2日目 二人の日常

翌朝、なんだか窮屈な感じがして目が覚めると、目の前で夢瑠がニコニコしている。



「もう起きたの?」


「うん。さっきから起きてたよ?ハルちゃんとカイくんがくっついて寝てるの見てたの。」


「こ、これはたまたま、話しながら寝ちゃっただけで!その、そういうのじゃないから!」



見られていたとなると恥ずかしくなって海斗から急いで離れる。



「だって、お互いもたれあって手まで繋いで寝てるんだもん。可愛い!」


「あー!もう、恥ずかしいから止めてー!」


「ん?」



私達のやり取りで海斗も目が覚めたみたいだ。



「おはよう。俺が一番最後?」


「うん。海斗が最後。」


「ふ~ん。そっかぁ…。」



まだ寝ぼけている海斗は、私の手を探して繋いでくる。



「恥ずかしいから止めてってば。」


「なんで?いつもしてるじゃん」


「夢瑠が見てる。」


「いつもしてるんだぁー。きゃー、なんかえっちー。」


「もう!!海斗は寝ぼけてないで起きる!夢瑠もからかってないで着替えてきて!ほら!」


『はぁーい。』



夢瑠は着替えに行き、海斗も起きてブランケットを畳み始める。


私は、気まずくなってキッチンに籠った。



「これ、おいしー。何のフルーツ?」


「マンゴーだよ。濃厚で美味しいでしょ?」


「うん!ヨーグルトとかに入れたら美味しそう。」



夢瑠が朝ごはんを美味しそうに食べてくれてほっとする。


トーストと卵だけのシンプルな朝食。お客様を迎える準備なんてなかったから、夢瑠これで足りるかな…。



「今日なんだけどさ、夢瑠ちゃん何かしたいことある?」


海斗が夢瑠に話しかける。


「うーん…探検ごっこ!!」


「探検ごっこ?」


「うん!知らないとことかいっぱいあるでしょ?3人で発見しに行くの!」


「そういうことか。遥と同じこと言うね。」


「えっ?そんなこと言ってないって。」


「ここに来た頃こうやってご飯食べながらさ、今日何したい?って聞いたら、色んな所見に行きたいって言ったんだ。言葉は違うけど意味は一緒だろ?」



そんなことあったっけ…。



「だから、その日は山の方まで登っていって川の上流で魚釣りして帰ってきたんだ。覚えてない?」


「あ!それって虫刺されで痒くて大変だった時のこと?」


「そうそう!ショートパンツで行ったから河原で魚焼いて食べてる間に蚊に刺されて、足がパンパンだったんだよね。」


「あ!でもね、魚は美味しかったし、水もきれいでここより涼しくて気持ちよくて、オススメだよ。」


「へぇ!夢瑠もそこ行ってみたい!」


「天気もいいし、行くか!」



確かに…そうすればお昼は済ませられるし、夢瑠も海斗も盛り上がってる…二人に賛同して河原に行くことにした。



「ねぇねぇ、ハルちゃん達いつもこんな感じ?」


「こんな感じって?あ、それいいんじゃない?」



私が手持ちの服からなんとか夢瑠に似合いそうなTシャツを探している間、夢瑠は腕をぷりぷりと振りながら変なことを聞いてくる。



「ご飯食べながら今日は何しようって話したり、さっきもね、ハルちゃんがご飯作ってるときにカイくんがテーブルの準備してたでしょ?」


「…うん。それは、なんとなく。お互いがお互いをチラチラ見ながら分担してる…かな?


いつもは、やらなきゃいけないことも結構あるし、忙しくてこんなのんびりするのは久しぶりかも。」


「そうなの?」


「うん。洗濯でも、料理でも、何でも自分達でやらなきゃいけないでしょ?だから時間もかかるし…午前中やること終わったらもう昼ごはんみたいな感じ。


このパンツ合わせてみて?」



頭では普段を思い浮かべながら、眼は夢瑠に合いそうなパンツを見つけた。



「これ、昔、ハルちゃん穿いてたの!」


「すごいね、夢瑠。覚えてたの?」


「うん!どう?ちょっとズリズリ?」


「それはね、丈を絞ればいいんだよ。」



ゴムをきゅっと引っ張ってあげると、裾が短くなって夢瑠にぴったりになった。



「わーい!ハルちゃんみたい、カッコいい!」



ピンクのTシャツに、ベージュのカーゴパンツを着てクルクルしている夢瑠は、カッコいいというよりかわいい。



「帽子被るならお団子にするー。」



夢瑠がリボンをしゅっとほどいてお団子を作る間に、私も自分の支度をする。



「ハルちゃん…。」


「んー?」


「このピンクのお洋服、もらっちゃだめ…?」


「え?もちろんいいけど…それ結構着てるし、そんな古いのでいいの?もっと新しいのもあるよ?」


「これがいいの…。」



何でだろう…。

確かによく似合ってるけど、夢瑠はいつもワンピース着てるのに。



「ハルちゃん…もう帰ってこないでしょ?」



夢瑠の声に、胸をグッと掴まれた気がした。



「よしっ!お団子でーきた!」



夢瑠はもう、いつも通りだったけれど、さっきの一言は胸に刺さる。


もう帰ってこない…。



ここに来て一年とちょっと。

先のことなんて考える暇なかった。


もう二度と…帰らない…のかな。




支度を済ませて、3人で山へ向けて歩き始めても…さっき夢瑠に聞かれたことが忘れられないでいた。



「どうかした?」



海斗に聞かれても答えられない。私をここに連れてきたこと、家族や友達と離してしまったこと…私がここに来ると自分で決めたのに、海斗は気にしている。



「なんでもないよ。」


「そう?具合悪かったら言ってよ?」



うんと頷いて歩き続ける。



「あ!あそこー?」



夢瑠の弾んだ声が響いた。

視界が開けて河原にたどり着いたことがわかる。



「着いた着いた!」


「川はいりたーい。」


「魚逃げちゃうよ。」


「そうそう!先に魚釣りしよ!」



海斗の持つ釣り道具を受け取りながら夢瑠に言う。

帰るかなんてまだわからない。


一人ずつ釣竿を持って、魚がいそうな場所を探す。



「よしっ!また釣れた。」


「えー、夢瑠まだ釣れないのにー!ハルちゃんは?」


「いち、に、さん…6匹かな。」


「すごっっ!」


「遥、だいぶ上手くなったね。」


「でしょー?コツを掴んだんだよ、コツを。」



海斗は、小さい頃この島で暮らしていた時期があるらしい。


恐らく、サイボーグとして生まれ変わった頃だと思うけど…その時に一通りの家事や魚釣り、小型船の操縦などを教わったらしく、来たときから私にここでの暮らし方を教えてくれた。



それだけこの島の暮らしに慣れたんだな…。



私も初めてここに来たときは全然釣れなくて、海斗に八つ当たりしたっけ。



「夢瑠、こっちにたくさんいるよ。」



手招きして夢瑠を呼び、一緒に狙いを定めて落とす。

しばらくすると糸がピクピクッと揺れて、一匹釣ることができた。



「わーい!釣れた!」


「次は一人でやってみて。今みたいにすれば絶対釣れるから。」



慎重に、狙いを定めて落とす…またピクピクっと揺れて糸を上げると、ちゃんと一匹かかっている。



「すごい!一人で釣れたね!」


「わー!ありがとハルちゃん!」



夢瑠は本当に嬉しそうに自分の釣った魚をバケツに入れて眺めている。



「今日はこの辺にして帰ろっか。」


「え?ここで食べないの?」


「ちょっと雲行きが怪しいんだ。早めに山を降りないと。」



空を見上げると、少しだけ雲が出ているけど…これで降るのか、私にはよくわからない。


とりあえず夢瑠にも言って山を下り始めた。



「川で遊びたかったなぁー。」


「夢瑠ちゃん泳げるの?」


「うん!泳ぐの好きなの!」


「…そっか。だったら明日晴れてから海で遊べばいいよ。」


「やったー!」



山を下りきって家に着いた途端、本当にサァーッと雨が降ってきた。



「海斗すごいね。全然気づかなかったよ。」



窓辺から真っ暗な空を眺める。



「慣れてるからね。それよりいいの?」


「何が?」


「夢瑠ちゃんと話せてないでしょ?」


「まだね。でもまだ明日もあるし。」


「お昼食べたら話してきなよ。夕食は俺が作るから。」


「でも…」


「ハルちゃん、焼けてきたー!」


「ほら。夢瑠ちゃん呼んでるよ。」


「いつもありがとう。」


「いえいえ。」



私は…これから先もこの人と、ここにいるんだろうな…。



夢瑠の所に向かう時、ちらっと海斗の背中を見てそう思った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る