第10話:本日のメニュー
強いし、格好いいし、偉そうだし、できないことなんてありませんって感じの吾良千輝にも不得手なことはある。
具体的には料理。
「ここはドドーンと大船に乗ったつもりでお任せください!」
夕飯の買い出しに行った男子二人から袋を預かり、包丁片手に胸を張る。
できないわけじゃない、調理実習程度のことはできる、とのことだけど私の敵じゃないね。
「頼んだぞ」
「はいっ。吾良様たちは出来上がるまでゆっくりしててください」
喋りながらとはいえ一日掃除はさすがに疲れた。
二人が買い出しに行ってる間私は休ませてもらったから、今度は二人が休む番だ。いや、実をいうと休んではないけど休むための時間はもらったから。
「よーしやるぞー」
腕まくりをし、男子二人が買ってきた食材を並べる。
特に献立の指定をせず好きな物を買ってくるよう言ったけど、この材料なら和食かな。
「莉子ちゃん、俺、カレーが食べたい」
「はあっ⁉」
亨君がとんでもないことを言いだした。
「カレー⁉ 魚買ってきておいて何言ってんの。せめて福神漬け買ってから言ってよね!」
魚、醤油、みそ、だし、豆腐、各種野菜、キノコ類、納豆、卵。
この材料からカレーを連想する人がいたらお目にかかりたいもんだね。
亨君は「だって」と言い訳をする。
「莉子ちゃんが魚捌けるっていうから見たくって」
「じゃあ、カレーは明日ね」
「明日はフランベが見たい」
「亨君カレー食べる気ないでしょ。気が散るからあっち行ってて」
しっしと亨君を追い払う。
「吾良様もここは私一人で十分ですので」
「何かあったらすぐ呼べよ」
「はい」
自室に戻って行く吾良千輝を見送ってから、調理に取り掛かる。
腕輪が大事なのはわかるけど、あそこまで露骨に私のこと気にかけてたらカモフラージュの意味がないと思うんだよね。
そんなに頼りないかなあ、私。
吾良千輝ほどでないにしてもそこそこやれるつもりだったんだよ。
三年前のシンショウ祭での討伐戦も後一体で三桁の大台に達成できそうだったしさ。
まあ、あと一体で百体達成ってところで捕まえたはずの疑似妖怪が消えちゃって結局九十九体で時間切れになってしまったんだけど。
……そういうところなのかなあ。
肝心なところで失敗してしまうところ。
そういうところが吾良千輝を不安にさせてるのかも。
うぅ……。
ゴト
「!」
音がしてネガティブ思考を止める。
何?
気のせい……。
ザッ
いや、気のせいじゃない。
人が外の土を踏みしめる音。流し台の側の小窓から聞こえた。
外から見はられてる……?
作業の手を止め、従者二人の名前を呼ぶ。
「
……。
……。
…………。
「隼翔? 鈴音?」
……。
……。
……?
あれ、来ないな
「
……彰隆もいない。三人ともどこに――――、って、ああっ、いないんだった!
私が今いるのは吾良千輝の家じゃん。お留守番してる三人が反応するはずがない。
つい家にいるときと同じことしちゃったよ。
はっずー。
――しかたない、ここは私一人で確かめよう。
包丁をまな板の上に置き、服の袖を下す――。
「あ」
つけっぱなしだった腕輪が目に入り、動きが止まる。
何かあったらすぐ呼べ、と言った吾良千輝の顔が頭に浮かんだ。
何かあったから呼ぶべきだろうか。
離れてから十分も経ってないのに呼んじゃっていいもんだろうか。
音の正体がもっとはっきりわかってからのほうがいいじゃないだろうか。
そもそも呼ぶ必要はあるのだろうか。
うーん……。
ぐるぐると頭の中で考え、結局呼ばないことにした。
呼ばないことにしたというか、呼ばなくてもどうにかなることに気づいた。
えーっと、侵入者は今、小窓のすぐ下あたりかな。
イマイチ気配を感じ取れないけど、とりあえず仕掛けてみよう。
「『
名前を呼ぶとマリモのようなものがポンと現れ、
「いけっ」
小窓を指さして命令すると、マリモは弾丸のように勢いよく小窓にぶつかりに行った。
バンッとど派手な音が鳴る。
さてさて、急な衝撃音に驚いた侵入者は次のような行動をとるでしょう。
まずは距離をとる。
次に音の正体を見極めようと目を凝らす。
そこで厨房に人の集まる気配を感じ取り諦めて敷地から出ようと横にそれる。
最後に、私が仕掛けた落とし穴に落ちる。
ドサドサドサッと何かが落ちる音が外からした。
よしっ、成功!
敵の行動を読み切り罠にかける見事な采配。はー、掃除で疲れた体に鞭打って穴を掘ったかいがあった。
じーんと感動をかみしめていると、吾良千輝たちが駆けつけてくる。
「すごい音がしたが何かあったか」
「もしかして敵襲?」
心配してくれる二人に私は笑顔でウソをつく。
「そこの小窓についていた虫を追い払っただけなので大丈夫です」
あの落とし穴、二人には秘密で作ったものだから。
なんで秘密なのかと聞かれればその方が罠っぽいかなって。
落とし穴の数は全部で十三。吾良千輝たちが家を出て帰ってくるまでの間に敵に気づかれないよういくつ落とし穴を作れるか挑戦してたら、途中から楽しくなってしまってね。屋敷の周り穴がボコボコ開いてる状態になってしまったからちゃんと埋めて帰ろう。
「ささ、お二人は部屋に戻ってゆっくりしててください。何かあったら呼びます」
二人は納得してないながらも渋々戻って行った。
二人がいなくなったのを確認してから、もう一度精霊を呼び出す。
「『
今度は蝶が現れた。
「ちょっと外の様子見てきて」
『揚羽』は了解と合図するかのように一回羽を大きく羽ばたかせ、ひらひらと壁をすり抜け外に出ていった。
『揚羽』は契約してる精霊の中じゃ珍しく攻撃を得意としない精霊だ。代わりに情報伝達を得意としている。
戻ってきた『揚羽』は私の指にとまり頭の中に直接語り掛けてきた。
《侵入者は莉子様と同じ年頃の人間でした。軽く手首をひねったようですが大事ないかと。早く向かわねば逃げてしまうでしょう》
「敵意はなかったし逃がしていいよ」
もともと深い穴でもなかったし逃げられるのは想定の範囲内。むしろ逃げないほうが戦闘にもつれ込むので迷惑だ。
「偵察ありがと」
お礼を言うと『揚羽』は大きく羽ばたいてから、指から離れる。
《
「うーん、あんまり人が増えても吾良千輝は喜ばないだろうしなあ」
《莉子様がそうおっしゃるのなら従うだけです。……ですが、あの少年にはあまり近づかないほうがいいでしょう》
「なんで?」
《あの少年、……少年といっていいのか、人でさえないような禍々しい気配を感じます」
「別に感じないよ」
《莉子様は敵意ない相手の気配察知が苦手でいらっしゃいますから。ワタクシの忠告、ゆめゆめお忘れなさいませぬよう。それと連絡くらいはしてあげてくださいな》
言うだけ言って『揚羽』は姿を消した。
吾良千輝に近づくなって言われてもねえ。近づかなきゃ護れないし。
『揚羽』の忠告はあくまで忠告として頭の片隅に留め置いておこう。
従者三人の件は、うーん……。
黒薙隼翔。
白藤鈴音。
戸來彰隆。
三人が一緒にいてくれるなら、心の支え的にも戦闘面的にもこんなに心強いことはない。
折を見て相談してみようかな。
どう話を切り出すかのシミュレーションを行いつつ、夕飯作りを再開する。
今日のメニュー:ごはん、けんちん汁、刺身、おひたし、筑前煮
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