第9話:掃除と勝負
「別に理由はない。なんとなくだ」
なんで急に亨君を仲間にしようと思ったんですか、の答えがこれだった。
「何か話したいことでもあるのかと思いましたよ」
吾良千輝でもなんとなくで行動することあるんだね。
ちょっと気になってた「吾良千輝に味方が少ないんじゃないか問題」の解決にもなるしいいと思うよ。
「……お前は」
「はい?」
「お前はあいつと話さなくていいのか?」
「?」
私が? なんで?
きょとんと首をかしげると、吾良千輝は本を本棚になおしながらボソッと答えた。
「祭りに行くぐらいには仲がいいんだろ」
「私と亨君がですか? 祭りに行ったんではなく祭りで会ったんですよ」
小さいようで大きな違いだぞ、これは。
「毎年退治屋が集まる祭りがあって、そこで知り合ったんです」
会ったのは一昨年一回きりだし仲がいいかって言われたら、うーん……。
もしかして、私と亨君が話す機会を作るために亨君の提案を受け入れてくれたの? ……なーんて、それはないか。してくれる理由がわからんもんね。
「吾良様は行ったことありますか、シンショウ祭っていうんですけど」
「ある。去年行った」
「楽しいですよね、シンショウ祭。私、妖怪討伐合戦好きなんですよ。毎年参加してます」
祭りの主催者が術で紙を妖に変え、参加者が対峙するっていうゲーム。
そういやあの紙、吾良千輝たちが持ってる『使命』の紙と似てたな。
祭りの名前もシンショウ祭で、『シン』がついてるし偶然?
「去年参加してたか?」
吾良千輝が訝しむ。
そうだった、去年は参加してないんだった。
「去年は忙しくて祭り自体に参加できなくて」
アハハと笑う。
「去年参加できなかったぶん、今年は思い切り楽しみますよお。吾良様も参加しますよね。討伐戦が楽しみです」
小学生部門は参加者全員に図書カードプレゼントだったけど、中学高校生部門は一位から三位までに豪華賞品プレゼントとなる。
こんなん一位を目指すっきゃないでしょ。
たとえ吾良千輝相手でも勝ちを譲る気はないよ。
「私、負けませんから」
グッとこぶしをつくって笑う。
私の意気込みに対し、吾良千輝は怒るでも呆れるでもなくただ淡々とした口調でこう言った。
「さっきも思ったが、実は好戦的な性格だろ」
「へ?」
今まで言われたことのない人物評価に、間抜けな声が出た。
「好戦的ですか、私?」
「敵を前にして笑うやつは戦闘狂だ」
せっ、戦闘狂⁉
回復術が得意な女子に何て評価を……!
「い、今のは吾良様と祭り回るのが楽しみだなっていう笑顔で、けっして戦う欲がでたとかでは」
もごもごとごまかす。
吾良千輝と祭りを回る予定なんて今の今までなかったけどさ。
だいたい、死神だとか戦闘狂だとか、吾良千輝は私に失礼だよ。
もっとちゃんとした呼び方を――――。
「!」
だれかに見られている気配を感じ振り返る。
残党かと警戒したけど、亨君だったのですぐ警戒を解いた。
「どうしたの、入ってくれば?」
入り口前に立つ亨君に話しかける。
亨君はポリポリと頬をかきながら少し気まずそうに答えた。
「あーうん、何か二人がデートの約束してたから入りづらくて」
「デート⁉」
予想だにしていなかった言葉に目を向く。
「そんな約束してないよ!」
「二人で祭りに行くんでしょ、デートじゃん」
「違うって。シンショウ祭の討伐戦で競い合うって約束してただけだよ」
「そんな約束もしてないが」
吾良千輝が会話に混ざり否定する。
亨君は私と吾良千輝を見て苦笑した。
「良かった。俺、邪魔しちゃったんじゃないかと焦った」
誤解は解けたようで亨君は部屋の中に入ってくる。
「でもさー、莉子ちゃん」
「ん?」
「吾良君は小学生部門で討伐数最多記録保持者だよ。勝つのは無茶じゃない?」
亨君は吾良千輝ではなく私の方に寄り、そんなことを言った。
「そうなんですか、吾良様?」
言ってくれればいいのにという意味を込めて吾良千輝に問いかければ、吾良千輝は、
「忘れた」
謙遜とも会話をしたくないだけとも取れる返事をした。
一昨年までの最多討伐数は九十九体。
ということは吾良千輝はついに百体の大台に乗ったのか。
亨君は吾良千輝にからからと笑いかける。
「謙虚だねー。三百六十七体なんてこの先お目にかかれるかわからない数字なんだからもっと自慢しなよ」
三百六十七ぁ!
百体通り越していきなりそんな数だしちゃったの。規格外にもほどがあるよ。
唖然とする私に亨君はさらに付け加える。
「驚くのはまだ早いよ、莉子ちゃん。吾良君のすごいとこは、『シン』に加入したのが去年の春だってこと」
「えっ、じゃあたった三か月でもうそんなに熟達したってこと」
「そ。当主様が妖怪退治行った先で見かけて、直々に勧誘したんだって。この屋敷に住むようになった時のも――――」
「おい、無駄口叩きに来たのか」
吾良千輝が亨君の話に割って入る。
個人情報をべらべら話されたことが不快だったらしく、機嫌が悪い。
亨君は委縮しながら「ごめん、ごめん」と顔の前で手を合わせ本題に入った。
「片づけ終わったから次どこしたらいいか聞きに来たんだ」
「えっ、もう終わったの⁉」
私が反応する。
こっちは話ながらとはいえ吾良千輝と二人がかりでまだ終わってないってのに。
亨君が非情に優秀なせいで私のお株が奪われかもしれない。
護衛もダメ、修繕もダメなんて烙印押されのだけはごめんだ。
醜い対抗心が沸き起こる。
「吾良様、私、亨君と一緒に台所直してきます」
あそこは割れた食器が散らばってて屋敷内で一番被害酷そうなところだったし、ここで名誉回復だ!
亨君の背を押して台所へと向かう。
「待て、勝手に行動するな」
吾良千輝が私の肩を掴んで止めた。
「大人しくしてろって言ったろ、なんでもう忘れてるんだ」
うおっ、なんか説教が始まったぞ。
「心配なさらずとも大丈夫ですよぉ。一緒にいるの亨君ですし。ね、亨君」
「そうそう。何かあっても守れるって」
「『シン』当主様のお宅を勝手にうろつきまわった挙句、咲姫に遭遇して力をとられそうになった奴のいうことは信用しないと決めている」
「うっ……」
それを言われると辛い。
烙印とか何とかの前に信用度ゼロかあ。
ちょっと落ち込む。
吾良千輝から預かった腕輪を危険にさらさないためにも大人しく言うことを聞いてよう。
亨君の背からパッと手を放す。
「残念、もっと莉子ちゃんと話したかったのに」
「俺の目の届く範囲でならいい」
「この部屋に三人もいらないだろ。俺は倉庫でも片づけてくるね」
ひらひらと手を振って亨君は部屋を出て行く。
「この家、倉庫もあるんですか?」
ざっと屋敷内を見た感じそんなのなかった気がするけど。
「客間の一室を物置部屋として使ってる。そこのことだろ」
「へー」
気づかなかった。
亨君、よく見つけきったなあ。
「……あれ? 荷物は最低限以外置いてないって言いませんでしたか?」
さっき聞いた内容と違うぞ。
「前住んでた人の物が置いてある。ここは『シン』の当主候補に貸し与えられる家だから俺の前にも何人か住人がいたんだ」
「同じ『シン』なんだから溜めずに返せばいいのに」
「気まずいんだよ。使命達成率二割を切った段階で他の有力候補と強制的に入れ替わりだからな」
ああ、それは確かに気まずい。
当主候補から外れ、屋敷を追い出され、怒りと後悔と嫉妬心はほぼ確実に新住人にむけられる。わざわざ忘れ物を届けて屋敷にいた痕跡を消そうなんて火に油を注ぐ行為だ。
邪魔だと思いつつ、置いておくしかないんだろうな。
ほとぼりが冷めて前住人が忘れ物を取りに来られるぐらい落ち着くのを待つしかない。
恨みつらみが物に宿って妖怪になるってのもよく聞く話だし、一応後で不審な物がないか確認しておこうかな。
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