1日目 パーティーが始まる

「ハルちゃん…。」



夕方、陽が沈みそうな頃に夢瑠が起きてきた。眠そうに目を擦りながら、まだぼんやりしている。



「少しは休めた?」


「うん。…なんか良い匂いする…。」


「ブイヤベース作ったの。」


「ブイヤ…ベース…?」


「うん、魚介類のスープなの。美味しいんだよ。」


「…お腹減ってきたかも…。」


「ちょっと早いけど食べよっか。外で海斗が準備してくれてるから、出来たか聞いてきてもらえる?」


「はぁ~い。」



嬉しそうに駆けていく夢瑠の後ろ姿があまりに無邪気で可愛らしくて、微笑んでしまう。



子供がいたら…こんな感じなのかな。



子供が欲しいなんて思ったことないのにと、ふと生まれてきた思考を打ち消して最後の仕上げに取り掛かった。


外の準備も終わり、私達は食器や鍋を運び出す。その間、夢瑠は準備をする私達を代わる代わる見つめている。



「たっのしっみだなぁ~。」



久しぶりに会った夢瑠は無邪気でニコニコしていて、ちっちゃい子みたいで…出会った頃の夢瑠を思い出す。



可愛い。



「よし!!準備できた!乾杯しよう。」



海斗がグラスを持つのを待って、楽しい夜が始まる。

 


『せーのっ、カンパーイ!』



たくさんのお肉や野菜にシーフード、果物も、伯父さんが奮発して持ってきてくれて、どれも食べきれないくらい並んでいる。



みんなでお肉を鉄板に乗せる。



「楽しい!」



食べる前からはしゃぐ夢瑠の声が弾む。


みんなで最初に焼いたお肉を一斉に口に運ぶと、じゅわぁっと旨味が広がって香ばしさが抜けていく。



「よし!どんどん焼こう。」


「はい!隊長!」


「隊長だって!夢瑠おもしろいよ。」



私達のテンションに比例して火の勢いも強くなる。



どんどん焼いて、どんどん食べて、たくさん笑う。



「ハルちゃん、あれも食べたいよ、何だっけ?」


「ブイヤベース?」


「そうそう。それそれ!」



夢瑠の食欲は凄まじくて、ブイヤベースを美味しい美味しいと平らげてくれた。



「ハルちゃん、すごいね!こんな美味しいの作れるの?」


「すごいでしょ!素材が良いからなんだけどね。」



このブイヤベース、実は海斗の大好物。ここに来てから伯父さんに教えてもらった私の唯一の得意料理だ。



「美味しいよね、これ。」



海斗も美味しそうに食べてくれて嬉しい。



「カイくん、ハルちゃん独り占めしてずるいんだぁ。」


「えっ…!あっ、えっと…ごめんなさい。」



意地悪っぽく言う、夢瑠の冗談を海斗は真に受けたのか、ゲホゲホむせている。



「お肉もうちょっと食べちゃお。」



気まずそうにしている海斗をよそに、楽しそうにお肉を焼く夢瑠。



「冗談だから気にしないで、ね?」



海斗の肩をポンポンと叩く。




「お~い!」


その時、暗闇の向こうから声が聞こえた。


伯父さんが近づいてくる。



「これを渡すのを忘れとったんだ。」


「花火…。」


「どこで見つけたの?」


「友人が日本から買い付けてきて売ってたんだ。ここじゃ他に楽しいことなんてないだろう。」


「ありがとうございます。」


「火の始末はちゃんとしろよ。」


「わかった。」



花火なんて久しぶり。

楽しみがもうひとつ増えて嬉しい。伯父さんは続いて夢瑠に話しかける。



「あと、そこのお嬢さん。」


「は、はい…。」


「3日待てれば、日本への直行便に乗れるがどうする?」


「え、えっと…。」


「それを過ぎると、次は1ヶ月後だ。」


「1ヶ月!?」


「あぁ、観光用でなく貿易船だからな。あんまり出ないんだ。ただ、操縦の腕は確実だ。安心していい。」


「それなら…3日後の船に乗せてください…。」


「わかった。隣の島までは俺が送るから。まぁ…3日間、思う存分楽しんでいくといい。」



花火セットを私達に手渡して、伯父さんは帰っていった。



束の間の再会…その終わりを告げられた夢瑠は、しょぼんとしている。


私達だって居てくれるのは嬉しいけれど、夢瑠にも生活があるし、あまり長く帰らないと…家族や樹梨亜達が心配するだろう。



「夢瑠!バーベキュー終わったら花火だよ!夏休みはまだこれからでしょ!」


「…うん!!」



バーベキューの後、私達はドキドキしながら花火セットを開ける。

 


「あ、ジェット花火がある!」


「レインボー、線香花火、ナイアガラ…ちっちゃい打ち上げもあるよ。」


「どれからやる?」



手持ち花火なんて子供の頃以来だし、その頃やってた花火ばっかり入ってて気持ちがどんどん盛り上がる。


それぞれ花火を持って、海斗が火をつけると、シューっと青い光が伸びていく。



「ハルちゃんの青だー!」


「夢瑠のはピンクだね。」



花火を持ってクルクルと回る姿は、なんだか魔法少女みたい。



「初めてだな。」



隣で海斗が呟く。

その顔は、海斗の持つ緑の光に照らされている。



「きれいでしょ?」


「うん。きれい…。」


「色々あったけど、全部違うの?」


「うん、種類が違ってね。こんな風に手で持つのと、置いて楽しむのがあるの。他のもやってみよっか。」



ちょうど夢瑠と私の花火が消えたのを見て、海斗にそう言った。



ここに来てから初めてかもしれない。いつもやらなきゃいけないこともたくさんで、自分の選んだ道だから、大人にならなきゃ…そんな事ばっかり頭にあって。



「うわー…。」


「きれい…。」



小さいけれど、あの日海斗と見たような…きれいな光の#環__わ__#が散っていく。



「あっという間だったね。」



寂しそうに呟く夢瑠。



「まだあるよ。」


「線香花火がね。」



私と海斗の言葉にふっと微笑む夢瑠。



「じゃあ、誰のが一番長く残るか競争ね!」



バーベキューと花火で楽しい夜を過ごした私達は、時間も忘れてはしゃいだ。



特に夢瑠はテンションが高くて騒ぎまくった後で電池が切れたように、こてんと眠ってしまった。



なんか…夢瑠の様子おかしい…?



さっきと同じように、夢瑠の寝顔を見ていた。



…大丈夫かな…。



何でそう思うのかはうまく言えないけれど、心配になってくる。さっきの伯父さんとの会話でも、帰りたくなさそうだったし…。



「夢瑠ちゃん寝ちゃった?」



海斗が静かに入ってきて、隣に座る。



「うん。ぐっすり。」


「そっか…。」


「なんか変な感じ。」


「ん?」


「夢瑠がここにいる事とか、色々。いきなりでちょっと、びっくりしてるのかも。」



「俺もびっくりした。」



二人で、夢瑠を起こさないようにクスクスと笑った後



「夢瑠ちゃんは…本当に遥のこと好きなんだね。」



と、しみじみ言う。



「なのにひどいよね…何にも言わないで出てきちゃって。」


「それは俺に責任があるから。…自分を責めるのはやめて。」


「でも…」


「夢瑠ちゃん3日で帰っちゃうんだから。もうあれこれ考えないの。」


「ごめん。」


「決めた。」


「ん?」


「夢瑠ちゃんがいる間、遥も夏休み取る。」


「夏休み?」


「家の事も何にも考えなくていいから、夢瑠ちゃんと楽しむ事だけ考える!」


「え?でも洗濯とか、色々」


「もう決まり!3日ぐらいしなくても死なないから。」



海斗は、どこまで優しいんだろう。未だにわからない。


私の心を全て見透かしてるようで、でも、気づいてもらえてないようで…。



「じゃあ…私も決めた。」


「何を?」


「海斗も一緒にね。3人で夏休みしよ!」


「でも俺がいたら…」


「大丈夫。夢瑠、海斗の事も結構好きだから。」



驚いていた海斗の顔が、ふっと緩む。



「遥って…鈍感。」


「は!?」



いきなりの言葉に思わず大きな声を出してしまう。



「しーっ!」


「だって、海斗が鈍感なんて言うから!」



声を抑えながらも、言わないと気が済まない。



「まぁまぁ。続きはまた今度ね。遥ももう寝ないと。」



海斗は話をはぐらかして、寝室から出ていこうとする。



「ちょっと待ってよ海斗!気になると寝れないの知ってるでしょ!」



小声のまま、海斗を追いかけて私も寝室を出た。





私達の夏休みは、まだ始まったばかりだ。

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