第20話

 俺の彼女であるはずの京に突然許嫁が現れた。


「ちょっと待って。許嫁ってどういうことですか?」


 まさか許嫁なんてそんな。普通あり得ないよね。


「その名の通り、将来結婚するように定められているってことだよ」


「京の家庭ってそんなに上流な階級の方だっけ?」


 確かに絵を描くことを許されている家庭だから裕福なのは事実だけれど、許嫁なんて事象が発生するほどではない。あくまで一般家庭と比較して裕福なだけだ。


 こんな目の前にいる男のように、全身を超高級ブランドで取りそろえるレベルの家庭ではない。


「えっと、私もよく分からない」


 どうやら本人も知らないらしい。


「誰からそう聞いたんですか?」


 わざわざ京本人に言いに来るってことは出鱈目を言っているわけでは無さそうだ。


「許嫁と言えば勿論両親からだよ。ほら」


 見せてきたのはそれの証書だった。


「だから、僕と一緒に暮らそうよ。そのための家もあるんだから」


「家?」


「そう、家」


 さも当然のように言ってきた。どんな金持ちだよ。


「と言っても、私は夏樹の彼女だよ。離れるのは嫌」


 そう言って俺の後ろに隠れた。


「本人が知った上でだったら京が悪いで終わるのかもしれないけれど、京は何も知らされてないのよ。こういった場じゃなくてちゃんとした場を用意しなさい」


 横で聞いていた涼野が西園寺さんにそう話した。


「とは言ってもこれは決定事項だからね。どう行動しようが僕の自由だと思うんだけれど」


「どうしてそこまで佐倉を求めるんだ?話したことすらないんだろう?そんな相手にそこまでする理由はあるのか?」


 大はそれが気になったようで、質問していた。


「家庭もしっかりしていて、美術に非常に長けている。ウチの会社からすると喉から手が出るほど素晴らしい人材だ。それに何よりも美人だし、妻にするのに素晴らしい女性だと思っているよ」


 サラっと言ってのけた。


「そんなくだらない理由なのか?」


「くだらなくないさ。立派な理由だよ」


 まだ一目惚れしたとか、美術の才能に憧れているからとかなら分からなくもない。それなら少なくとも本人の一部を好きになっているのだから。


 しかしこの男は京の事をただの商品、カタログスペックだけで見ている。人扱いすらしていない。丁重には接するのだろうが、それは真っ当ではない。


 もし許嫁であることが事実だとしても、彼氏として叩き潰さなければならない。


「そんな事を真っ当だと思うような人間が結婚する資格なんてない。今日は帰れ。そもそも俺らは今から忙しいんだ」


「京は置いていってよ。今から暇になるんだから。ほら、高校を辞めに行こうか」


 西園寺はそう言って京の腕に手を伸ばす。


 どうやら、丁重に扱う気すら無いらしい。


「やめて、触らないで!」


 どうやら、この会話の中で京からの好感度が地に堕ちたらしい。


「大、頼めるか」


「分かったよ」


 大は一足先にこの場を離れた。職員室へ行くためだ。この男は早々に対処しなければ不味い。


「僕達のことに勝手に口を出さないでくれるかなあ?」


 京に拒絶されているにも関わらず、そう言い切る西園寺。


「夏樹は私の彼女なんだから、私の家のことに口を出してもいいの。それに、あなたの事は大嫌い。二度と近寄って来ないで」


「そんなことは知らない。連れていけ」


 西園寺は電話をすると、どこからかやってきた黒服に囲まれてしまった。


 周囲はそんな事態に大騒ぎとなった。何か大変なことが起きたんじゃないかと。文化祭が台無しだ。


 どうにか脱出しなければ。


「卑怯者ね」


 涼野が西園寺にそう吐き捨てた。


「卑怯?自分の持てる力をすべて使うことの何が悪い。やれ」


 西園寺の指示と共に、黒服は俺たちに襲い掛かった。


「何をやっているんだ!!!」


 そこに大が呼んできたであろう体育教師の佐藤が駆け付けた。相変わらずゴリラみたいな肉体をしている。そのためか、明らかに強そうな黒服に対しても一切物怖じをする様子は無かった。


「家庭間のいざこざです」


「黒服の男が寄ってかかって高校生を囲い込むいざこざがあってたまるか」


 そう言って黒服の群れをかき分け、俺たちを外に出してくれた。


「大丈夫か?警察は呼んでおいたから大丈夫だ」


 佐藤は俺たちを安心させ、西園寺達を引かせるためにそう言った。警察が来るから流石に引いてくれるだろう、そう思ったが、


「そんなもので僕を止められるわけが無いだろう。やれ」


 西園寺は諦めること無く、京を捕らえようと試みた。


「流石にやりすぎだよ。倒しましょう、先生」


「分かった」


 佐藤が柔道の黒帯を持っていることは知っていたので、戦うことで時間稼ぎをすることに。


 俺は京が囲まれないように逃げ回りつつ、適度に攻撃を入れて無視されないように立ち回る。


 そして佐藤はというと、防戦一方だった。多勢に無勢というのもあるが、集団戦に関しては柔道が向いていないのかもしれない。それはあまりにも盲点だった。


「これじゃあ警察が来るまで耐えられるか分からないな」


 学校までの距離的に、警察がやってくるには後20分ほどかかる。それまで佐藤が耐えられるか分からないし、大が追加で助っ人を呼んできたとしても佐藤がボコボコにされている相手にどうこうできるとは思えない。


「なら京を差し出すんだ」


「断る」


 こんな奴に京を差し出したらどんな目にあうか分からない。それに二度と会えなくなってしまう。それは嫌だ。


「やるしかないよなあ」


 俺は正面からこいつらと戦うことを決意した。

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