3日目 最後の一日
翌朝、目が覚めると隣にいたはずの夢瑠がいない。
あれ…?
ベッドから降りてリビングに向かうと、物音が聴こえる。
もう海斗、起きてるのかな。
「おはよ。」
「あ、ハルちゃん起きたー。」
「おはよう。」
「二人とも起きてたの?」
「うん!朝ごはんね、夢瑠も手伝ったのー!」
テーブルにはサンドイッチとオレンジジュースが3人分、置かれている。
「ありがとう…えっと、今何時?」
「もう11時過ぎだよー、食べたらみんなで海行くんだから!」
夢瑠はいつになく元気でテンションが高い…私はというと昨日、寝るのが遅かったからかまだぼーっとしながらサンドイッチを口に運んだ。
「うん、美味しい。」
「おいしいね!ハルちゃん知ってる?カイくんマヨネーズ作れるんだよ!」
「うん、知ってる。」
「なぁんだ。」
「海斗、私より料理できるもん、ねぇ?」
「ん?…うん。」
私の言葉に返事をした海斗が…私から視線を外した。
なんで今、目をそらされたんだろう?
「ごちそうさまー!じゃあ、お支度してくるね!」
夢瑠が寝室に行った後、私は食べ終えたお皿を持って海斗のいるキッチンへ向かう。
「ねぇ?どうかした?」
「え?何でもないけど。」
そっけない返事…私、何か怒らせるようなこと…した?
頭の中で思い返すけど、わからない。
寝坊したの、怒ってる?
でも今までそんなこと…それか、夢瑠に何か言われた?
「もしかしてさぁ…」
話しかけながら海斗のいた方を見ると、そこにはもう誰もいなかった。
支度を終えて海に出た後も、なんとなく…避けられてるような気がして直接話さないまま、海斗は伯父さんに呼ばれて行ってしまった。
「ねぇ、夢瑠。」
「なあに?」
「今朝、海斗に何か言った?」
「何かって?」
「何か私の事とか話した?」
「朝話したのはねー…卵サンドの作り方?あ!ハルちゃんが卵サンド好きって聞いたよ!」
「それだけ?」
「うーん…その前は、晴れたから海の様子見に行ってくれて、その前はなに食べたい?で、その前はおはよう?」
本当に思い当たる様子のない夢瑠に、これ以上聞くのはやめにした。
夢瑠といられる最後の一日…海斗が何か怒っていたとしても、夢瑠が帰ってからちゃんと話せばいい…。
「泳ぐの競争しよ!」
「え!ちょっと待って!」
言ったと同時に夢瑠は泳ぎ始めてしまう、私はそれに必死で追いつこうと泳ぐ。
50m折り返しぐらい泳いで満足した夢瑠と砂浜に戻り話していると、海斗が伯父さんと一緒に戻ってくる。
「カイくん、何か持ってるよ?」
海斗と伯父さんは、早めの昼食を作ってくれていた。
「泳ぐと腹が減るからな。」
そういって出してくれたのは、立派な鯛のアクアパッツァにガーリックトースト、サラダにアヒージョと豪勢な物だった。
「今日も用事があって島に出たから他にも食材持ってきたぞ。」
「いつもありがとうございます。」
「また、手伝ってくれたらいいさ。」
伯父さんは、海斗の父親と兄弟とは思えないほど優しくて、逞しくて、家を建てるのも魚釣りや狩猟や料理、裁縫にいたるまで何でもやってのけてしまう、スゴい人だ。
「伯父さんは、何でこの島に住んでるんですか?」
夢瑠がぎこちない様子で伯父さんに話しかける。
「ここが好きだからな。日本は疲れた…人と関わってあくせく働いたり、揉めたり、それに…人間の面倒事は何でも機械にやらせようと機械に依存する暮らしは嫌いだ。」
あの人も父親の犠牲者だと…海斗はそう言っていた。
伯父さんも昔は医師として活躍していて…海斗の研究のことも少し知っていたらしいけど…一体何があったんだろう。
ふと、海斗の右腕に目が行く。
目立たなくなったなぁ…。
火事の時に削れてしまった皮膚は、伯父さんが治してくれた。
応急処置だとは言っていたけど、半袖を着られるくらい目立たなくなったし、本人も元通りになった感覚で右腕に支障はなさそう。
「そんなことより、これも食べなさい。」
食事の手を止めて話を聞いていた夢瑠に、アクアパッツァを取り分ける。
「美味しい!こんな美味しいの食べたの初めて!」
夢瑠はここに来てからそればっかり言ってるけど、普段なに食べてるんだろう…。
「でも夢瑠も一人暮らしだし、ご飯作るでしょ?」
「普段はサプリだから。」
『え!?』
私も、海斗も、伯父さんも同時に驚く。
「ご飯作る時間がもったいないかなって。特に書いてる時ね。」
「でも夢瑠、それは身体に悪いよ。前に体調崩したでしょ?」
「めんどくさいんだもん。」
どうりで…夢瑠はそんなにたくさん食べる方じゃなかったはずなのに、久しぶりに会ったら結構食べるからどうしちゃったのかと思ってた。
「それこそ、機械にやってもらったらどうだ?今の日本ならそのくらいあるだろう?」
「クッカーっていう大型の家電があるよね。」
「うん。夢瑠なら一人暮らしでもクッカー買えるんじゃないの?ちゃんと食べた方がいいよ?」
「それ買ったらこういうのも出来る?」
「アクアパッツァは…どうだろう…?」
「いやいや、簡単だろ。アクアパッツァなんて言うが酒蒸しみたいなもんだぞ?」
「あ、じゃあ、材料入れて分数決めて“蒸す”ボタンを押すだけで、作れるんじゃないかな?」
「おいおい…これだから今時の若いもんは。そんなの使う方がややこしいだろ。なぁ、海斗。」
「伯父さんのやり方は火加減とか色々難しいから…クッカーの方がやりやすいと思うよ?」
伯父さんに話を振られて、さっきから口数の少ない海斗がやっと会話に入ってくる。
やっぱり元気がない気がする…海斗、何かあったのかな…。
「じゃあ、帰ったらクッカー探そっかな。」
夢瑠はその一言で話を決着させて、また美味しそうに鯛を頬張る。
その後も、4人でのランチは会話が弾んだのだけど、海斗が気になって…私まで集中出来なくなってしまった。
お腹いっぱいになった後、帰る伯父さんを見送り3人で片付けをする。
「泳いできたら?俺がやっとくから。」
なんだか、一人になりたそうな海斗。
気になりすぎてイライラする。夢瑠がいなかったらとっくに喧嘩になっている。
待ってましたという感じで、夢瑠は海の方へ駆けていく。
「なんで避けるの?」
イライラを抑えてストレートに聞いてみる。
海斗は答えない。
「私、何かした?」
じっと、海斗を見つめても瞳からは何も伝わってこない。
「もういい!」
今まで何でも言ってくれてきたのに、なんで黙るの。
イライラが怒りに変わって、それだけ言って、夢瑠のところへ行くことにした。
その夜…私は、夢瑠と話すと言って早めに寝室に入った。
それでも海斗から何か言ってくる気配もない。
明日…夢瑠が帰ってもこんな感じだったら嫌だな。
すやすや眠る夢瑠の隣で、荒れた気持ちのまま眠れない夜を過ごした。
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