第12話:名前

「あ」


「あ」


 部屋を出てすぐ、角を曲がったところで肩にタオルをかけた風呂上がりの吾良千輝と遭遇した。


 吾良千輝は私を見かけるや否や、途端に不機嫌そうな顔になる。なぜ⁉


「お前、なんでそっちからくるんだ」


「え?」


「普通に部屋に戻ってたんならそっちの方向から現れるのはおかしいだろう。また動き回ったのか」


 あー、あー、そういう……。


「昼間仰ってた物置を見てました、すみません」


「本当に物置に行っただけだろうな」


「本当です」


「珍しい虫でも見つけてフラフラとついていったとかじゃないだろうな」


「ないですよ! 私のいくつだと思ってるんですか!」


 いくら私でもそこまでやんちゃじゃない!

 吾良千輝は疑いの目を向けつつも、


「ならいい」


 と言う。


「それで、物置で何か見つかったか?」


「あー、えっと、……」


 すっころんで本棚にぶつかったことは伏せつつ、物置部屋で見つけた物について話をする。


「アルバムを見つけました。前住んでた方の。前の方って才波正臣さいばまさおみくんですよね?」


「知り合いか?」


「はい。三年前のシンショウ祭でお会いしました」


「……そうか」


「あの、シンショウ祭で会った才波正臣くんは優秀な術者に見えたんですが、交代しているということは……」


「使命達成率二割を切った」


 やっぱり。


「それと同時に退治屋としての力も失って『シン』から去っていった」


 えっ!


「原因は俺だ」


 ええっ⁉


 それは予想もしてなかった返答だ。

 退治屋の力、霊力って消えるものなんだ。消しちゃえるものなんだ。


「もともと力が弱まってたところを、俺の使った『絶封』で完全に消してしまったらしい」


「なるほど……」


 『絶封』は昼間見せてもらった、術を無効化するやつか。複数人を一気に抑え込むぐらいだし、消えかけの霊力を消し去ることくらいわけないのかもしれない。


 吾良千輝は説明を終えると、その場で黙り込む。

 何をするわけでもなく、ただただその場で黙り込む。


 話が終わり、っていう雰囲気でもないし、え、何か返答を求められてる?

 うーん、相談事とか苦手なんだけど……。


「……」


 それでも放っておくことはできなくて、私は小さく息をつきながら、まだ乾ききっていない吾良千輝の髪をタオルでワシャワシャと拭きあげる。


「吾良様は何か後悔しているのですか?」


「後悔、はしていない……」


 吾良千輝は抵抗することもなく、ぽつりと答える。


「ただ、あの後才波はどうなったんだろうと思うことはある」


「霊力が消えた後ということですか?」


「ああ」


「力が完全に消えてしまった人の話はあまり聞いたことがないので何とも言えませんが、普通に暮らしてるんじゃないですか?」


「普通に……」


「はい。普通に朝起きて、普通に学校行って、普通に帰って、術の修業をすることも妖怪退治をすることもせずに寝る。そういう生活です」


 生まれたときから退治屋だった私には想像もつかない生活だ。


 でもそれが一般的なのだということくらい知っている。


「今まで見えていたものが見えなくなって、普通に生活できるものなのか?」


 規格外の力を持っている吾良千輝にも想像できないものらしく、私に問いかけてくる。

 それを聞かれてもなあ。



「できるできないではなく、していくしかないのだと思います」



 力を失い、ミえなくなってしまったのなら、自ら妖怪にかかわることはできない。

 それを助かったと思うか、残念だと思うかは人それぞれだ。


「俺は、こんな力なくなればいいと思っていた。でも『シン』に来てからたくさんの妖怪を退治して、逆に今力をなくしてしまったら妖怪に復讐されるんじゃないかと思っている。それでも普通に生活できるものなのか?」


「あー、あー……、そういう」


 ミえていたものがミえなくなって、常に背後におびえながら生きていけるのか。

 吾良千輝が気にしているのはそこかあ。

 どこに何が潜んでいるかわからず、物音一つに警戒しなければいけない生活。そんなものに、突き落とした可能性があるのだ。

 才波正臣くんは今どうしているのだろうか。

 そんなもの私にわかるわけない。


 ただ、もし私が力をなくしてしまったとしたら――――。


 頭に浮かぶのは、三人の顔。


 幼馴染であり、従者であり、頼れる仲間。

 きっとあの三人が私を守ってくれる。


「才波正臣くんのことはわかりませんが、少なくとも吾良様は、才波正臣くんが安心して暮らせるよう妖怪退治を頑張ることはできると思いますよ」


 あいつがいるから大丈夫だと、そう思ってもらえるような立派な退治屋になればいい。そうしたら才波正臣くんだっておびえずに生きていける。


「それに――――」


 タオルから手を放し、


「吾良様には私が付いております。妖怪退治のお供はいつでも致しますよ」


 胸を張ってニコッと笑う。


 吾良千輝は一瞬キョトンとした後、


「頼もしいな、莉子は」


 と、微かに笑ってそういった。

 吾良千輝の笑った顔、初めて見たかもしれない。

 少しは気を許してくれたのかな。敵ばかりの中で味方がいると思ってもらえたなら、うれしい。


 あ、味方と言えば!


「あの、吾良様に相談があるんですが」


「なんだ」


「私の従者を呼んでいいでしょうか。隼翔と鈴音と彰隆っていう同い年の退治屋です。頼れる味方ですよ!」


「莉子がいいなら、いいんじゃないか」


 やった!


「ではさっそく連絡してきます。そのあと、お風呂いただきますね」


 スマホを取りにルンルン気分で部屋に戻る

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