第8話:掃除と懐かしの人

 家の中がそりゃもうひどいもので、吾良千輝の部屋も私が借りてる部屋も厨房も離れの道場も余すところなく荒らされていた。


「もうもうっ、犯人はなんでこんなまねをっ」


 盗まれた物がないかを確かめるため、旅行バッグの中を広げながら文句を言う。


「俺の腕輪を取りに来たんだろ。俺の『使命』が守ることなんだから、逆に破壊しろとか奪えという『使命』があってもおかしくはない。『使命』には腕輪だと明記されてなかったから手当たり次第漁ったんだろうな」


 部屋の入り口に立ちながら、吾良千輝が冷静に言う。

 私の旅行バッグの中には宿泊用の下着等も入っているので、部屋の中に入るのは遠慮してもらってる。


「奪うだけなら家の中破壊してまわる必要ないと思うんですけど」


「侵入者が複数いて戦闘になったのかもしれないぞ」


 そういや学校でも普通に戦ってた。もしかしてあの人たち、学校が壊れても我関せずで立ち去るつもりだったのか。


 壊した場所は直していってほしいもんだ。


 私は、出した荷物を再び仕舞いぱたんとバッグを閉めた。

 バッグを部屋の隅に置き、スマホだけをポケットに入れて吾良千輝の元に駆け寄る。


「私の方に問題はありませんでした」


「良かったな」


「はい」


 お次は吾良千輝の部屋。

 今度は吾良千輝が一人で部屋に入り、私が入り口のところで待つ。


 今朝までの吾良千輝の部屋は勉強机と箪笥と布団があるだけの殺風景な部屋で、片付け簡単そうな部屋だななんて思っちゃうほどだったけど、今の吾良千輝の部屋は見るも無残って感じだ。


 具体的に言うと、布団は切り裂かれ机は真っ二つ、箪笥も切り刻まれてあちこちに破片が飛んでる。


 敵って言っても元は同じ退治屋『シン』の仲間でしょう。ウチが極端に仲が良いせいか、他所の争いごと見るのつらい。

 吾良千輝もいろいろ大変なんだろうし、できる限りのフォローはしよう。とりあえずは家の修復か。

 ポケットからスマホを取り出し、「家 直し方」で検索をかける。


「終わったぞ」


「にゃわっ!」


 びっくりしてスマホを落としかけ、間一髪のところでキャッチする。

 意識がスマホに向かってたせいで、声をかけられるまで吾良千輝に気づかなかった。


「もう終わったんですか。早いですね」


 もっとかかると思ったのに。


「ここには必要最低限しか置いてないからな」


「ここ?」


 よくわからなくて首をかしげる。


「じゃあ他の荷物はどこに?」


「家」


「家?」


 さらにわからなくなる。

 ここは吾良千輝の家ではないのか?


「ここは使命達成数が多い者に『シン』から与えられる、いわば子供部屋みたいなものだ。今日学校にいた奴らにも与えられている」



 …………。

 ……。



 ハッ、一瞬思考が停止していた。


 え~、吾良千輝、今なんて?

 このお屋敷が子供部屋?


 規模が違いすぎて嫉妬すら起きない。


「気づかなかったのか」


「こんな立派な家が一人暮らし用だなんて思いもしませんよ」


 なんで私の方がおかしいみたいな扱いされてるんだ。


「昨日親が帰ってこなかった時点で不思議に思うだろ、普通」


「単身赴任とか夜勤とかいろいろあると思いますけど」


 私の親がまさにそういった事情で家を空けることが多いから気にも留めなかった。

 まさか吾良千輝の方が単身赴任中だとは。


「吾良様大変ですね。少しでも落ち着けるよう就寝時間までには家を直しますので」


「直す気だったのか……。敵の痕跡探ったら普通に家に帰るつもりでいたんだが」


「おお、その手がありましたか。でもご実家襲撃されると家族にも迷惑でしょうし、ここで迎え撃ちましょう」


 いつまた吾良千輝を狙う輩が現れるともわからない。

 修復ついでにわなを仕掛けて一網打尽にしてやる。

 見てろよぉ、今日はぐっすり眠ってやるんだからなあ。

 フヘヘへ、


「楽しそうだな」


 ヘ……。

 し、しまった。

 心の笑いがつい表情にまで出てしまった。


 吾良千輝の目が冷たい。


「あ、の、楽しんでたわけでは……」


 楽しんでたけども。


「敵を倒すぞという意気込みといいますか……」


 ゴニョゴニョっとごまかす。

 私は護衛という立場なんだから嬉々として敵をほふりにいってはダメ。あくまで淡々と真面目に――迎撃するの。


 自分に言い聞かせ、吾良千輝に向き直った。


「大丈夫です。もう急に笑い出したりしません」


「……お前、実は」


 ん?

 実は、なに?


 会話の続きを待っていたら、


ピンポーン


 とチャイムが鳴った。


「お客様でしょうか」


 ついついチャイムの方に反応してしまう。

 家の中ぐちゃぐちゃだぞ。居留守を使ったほうが――、なんて考えは吾良千輝が玄関に向かって歩き出したことですべてなしになった。


 吾良千輝はお見せするつもりなのか、この惨状を。

 神経の太さに感心しながら吾良千輝について行く。


 玄関につき、戸を開け、そこにいたのは、


「良かった。まだいたんだな」


 学校で会った爽やか少年だった。


「どうかしましたか?」


 吾良千輝の前に立ち、私が応対する。

 急に攻撃仕掛けてくる可能性があるからね。

 爽やか少年はにこっと人懐っこい笑顔を見せた。


「そんな警戒しなくても大丈夫だって。『使命』達成のために手を組みたいだけ」


「は?」


「詳しくは言えないけど、俺の『使命』、吾良君を助ける的な内容なんだよ。どう?」


「……こんなこと言ってますけどどうしますか」


 後ろを振り返り、吾良千輝に確認する。

 さっきまで敵対してた人から協力しようって言われてもちょっと信用できないよねえ。油断したところをドッカーンってされそう。

 吾良千輝だってそう思うはず。


「助けてもらうつもりはない」


 ほぉら、やっぱり。

 想像が当たってちょっとうれしい。


 取り付く島もない吾良千輝の様子に、爽やか少年はポリポリと頬を掻いた。


「やっぱ急には信じてもらえないよな。とりあえずさ、今晩うちに泊まって様子見ってのはどう? 家の中すごい状態みたいだし」


 一見諦めたかのように見えて全然諦めてない。強引に仲間にしようとしている。


「莉子ちゃんがいるならより安全なところのほうがいいと思うしさ」


 は?

 私はどこでも寝れるし、なんだったら私が家を直すつもりなんですけど、……、あれ、なんで私の名前を?


「知り合いか?」


「いいえ、まったく」


 吾良千輝に尋ねられ、首を横に振る。

 爽やか少年は眉尻を下げて私の顔をじっと見る。


「おととし夏に祭りで会った亘理亨わたりとおるなんだけど、本当に覚えてない?」


「えっとぉ……」


 なんだか、吾良千輝に協力を断られたのよりショックを受けているように見えて、覚えてないのが申し訳なくなった。


「ちょっと待ってね」


 脳をフル回転させて記憶を探る。


 おととし。

 祭り。

 亘理亨君。

 夏。

 夜店。

 男の子。……『シン』の男の子。


「あっ!」


 思い出し、ポンっと手を叩く。


「思い出してくれた?」


 爽やか少年、もとい、亨君の表情がパッと明るくなった。

 私も思い出せてすっきりする。


「思い出したよ。祭りで会ったとおる君だよね。うわー、久しぶり。忘れててごめんね。元気してた?」


「元気だったよ。莉子ちゃんも元気そうだね」


「元気元気、超元気」


 二人できゃいきゃいとはしゃぐ。


「隼翔たちは来てないの?」


「三人は今回留守番だよ」


「残念、会いたかったなー。様子だけでも聞きたいし、俺んちで話そうよ」


「オッケー……って、待った、なし。今のなし」


 ノせられてついて行くところだった。

 油断ならねえ奴だな、亨君。


「ちえー」


 亨君が拗ねたように口をとがらせる。私をだませなくて悔しがっているのか、純粋にお話しできなくて残念がっているのかはわからない。


「あ、じゃあ逆にさ、俺がこっちに来るってのは?」


 亨君がめげずに次の案を出してきた。

 いや、警戒してるのは場所じゃなく亨君なんだけどな。

 一応、吾良千輝に確認しとくか。


「どうしますか、吾良様」


 ダメに決まってるんだけどね。


「……」


 ってあれ?


「吾良様?」


 何やら考え込んでいる吾良千輝の顔の前でひらひらと手を振る。

 吾良千輝は私の手をはたき落とし、


「怪しい動きをしたらすぐに『使命』を燃やすからな」


 まさかまさかの了承をした。

 急になんで。


「話わかるじゃん、吾良君。じゃあちょっとの間だけどよろしく」


「しっかり働けよ」


 家の中に入って行く二人を見ながら、私は首をかしげる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る