の尾崎としては、オンライン裁判の結果が、どちらに転がろうとも別にかまわない。

 ・・・・・カメラマンの宮田にしても写真転載の臨時収入でホクホク顔のはずなのだが、どうしたことか眉間に皺を寄せたまま、パソコンのモニターから目が離せないでいた。


「どうした?らしくもない。そんな陰気な顔をして・・・・」

「え?ま?」

「これ、二択というのはちょっと刺激に欠けるよね。せめて五択なら、裏賭けで、オッズもつくのに・・・・あっ、御託ごたくをほざくなって?」

 語呂合わせギャグが副編の癖で、自分で言っては周囲の反応などは一切気にしない。すぐに本人がクスクス笑うからだ。

 いつもは、時候の挨拶のようにアハハとほくそ笑む宮田なのだが、このときばかりは、他のことが頭のなかに巣くっていたらしく、眉間の皺はまだ固まったままだった。

「・・・・で、、少年Aのあの不快で陰湿な犯罪行為が契機となって・・・・」

 ・・・・オンライン裁判への国民的関心が一気に高まった。何事もブームになるのはいいことだ。従来の価値観を一新し、あるいは、裁判をめぐる思考の陥弄から脱却する機会ともなる。これこそが国民意識の進化であり深化というものだろうと、は言った。

 すると、どうだろう、宮田はゆっくりと、いやそれでも小刻みに震えながら、首を横に振った。

「・・・・それは、一種の確証バイアスというものじゃないでしょうか?」

 宮田が言った。カメラマンには、ときには人間の心理をも映し出すフィルターというものが必要で、その一つが彼にとっては、心理学や社会学の智識である。少なくとも宮田のそんな理論武装は、尾崎も嫌いではなかった。

「おお、、それ、あれでしょ?自分の都合のいい情報だけを信じたり、積極的に収集しても、そうでない情報には耳を貸さない、っていうやつ」

「ええ」

「で、何が言いたいのかな?」

「・・・・うーん、うまくは言えないんですが、少年Aは、オンライン裁判の生贄いけにえにされているのではないのか?ということなんです」

「ええと、、それ、なにかの比喩ひゆとして言っているの?」

「比喩でもあり、そうではないかもですが・・・」

「それじゃあ、よけいにわからなくなっちゃう」

 尾崎はそう言って苦笑した。けれど、なんとなくにも宮田が言おうとしていることは理解できていた。なぜなら、このオンライン裁判は、第一回目だからだ。かつて欧米の陪審員制度を参考に、市民が関与する裁判員制度を導入したこの国の司法制度は、かつてない変革を遂げた・・・・ようにみえた。ところが、新制度導入当初はマスコミも連日のように報道し、国民の意識改革を促す役割というものは一定程度果たすことができたが、関心が薄れると、手のひらを返したように急速に他のターゲットを見つけ、流されていくのが、この国の国民性というものである。だからこそ、おそらく司法側は、いわば“一億総陪審員化”をめざし、オンライン裁判導入を企図したのではないか・・・・。一方、議論好き、というのもまた、お家芸というものであって、総論賛成・各論反対の議論だけが延々と続き、明確な国家観も、りんとした行動指針も持ちえないままに21世紀を迎え、ネット時代における新たな、国民と国家の関係構築もなしえないままに時だけを無駄に浪費してきた。

 ・・・・・いわば、オンライン裁判は、そのことに対するある種の警鐘なのかもしれなかった。

 それを理解してはいても、尾崎は、ジャーナリストの端くれであると同時にやはり中小零細企業の経営幹部であって、利益を生み出すビジネスモデルというものからかけ離れた思考は、あえて排除せざるを得ないのだ。何にもまして目の前の話題性に飛びつかざるを得ないのだ。

 ため息混じりに、は言った。


「ねえ、、評決がどっちになって、即、記者会見するよ。なんといっても、少年Aは、の甥っ子なんだから、やはり、ここは、親族代表として、好むと好まざるとに関わらず、矢面やおもてに立ってもらう。会見で、言いたいこと、思っていることを、とことん、主張すればいい・・・・だって、それこそ、健全な社会のありようというものだから、ね」

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