短編読切「フォルダ分け」

「浅田くん、ここ置いとくよ」


「ありがとうございます。今のは『厚意』に入れますね」


「次の納期迫ってるから、ちゃっちゃと終わらせるんだよ」


「ええ」


「君はいつも時間がかかるから。細かい作業が苦手なのか知らないけど」


「これは『嫌味』に入れときますね」


「なんていうかさ、さっきの君の電話対応は間違ってはないけど機械的って言うか・・・。もっとお客さんの反応を聞かなきゃ。掴みはどうだったの?」


「A案を勧めると、そうですか。とおっしゃってました。確かにあまり食いつきはよくなかったですが、でも」


「じゃあ君のアプローチの仕方が悪かったんだね。僕も聞いてて相手が関心を持つような言い方に聞こえなかったもの」


「分かりました。今のは『話を最後まで聞け』にぶち込んでおきます」


「いくら丁寧に説明したって相手に伝わってなかったら意味がないんだから。もっとお客さんの反応をよく見てから話さないと!マニュアルみたいに必要事項を言うだけじゃ電話の意味がないだろ?」


「そうですね。『それは確かに』フォルダに入れました」


「それが君のペースでさ、はい!A案はこうで、B案はこうでございます!はい、わかりましたA案ですね。承りますぅ〜じゃダメなんだよ」


課長は面白そうに僕の声を真似して、いかにも滑稽なトーンで話し出した。大きな声がオフィスに響きわたる。


僕は無意識に拳を強く握っていた。


「こっちの熱意が伝わらなきゃ相手なんて本当にわかって返事してくれないんだから。もっとリアクションも大げさにするとかさ。間違ってはなくてもその言い方だけしてたら上辺だけの付き合いにしかならないよ」


「・・・そうですね」


「君だって言われたらそうだって気づくだろ?」


「・・・はい」


「ま、君のやり方も間違ってないんだけどね。次の対応で挽回できるから元気出して!」


「ありがとうございます」


課長が出て行き、僕は静かに席を立った。オフィスの外に出て、目を閉じた。頭をかきむしった。


 正直、素直に課長の言葉が受け取れなかった。途中から、フォルダ分けがうまくできなくなってしまった。


これは嫌味、これは一理ある。

これは蛇足、これは参考にしたい。


うまく片付けるつもりだったのに。

自分の不甲斐なさに、ため息をついた。


僕は『うぜえ』というフォルダにひとまとめにして、そいつを海の底に沈めた。そうしてオフィスに戻った。


 「浅田くん、頭は整理できたかな?」


「ええ。とてもスッキリしました」


この時の僕の笑顔はきっと、僕の嫌いな大人の顔だ。

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