2日目 みんなどうしてる?

少し遅い昼食を終えた私と夢瑠は、リビングに海斗を残して寝室に来ていた。


降り始めた雨は、一層強くなってザアザアと屋根を叩いている。



「これがねぇ、生まれたばっかの時で、こっちが3ヶ月くらいなのかな。」



夢瑠が見せてくれたのは、小さなアルバムに纏められた赤ちゃんの写真。


樹梨亜と煌雅さんの子供、梨理りりちゃん。あの後、無事に産まれて今年の夏にはもう1歳になるらしい。



「かわいい~。」


「でしょー!ふにゃふにゃでね、真っ赤な顔して泣くの!」


樹梨亜に似て目鼻立ちのくっきりとしたきれいな顔の赤ちゃんが、樹梨亜に抱かれて笑っていて、お母さんになった樹梨亜は少しふっくらとして優しそうな、幸せそうな微笑みを浮かべている。



樹梨亜、良かったね…。



「これがこの間会ったときのかなぁ。」


「え!?もうこんな大きいの?ハイハイしてるー!」



さっきまで小さくて芋虫みたいだった赤ちゃんは、もう自力でハイハイしていた。



「このイタズラそうな顔、樹梨ちゃんそっくりじゃない?」


「本当だね。昔の樹梨そっくり。」



直接おめでとうって、言えたら良かったな。



「樹梨ちゃんね、お母さんになってから心配性になっちゃってね、ハルちゃん探しに行くって言ったらすごく心配されちゃった。」


「樹梨亜は、私がどこにいるか水野さんに聞いて知ってるの?」


「ううん、知らないよ?だって夢瑠ひとりで聞きに行ったんだもん。」


「それなら樹梨亜が心配するのもわかるよ…どんな危険が待ってるかわからないんだし…。」


「ハルちゃんだってしたでしょ?カイくんの為に。夢瑠もどうしてもハルちゃんに会いたかったから、ここまで来たの。」


「夢瑠…。」


「でもね、楽しかったよ!お家に泊めてもらったり、車乗せてもらったり。馬にも乗ったんだよ!」


「そ、そうなんだ…。」



一体、どこをどれだけ巡ってきたんだろう。私と同じように日に焼けた夢瑠は、私が知るよりずっと逞しかったんだ…。



「でも知らなかったなぁ、日本に直接行ける船があるなんて。この間の人に言われて初めて知ったの。」


「あぁ。伯父さんね。たぶん貿易船を出してる人に頼んでくれたんだと思うよ。」


「そうなの?いい人なんだね。」


「うん。海斗の伯父さんなの。お父さんの兄弟って言ってたかな。」


「へぇ~。で、ハルちゃんはカイくんと結婚したの?」


「な!いきなり何聞くの!?してないよ。」


「そうなの?」


「うん。そんなんじゃないよ…私がわがまま言ってついてきただけだから。」


「でも一緒に暮らしてるんでしょ?」


「それは、ここの気候とか暮らしとか協力しないと大変だから…。」


「ハルちゃん?」


「ん?」


「そういうのはね、ちゃんとした方がいいと思うよ。」


「…はい。」



真っ当な意見を真顔で言われるとなんだか反論出来ない。



「カイくんがロイドだから難しいことはあるかもしれないけどね、方法はあると思うの。」


「そこまで、知ってるの?」


「うん、でも別にどうでもいいの。体がなんだってハルちゃんの選んだ人だからね…それは夢瑠だけじゃなくて樹梨ちゃんもそう思ってる。」



なんて言ったらいいのか…分からなかった。



「ここで暮らしてるハルちゃんとカイくん見て…幸せならこのままの方がいいのかなって思うんだけど…。」


何かを言いかけて、黙ってしまった。



「夢瑠?」



「…何でもない!そうだ!そういえばね、ハルちゃんのお母さんが怒ってたよ?好きにしていいとは言ったけど居場所くらい教えなさいって。」


「お母さんが?会ったの?」



夢瑠、お母さんに会ったことなんてないような…でも本当に言いそう…。



「ハルちゃん探しに行くって伝えに行ったの。ハルちゃんが居なくなった時に樹梨ちゃんと会いに行ったことがあったから。みんな優しいんだね、お兄ちゃんとか。」


「兄貴?優しくなんかないよ。なんかの間違いじゃない?」


「夢瑠がね、ハルちゃん探しに行くって言ったら一緒に行くって言ってくれたの。」


「は!?あの兄貴が?」



驚いてしまった。



「うん。夢瑠が断っちゃったんだけどね、後から考えたら心配してくれたのかなーって。ハルちゃんのことも、大変な事に巻き込まれてるんじゃないかって心配してたよ?」



兄貴は、大の人嫌いで…知らない人と旅行なんてできるタイプじゃない。それどころか、夢瑠と話したって事だけでも腰を抜かしそうなのに。


私が居なくなって…知ってる人が、知らない人になっていってる…のか、それとも、私が見えていなかったのか…皆の知らない一面が見える。



「ハルちゃんのベッドふかふかぁー。」



ぼーっと考える私の横、クルンクルンとベッドの上で遊ぶ夢瑠。



「ハールちゃん。」


「なあに?」


「えいっ!」



夢瑠の投げた枕が私の顔にヒットする。


普通、このタイミングで攻撃する!?



「やったなー!」



そこから火がついたように枕投げが始まった。


二人で一つずつの枕を投げ合うのは忙しかったけど、懐かしくて。



「はー、疲れた。」


「でも楽しいでしょ?昔みたいで。」


「うん。よくやったよね、お泊まりの時に。」


「今度は樹梨ちゃんも一緒にね。」


「えー?お母さんになったのに枕投げする?」


梨理りりちゃんは煌雅さんが抱っこしててくれるよ。」


「そうなの?なんか面白い。」



久しぶりに…こんなに笑った気がする。さすがに、海斗と二人で枕投げしないし、これはきっと…樹梨と夢瑠と私だけの、コミュニケーションだから。



「はぁぁー!」



騒ぎきった私達は、同時に大の字で横になる。



今度…それがいつ来るのか、本当にあるのか、それは分からないけれど…こんな私でも友達でいてくれる。



それがとても嬉しかった。




その夜…二人が寝静まった後、私は手紙を書いた。



心配をかけた家族と、樹梨亜達に。そして、夢瑠にも。



最初は…いつか帰るつもりでいたのに、いつの間にかここでの暮らしが日常になっていて。


海斗がどう思ってるのかちゃんと話したこともないし、情勢的に帰れるかも、分からない。



きっとまだ、みんなに会えないけど…精一杯の想いを、手紙に込めて、夢瑠に託すことに決めた。




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