憂鬱で寝れない夜のお供に

かめ

妄想

 布団に入ってからどのくらいたっただろうか。時計の針が刻む音が部屋と頭の中で響いている。明日も朝は早いから早く寝ないと明日が辛くなる。そんなことは分かっているが中々寝付けない。こんな時は昔から意味のない妄想をする。良く寝れない時に羊を数えると良いと聞くがそれと似たようなものだ。

 舞台は見知らぬ無人島。物語の主人公である俺は気が付いたらそこにいた。横には物語のヒロインである幼なじみの女の子。幼なじみは必死になって気絶している俺を起こそうとする。俺はその呼び声に起こされる。ここはどこだなどベタなリアクションを取りつつ、幼なじみと二人で無人島を生き延びていくのだ。実際に幼なじみはいないけれども理想的な女の子を思い浮かべ妄想をする。

 実際に幼なじみの女の子がいたら違った人生になっていただろうか。少なくとも彼女いない歴=年齢にはなっていなかったはずだ。もちろん幼なじみがいたとして素直に俺に惚れるなんてことはあり得ない。そこまで楽観的な人間ではない。しかし、幼い頃から身近に女性がいるだけで全然違ったはずだ。三十歳も近くなったのに女性と何を話していいかわからない、そんな情けないことにはならなかったはずだ。先週だってそう。せっかく友達から合コンに誘ってもらったのに何も上手くいかなかった。どうしたら彼女たちと仲良くなれたのだろうか。余計なことを話過ぎたのだろうか、それとも頑張って話さなきゃという緊張が伝わってしまったのだろうか。そもそも合コンで何を話していいかがわからない。友人たちは特別面白い話をしているわけではなさそうだが、なぜか彼女らと仲良くなっていた。いったいどうすれば良かったのだろうか。

 いやちょっと待て、俺は今何を考えているのだろうか。こんなことを考えていたらイライラして寝れなくなってしまう。だから嫌なことは忘れ都合の良い妄想を始めたのだ。羊を数えるのと同じだ。細かいことは気にせず妄想を続けよう。

 一旦深呼吸をして妄想に集中する。どこまで話を進めていただろうか。そう幼なじみに起こされ現状を把握する所までだった。我々は二人でこの無人島で生きていかなければならない。俺はまず水を得るために川を探す。耳を澄ましながら水の音を探すと川のせせらぎが聞こえてくる。そちらの方向へ進む。すると川が見つかり二人で大喜びする。しかし、足元をよく見ると大きな動物の足跡がある。怖がる幼なじみ。そんな幼なじみを落ち着かせながら武器になるものを探す。元々身につけていたバックの中を探すと一本のナイフが見つかる。この一本でこれから巨大な動物に立ち向かっていくのだ。

 そんな勇気が俺にはあるだろうか。現実ではすぐ逃げ出す俺だ。好きで続けていた野球も高校で練習が厳しくなるとついていけずやめてしまった。今週中にやらなきゃいけない仕事もたまっている。本当は先週もう少しできたはずだか週末やろうと早めに切り上げた。しかし、実際に週末にやることはなかった。ただダラダラとスマホを弄ったりしながら過ごす週末だった。そのツケが今来ている。明日は相当気合いを入れて仕事をしなければいけない。明日中に今取り組んでいる仕事について資料をまとめ上司と相談しなければならない。あ、そうだそれにあの件も現場にお願いしないといけない。不味いな。両方明日中に終わるだろうか。やはり早く寝なくてはいけない。寝不足の状態では明日はヤバイ。

 また脱線してしまったが寝るためにも妄想に集中しなくてはいけない。集中だ、集中。ナイフ一本でなんとか虎のような化け物を退治する。倒した虎は食料にもなり一石二鳥だ。ただそんな都合よくいくだろうか?そんな疑問が浮かび少し物語の流れを考え直す。そもそも都合よくバックにナイフが入っているだろうか。そんなものは普段持ち歩いていない。それに絶対現実では俺がナイフだけで大型の動物に勝てることはない。だとすれば何か特殊な能力が必要だろう。無人島は実は異世界で、この異世界では誰もが特殊能力を持っていることにしよう。こういう話には良くあることだ。それがいい。いったいどんな能力がいいだろうか。どんな能力なら虎に勝てるだろうか。ベタに火を操る能力がいいかな。そうすれば焚き火もできるし実用的だ。幼なじみの彼女には水を操る能力を覚えてもらおう。これで飲み水にも困らない。虎を倒した俺たちは休憩をする。二人でこの世界がなんなのかを考える。いったい何があり、こんなところに飛ばされたのか。設定上はどうしようか。実は異世界を助けるために呼ばれたなんてどうだろうか。しかし即戦力とはいかないので無人島に送りこみ鍛えられている。なぜ我々が選ばれたのか。そこはどうしようか。まあそこはたまたまってことにしよう。主人公たちが特別な人である必要はない。

 実際に俺は特別な人間ではない。運動も勉強も仕事も恋愛も何についても特筆できる点はないつまらない人間だ。もういい年だし自覚はある。しかしやっぱり少しでもいいから特別さが欲しかった。大谷翔平のような前代未聞の記録を作ったり、オリンピックで金メダルを取ったり。そんな偉業を成し遂げながらも、まだまだ道半ばです、とかそんなことを言ってカッコつけてみたい。まあそこまで贅沢はいわないが、普通に仕事ができて、普通に彼女ができて結婚する。そして幸せな家庭を築き、死ぬ時は子供たちに見送られる。それくらいはできる人間でありたかった。普通でいいのだ。高望みはしない。次の日が楽しみでしょうがない、とまではいかなくても明日が嫌で憂鬱な気分を抱えながら寝れないと悩むことがないくらいには、明日への希望を持ちたい。

 駄目だもう空が明るくなってきた。時計を見るのが怖い。もう妄想もやめだ。今日は特に駄目な日だ。妄想では寝れない。もう何も考えるな。無だ。無になるんだ。

「…………………………」

 こんな遅くまで起きていて明日の仕事は大丈夫だろうか。後何時間寝れるのだろうか。なんで俺はこんな感じなのだろうか……

 駄目だ。まだ変なことを考えている。無だ。無になるんだ。

「………………………………………………」











 目覚ましが鳴り響くと同時に飛び起きた。目と頭が重く意識がボヤけている。しかしこれから仕事に向かわなくてはいけない。カーテンを開けると日差しが俺を突き刺してくる。さあ頑張れ、お前にはそれしかできないのだから。ただ頑張るんだ。そんな言葉が頭に浮かび、徐々にハッキリしてきた意識の中、俺はいつも通り仕事に向かう準備を始めるのだった。







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