第21話 景星鳳凰の名

「何があったかとか、もはや聞く必要もないほどにやられたな……」


 龍神の力を借りて隠していたはずのカフェ・アントンポレル。

 壁も屋根もないのだから、当然2階などあるはずもない。

 空間ごと店を根こそぎえぐりとったかのような光景だ。

 数に物を言わせるナパーム弾戦法かと貴一がすぐ隣で不敵に笑った。

 あたりから立ち込める煙の臭いに皮膚を焼いたような臭いも混じっている。

 パチパチとまだ延焼中の柱が倒れこんできたのを公介が腕で薙ぎ払ってくれた。


「ナパーム弾?」


 俺の問いに公介が燃え残ったコーヒーカップを拾い上げながら、解説してくれた。

 ナパーム弾とはきわめて高温で燃焼し、広範囲を焼尽する焼夷弾の一つで、目標を爆発で破壊するのではなく、攻撃対象に着火させて焼き払うことで破壊するものを指すそうだ。

 ナパーム弾の充填物は、人体や木材などに付着すると、その親油性のために落ちず、水をかけても消火が出来ない代物で、消火するためには界面活性剤を含む水か、油火災用の消火器が必要となる厄介の限りを尽くすものらしい。

 さらに、燃焼の際に大量の酸素が使われることで、着弾地点から離れていても酸欠によって窒息死、あるいは一酸化炭素中毒死するというほどの惨事を生むものでもあるらしい。


「敵さんが使用した充填物はおおよそ検討がつく。 妖魔の血液でもつめたんだろうな。 魔物の血で汚染された部位は腐食するだけにとどまらず、寄生鬼が傷口から侵食をはじめ、宿主をのっとるときた! 虫だぞ、虫が体の中をぞわぞわと!」


 公介はうえっとわざとらしいまでに舌を出してから、塀の上に立っている貴一に何やら視線を送った。

 貴一は虫とか口にするなと嫌悪感たっぷりの表情だ。

 つい最近知ったことなのだけれど、死角なしと思っていた貴一に弱点があったのだ。小さな小さな蜘蛛ひとつにも悲鳴をあげるほどに虫嫌いなのだ。彼に近づく虫があろうものならば静音さんが間髪入れず殺傷処分する。

 静音、助けて!と悲鳴をあげて、逃げ惑う姿に俺は唖然としてしまったことを思い出して笑いをかみ殺してしまう。

 貴一がおいと言うように俺をにらみつけてきたから、すっと視線をさげた。


「ねぇ、公介さん、ほんのわずかでも気を抜いていたなら全滅だったね……」


 貴一はまだ塀の上でしゃがみこんで、何かを眺めている。

 みつけたかと公介が貴一に声をかけると、貴一はいいやと首を振った。


「敵さんは話し合いに応じるつもりはなさそうだってことは確信した」


 貴一のこの言葉に公介がにやりと口角を片側だけ引き上げ、ゆったりとした動作で指を動かし、宙に次々と桜の花を描き出した。

 破壊された店の中央部へと桜の花はふわりふわりと漂いながら移動をはじめる。

 炎だから触るなよと公介に釘をさされなかったなら、俺は確実に手を伸ばしていた。それほどに綺麗な桜の花だった。

 その花のような炎はゆったりとたゆたうと、蒼色の小さな渦をあぶりだした。

 公介がその渦を指さし、苦い顔をして舌を出した。


「貴一、どうすんだ? たぶん、ご挨拶だぞ?」


 公介が塀の上へ視線を送ると、貴一は肩をすくめてからひょいと飛び降りた。

 

「ご挨拶なら何度目って感じだよ。 もう慣れっこだけどさ、僕がイラっとするのはピンポイントでここを狙ってみせたことだ。 結局、どちらの災厄がマシか選べってことが言いたいのだろう?」


 貴一は空間から黒と白の長羽織を引きずり出して、それに袖を通しながら公介同様にうえっと舌を出した。


「月狩りの連中と真っ向勝負して、物量に勝る敵側にコテンパンにされるか、『奴』と組んで状況をイーブンにするかを選べって? まったく、冗談も休み休みにしてほしいぜ」


 公介もまた白と黒の長羽織を取り出して羽織り始めた。

 彼らの羽織の背中には月輪の真ん中に桜が描かれていた。


「梅には連絡しておかないのか? 桜が断ればこの取引はあちらに流れるかもしらんぞ」


 貴一が連絡などしないしないと首を横に振った。


「天下無双の馬鹿夫婦が低俗な取引に応じると思う? ありえないよ。 それがわかってるから、僕の方に打診してみたんだと思うよ?」


 そらそうだと公介が自嘲気味に笑ってから、すっと俺の目を見た。


「新、置いてけぼりにされたような目するな。 今、説明してやるから」


 公介に頭をなでられるのはこれで何回目だろう。

 子供扱いされるのは嫌いなのに、公介のコレは嫌いじゃない。


「梅ってのは別名で、正式名称は『朔』という。 朔は宗像志貴を頭に構成しているようなもんで、メンバーの中にはお前はまだ逢ったことがない奴もいると思うが、まぁ、宗像のやばい奴の集まりだと思えば良い。 で! 宗像にはもう一個チームがある。 これが『望』だ、お察しの通り、宗像貴一を頭に構成されている遊撃部隊で、事が起これば最前線へでるのが仕事だ。 掲げている紋が桜だから、別名が桜になったってわけだ。 つまり、俺や貴一はその遊撃部隊の羽織を着ているわけなんだが、新はどうしたい? 一応、お前の分はあるぞ」


 マジックショーを見せられているようだ。

 公介が指を鳴らすと、ぱさりと俺の頭の上から長羽織が落ちてきた。

 ごそごそとそれを手に取ってみると、どこか刺繍が異なっているように思えた。


「その羽織は持主が一番美しく見えるように勝手に刺繍を変えてしまうんだ。 僕のは繋ぎ月の桜、君のは蓮かな?」


 貴一が指摘してはじめて違和感の理由がわかった。俺の羽織の紋は蓮の花で、桜ではなかった。


「桜でないということは、俺は別だと言われているっていうこと?」


 貴一はそうじゃないと笑った。

 

「蓮の花は君を指すのだろう。 その周囲には繋ぎ月がしっかりと描かれている。 新はちゃんと月の者だよ。 ただ、チームを組む相手が他にいるってことだろうな」


 チームを組む相手と言われた瞬間、真規と美蘭の顔が脳裏に浮かんだ。

 貴一はそれだというように俺の顔を指さした。


「新、すべてに意味があるんだよ。 同じ月であっても、その存在意義、指揮系統、目標が違っている。 それでも、連携していけるのは互いの信頼が成立しているからだ。 意味がわかる?」

「俺はあなた以外の指揮系統で動けということ? そんなことできないよ!」

「できるさ。 いずれは新が指揮して動かすんだよ? でも、まぁ、『月』はそもそもすべてが僕の指揮下のものなのだから、何の心配もいらないよ。 勝ち切る選択を僕がすれば良いだけの話だ」

 宗像志貴の下ではなく、宗像貴一の下にすべてがあるというのか。

 貴一が懐から大ぶりな扇を取り出した。扇の骨は木製ではなく、鉱物の音がした。

 彼はゆっくりと扇の骨を指でずらすように広げるとその面には満開の桜と月が描かれており、要には龍石が埋め込まれており、ひらりと手の元からこぼれおちた紐の色は深い紅。

 治癒、防御、攻撃のどれにでも変じることができるこれは盈月扇というのだと貴一が教えてくれた。

「僕の母は恐ろしいまでにぶっ飛んで強いが選定者というわけではない。 でも、息子の僕が選定者であり、宗像そのものを動かすことになる以上、母が選定者であるかどうかの事実に関係なく、一蓮托生ということになる。 それでも、意志の上位決定権は選定者である僕にある。 最終的な意思決定は僕がするというわけだ。 母には純粋に宗像を護ってもらう。 生存争いは僕がする」

 貴一は俺が問う前にさらりと答えてくれた。

 それに、と貴一は何かを続けようとしてすっと言葉を飲み込んで、別の機会にすると不敵に笑った。


「何せ、この生存争いに関して、僕はえぐいほどに強いらしいからね」


 宗像志貴という人間を超える黄泉使いは存在しないし、誰もが歯向かおうとは思わないとまで言わしめたその人を、今、目の前にいる青年は凌駕しているのかもしれないと息を飲んだ。

 静には感じたことがなかったが、貴一にはどこかミステリアスな何かがあった。

 謎めいている部分はどこか薄暗く、重く、痛々しいような気がする。

 冷酷という言葉とは違うのだけれど、宗像貴一という青年は大切な物を護るためには自分自身を切り裂いてでも冷徹になりきってしまうのではないかと思ってしまう。


「ねぇ、貴一さん。 痛みは飲み込んじゃだめなものだよ。 あなたが幸せでなければ勝ちなんか意味ない」


 どうしてそんな言葉がでたのか俺自身が困惑してくる。

 だけれど、貴一が痛むのは嫌だった。

 視線をそっともちあげると、貴一が驚いた顔をして、俺をみていた。

 数秒の後、貴一がそうだなとにっこりと笑んでくれた。


『何度もゼロに戻されるのがよほどお好みと見えるな、宗像貴一』   


 全身が一気に総毛だった。

 俺のすぐ背後で声がしたのだ。

 それも、遠い記憶で耳にしたことのある声。


『あぁ、どうして死んでいなかったのか。 私は哀しいよ、頴秀』


 首筋に何かが這う感覚がして、遅れて痛みが走った。

 ようやく、それが爪で皮膚が裂かれた感覚だったとわかり、俺は身をよじった。

 それの腕が俺の腕にからみつく寸手のところで、俺は無意識に相手のみぞおちに膝を入れて、距離をとることに成功していた。

 爆音と同時に爆風が吹き荒れ、俺の身体が数メートル吹き飛ばされたのを、公介がとっさに身体を入れ込んでくれ、地面にたたきつけられずに済んだ。

 砂塵のベールの向こうではつばぜり合いの音がした。

 火花が散っているのは貴一とソレのやりとりだとわかり、俺は目を見張った。

 フラッシュバックだ。

 背丈は貴一よりやや低く、白髪は膝裏に届くほどに長いが、老人のそれではなく、艶があり優美なうねりをみせている。瞳の色は濃い琥珀色。柔らかな表情の作り方もそのままだ。声色はやや高めの男性の声をしており、口調は穏やか。


「どうして……」

 

 噴出してくる冷や汗、両足の力が抜け落ち、その場にへたりこんでしまう。

 貴一が危ないのに、どうして動けない。

 貴一に左側に気をつけろと言いたいのに、恐怖のあまり声が出せない。

 息苦しすぎて喉をかきむしるしかできない。


「光冠様……」


 おやというようにこちらに向けられる視線でさらに息が苦しくなる。

 せっかく貴一が真の姿を隠してくれていたのに、肉体の殻が剥がれ落ちていく。


『頴秀、君は本当に私を苛立たせるのがうまいね』


 貴一へ向かっていた殺気が俺に向かって放たれたのがわかった。

 俺はこの人にもう一度殺されてしまうのだろうか。

 

「あなたが月に仇なす理由がわからない……」


 ようやく絞りだした声が情けなくも震えていた。

 目の前にいる男の名前は光冠という。

 第二天盤において最も尊い位置にいた月の選定者の1人であり、選定者の王だった人だ。

 

『頴秀、君は大きな誤解をしているようだ。 私は月に仇なすことをしたいわけではないよ。 ただ君を狩りたいだけだ。 あぁ、私の後任者である宗像貴一は教えてくれなかったのかい? そりゃそうか。 君に知られれば都合の悪いことなんだから、わざわざ教えはしないか』


 黙れと貴一が大きな声で叫んだ。

 新、聴くなと言ってくれている。

 両手で耳を塞がないといけないのに、俺の耳は奴の声を拾い続ける。


『教えてあげよう。 頴秀、君は月にも太陽にもなれてしまうんだ。 だから、宗像貴一しか庇護下に置けないというのは間違いだよ。 高階静であっても君を飼えるということだ。 貴一はさも君が月にしかなれんように話してくれたことだろう。 でも、真実はそうではない。 でもね、宗像貴一が君を扱いきれなくなれば、月はいずれ君を殺す。 さらに言うのならば高階静が君を扱いきれなくなれば、太陽も君を殺す。 私はどのみち災いになる君は最初から存在すべきではなかったと思っているだけなんだよ。 さて、頴秀、君は君自身をどう思う?』

 

 貴一が、静が俺に嘘を言うはずがない。

 貴一が俺を殺す?

 静が俺を殺す?

 彼が何を言っているのかわからない。


「新、僕は君を殺したりはしないし、君のしーちゃんだって同じだ! 月でも太陽でもどちらを選んでも自由だ! どちらを選んだとしても僕は君を殺さない」


 貴一が奴と再度つばぜり合いをしながら叫んでいる。

 

『月になれば太陽に、太陽になれば月に屠られる。 どちらについたにせよ、いずれ裏切る可能性は消えないから、結局、君はどちらにもなりきれない。 そして、その波紋はいずれ大きなひずみとなり、すべての災いとなるんだよ』


 月が、宗像の皆が俺をそんな風にみているというのか。

 俺がいつか裏切って太陽になるのではないかと。

 すぐそばにあった笑顔たちが怖くなってくる。

 激しい動悸と眩暈がする。


『ねぇ、頴秀。 君はただの戦闘兵器そのものなのに、どんな風に慈しんでもらえたの? 君を敵側に渡すのは自分たちが危ない。 だから、手元に置いて、手懐けるためなのだから、皆、さぞかし優しかったろうね』


 光冠の高笑いの声が耳について離れない。

 そんなわけがあるかと叫びたいのに、わからなくなってくる。

 使い道があるからこそ、宗像が俺を手懐けて飼いならす。

 奴が口にしたことを俺は全否定できなくなっている。


「あんた、うるさいよ」


 突如、目の前で美蘭の声がした。

 赤い髪が視界を覆い尽くす。

 俺の前に彼女が仁王立ちしている。


「新は暁春君のもとでたおやかに生きる権利がある!」


 暁春君という名を美蘭が口にした。その瞬間、ガクンと俺の身体はその場に顔から崩れ落ちた。

 

「暁春真君……」


 王号は暁月春子。字は佳宵

 俺の魂を従える真君。俺に名を与えてくれる真君。

 あれほど待っていた人の名だとほろりと涙がこぼれおちた。


「おい、新! あんたが待っていた王号を持っている男は目の前にいる! しっかりと目を開けてみろ!」


 美蘭に胸倉をつかまれた。

 美蘭の肩越しに宗像貴一が見えた。


「暁月春子」


 貴一がうっとうなり声をあげて、その場に膝を折った。

 光冠の刃が彼の左肩を貫通していた。

 駄目だ、彼を傷つけられたら俺は生きていけないと思った瞬間、自分の肉体が吹き飛んだ。

 まるで煙にでもなったような感覚がして、俺は肉体を持たずに、貴一を包み込んでいた。


『触るな……』


 今の俺の中に何か感情があるとしたらそれは怒りだけだ。

 貴一を傷つける者は排除する。

 

『暁春君に触れるな……』


 光冠のような者が触れて良い人間ではない。

 宗像貴一はただの月ではない。

 彼はすべての天盤の王ともなれる男だ。

 俺は彼にその権利があるのだと示すためにここにいる。

 

「新、僕は大丈夫だ。 だから、そんなに怒っちゃいけない。 さぁ、元に戻るんだ。 僕の言っている意味が分かるね?」


 他の音は何一つきこえないのに、貴一の声だけがゆっくりと俺の身体の中へ流れ込んでくる。


「この手の中へ還っておいで、景星鳳凰」


 貴一が俺の魂に柔らかな縛りを与えるようにつぶやいた。

 痛みや苦しみは一切ないが、確実に縛られたという自覚はあった。

 身体中に血が巡ってくる感覚がして、次いで肉体の重さを感じた。

 これだけはまだしたくなかったのだけどなと貴一がつぶやきながら、俺の額に人差し指をおしつけた。


「こうも暴発的に動かれてしまっては君が危ない。 だから、君に名前を与えることにするよ。 名は朱華月魄、字は頴秀。 新、立ちなさい」


 貴一に腕をつかまれ、引きずりあげられるように俺は立ち上がった。


「僕は月だから護るということはしないし、太陽だから狩るということもしない。 僕は理不尽に対抗するだけなのだけれど、新はどうしたいの?」


 どうしたいのかと言われても、俺には世界をどうこうしたいという大それた発想などない。

 

「君が理不尽に傷つけられ、無為にその命を奪われるのは気に食わないから手を出すけれど、僕は君に関与して、その意志決定を誘導したりはしないぞ。 ひたすらに思考しろ。 そして、自分で決めろ。 それができないのならば、何もするな」


 何もするなという言葉の響きに俺は息を飲んだ。

 誰かの命に従うだけの者は無用だといわれたようなものだ。


「闘うというのなら、先に言っておく。 これはゲームではない。 闘い、勝つということで、相手から奪った物は取り返しのつかないものばかりだ。 命は戻らない。 奪う、勝つという土俵にあがるということはそういうことだと覚悟しろ」


 生半可な気持ちでしかいられないのなら、手を出さずにずっと隠れていろと貴一は言った。

 いつもの優しい貴一はどこにもいない。

 彼の声の響きが身体中を支配している。

 

「黙ってみているだけは嫌だ」


 俺の返答に貴一はわかったと短く言って、俺にそっと後方へさがっていろと命じた。


「光冠と言ったか? いいや、宗像万葉というべきか? あんた、今度こそ、本当に死ぬぞ?」


 貴一が美蘭を顎で促すようにして側に呼び寄せて、何かを耳打ちした。

 美蘭がわかったと言って、大きく跳躍し、光冠の足元へ閃光を放つ炎の玉を投げ込んだ。


「太陽との全面戦争もしないし、お前と組むこともしない。 天盤戦争のワイルドカードである景星鳳凰を危険にさらすこともしない! お前の思惑通りにはさせない」


 貴一が砂埃でできたベールの向こう側に言葉を吐き捨てた。

 美蘭に殿をさせながら、俺の腕を引いて切り裂いた空間の狭間に身を潜ませていく。


「景星鳳凰はこの暁月春子が預かる。 奪いたくばいつでも来い。 ただし、僕らはそう簡単にはおとせないぞ」


 貴一が美蘭の名を呼び、公介もすぐに後を追ってきた。

 俺はそっと背後を振り返った。

 

 光冠は笑っていた。

 それはそれは綺麗に笑っていたのだ。

 背筋が凍るような心地悪い恐怖を与える綺麗に整った笑顔だった。


 ころしてやる。


 彼の声はきこえないが、唇がそう動いた気がして、身震いした。

 貴一の見るなという怒号が頭上からふってきて、俺は慌てて目を閉じた。


「新、君の中に揺るがない軸を一本通せ。 護りたい者は誰だ? 護りぬきたい物は何だ? それだけを明確にしろ」


 貴一は淡々と語り、それ以降、何も話さなくなった。

 そして、俺はいつものカフェ・アントンポレルのバーカウンター前にぽいっと放り出された。

 そこには真規も泰介も静音もいる。

 貴一はすぐに傷の手当てだと静音に声をかけて奥へと消えて行った。


「破壊されたのはダミーだよ」


 呆然としていた俺に公介が背後から声をかけてくれた。

 

「ダミー? 無事だったのか……」


 俺達が簡単にみつかるわけがないだろうと師匠がつぶやきながら、俺に手を差し伸べてくれた。それにつかまって立ち上がったはずなのに視界が一転して暗転した。

 公介が名前を呼んでくれている気がしたけれど、もうわからなかった。



 

 



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