消えた記憶と最後の晩餐

宵闇(ヨイヤミ)

一体、どうして……

「貴方は明日、死にます」


ある日、初対面の人にそう言われた。最初は全く気にしていなかった。それもそうだ。なんて言ったって、初対面の人に言われたんだ。そんなことを急に言われて、信じるわけが無い。だが、それは信じるしか無いものへと変わってしまった。


「明日死ぬ」と言われてから一時間程経った頃だ。急に体調が悪くなった。最初は軽い頭痛だけだったが、それは時間が経つほどに悪化していき、ついには立っていられない程になってしまった。そんな俺を心配しか家族が、俺を病院まで連れていった。


精密検査を受けたが、結局原因は分からなかった。ただ医者の口から出た言葉は、『もう長くないかもしれません』という、その一言だった。医者からそう言われたことで、見知らぬ人に言われた「明日死ぬ」というあの言葉の信憑性が高まった。


診察代を支払い自宅へ帰ったあと、時刻を確認しようと思い、部屋の時計へ目を向ける。すると時刻は、13時46分をさしていた。俺にとって最期の日となる今日は、もう半分も残っていなかった。


「今日、何か食べたいものはある?」


唐突に母がそう聞いてきた。やはり最期の食事は好物を食べるべきなのだろうか。それか、食べたことの無いものを食べてみるのもいいかもしれない。そう考えていると、次は父がこちらへ来た。


「好きなものでもなんでもいいぞ。何個でもいいから言ってみなさい」


父はそう言うと、優しく笑いかけてくれた。普段はあまり笑うことのない父が、まるで春の日差しのように柔らかい笑みを浮かべたものだから、俺は呆気に取られてしまった。


そして、改めて『食べたいもの』について考えてみた。俺が好きな食べ物はとても普通で、寿司や焼肉といったものだ。もしこれらを最期に食べることが出来れば、俺はこの世に思い残すことはないのかもしれない。


だが、他にも食べたいものがある。それは、近々友人と食べに行く予定だった洋風レストランのオムライスだ。そこは最近出来たお店で、「オムライスが美味しい」と有名だそうで、友人から誘われていた。だが、明日死ぬのならば行くことは出来ない。それなら、友人には悪いが死ぬ前に先に食べておきたい。俺はその旨を両親に話してみることにした。


「俺、寿司とか焼肉が食べたい。あと、最近オープンした洋風レストランのオムライスが食べたいんだ」


「分かったわ」


両親はそのまま買い物へ出かけた。俺は2人が帰ってくるまでの間に、遺書を書いてみることにした。だが、何を書けばいいのだろうか。やはり最初は、今までお世話になった人達への感謝だろうか。それから貯金のことを書こうか。そんなことをしていると、両親が買い物から帰ってきた。


リビングへ行くと両親以外に、もう一人の声がした。それは初めて聞くような声であったが、何故か何処かで聞いたことのあるような気がした。俺はその声の正体が気になり、リビングへ入ってみた。するとなんということだろうか。そこには「貴方は明日、死にます」と告げてきた人物が立っていた。あの時は分からなかったが、俺にそう言い放ったのは、中性的な顔立ちをした男性だった。


「お、お前は…!」


俺が口を開いたのと同時に、母が「二人ともそろそろ席につきなさい」と言った。彼は全く知らない人のはずなのに、何故か両親は彼がずっとそこにいたかのように振舞っていた。それから俺は両親と、彼の四人で夕食を共にした。まるで、最初から四人家族であるかのように。


食事を終えた俺は自室へ戻り、そのまま眠りについてしまった。そして気付いた時には、既に死んでいた。そこで俺はあることを思い出した。あの男は俺の実の兄であったことを。兄に言われる前から俺は死ぬ運命だったこと。記憶障害になっていたこと。


だが、何故兄は俺が今日死ぬことを知っていたのだろうか。死してなお、俺にはそれが分からない。俺は、死んでも死にきれない。兄から納得のいく説明を得られるまでは、まだ成仏することは、出来ない。

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消えた記憶と最後の晩餐 宵闇(ヨイヤミ) @zero1121

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