第16話16

春と夏の間にいるのだろう。ポカポカともギラギラと例えることが出来そうな太陽の光がリビングに差し込んでいる。学校創立記念日と土日が連なる三連休をソファーから一歩も動かない優雅な安息日にするつもりだったのが。その思惑は初日から崩れそうだ。


「なぁ、妹よ」


「・・・」


返事はない。いつものことだ。永峯寛樹の妹の永峯千始ちはるは必要以上のことを喋らない。産声もこれまで聞いたことがない程小さかったという看護師さんのお墨付きだ。何でだろうね。照れているのか?とこないだ尋ねたら頸動脈を千切られそうになった。


「その掃除機、今度にしてくれないかな。お兄ちゃんは疲れてソファーで快眠したいんだ」


そう、その掃除機が爆音過ぎて寝れやしない。最近の掃除機は千始のよに静からしいけど、家にあるのは8年くらい前の掃除機。至近距離で聞くと暴走族のバイクと大差ない程の爆音だ。


「・・・」


無言で掃除機を振り上げる妹。それが答えを物語っていた。


「無理なの?わかったわかった」


割と簡単に掃除機を振り下ろされる未来を想像できたからさっさと意見を引っ込める。この妹、結構狂暴だからな。コミュニケーションにおいて、言葉という手段がないからジェスチャーの次に実力行使がくる。見てくれは良いし、家事は出来る、女性らしいスタイルも持っている。あとはそこだけ直せば結構モテるんだろうな。お兄ちゃん的には複雑だけどネ。


掃除機を遠慮なくソファーにぶつける妹。ゴツン、ゴツンと子守歌には絶対なれないビートが体を震わす。


まぁ、お兄ちゃん的に複雑な気持ちになることは近い未来に存在しないだろう。なにしろ、中学2年生の永峯千始は不登校である。そもそも中学生の主な恋愛舞台となる学校へと足を踏み入れていない。外出は食材の買い出しだけ。人と会うことが極端に少ない妹だから恋愛なんて遥か遠い未来に違いない。


不登校であることは家庭環境が原因でもあるのだろう。親が子供を残し蒸発したのは俺が中学2年生の頃。千始はまだ小学生だった。思うところは俺よりもあるいのだろう。今だ記憶に大きくこびりついている親の顔が浮かぶが、頭を振って退散させる。


過去に縋っても意味はない。


ツンツンと肩を優しく突かれる。目の前にはメモが差し出されていた。


「・・・買ってきて」


野菜から飲み物、アイス、お米まで。1人で持って帰るには割とギリギリな量がびっしりとメモに書いてあった。


「俺が?」


「・・・日差し、強いから」


窓の外を見ると、確かに肌の弱い妹が毛嫌いするような太陽が居た。仕方がない。家事は全部やってもらっているからな。久しぶりにお兄ちゃんがお兄ちゃんをしてこよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る