第2話 なくした記憶と少女の謎

倉庫の中が花畑になっていて、そこで寝てた女の子が記憶喪失だった。

文章にするとなんのこっちゃだが、事実だから仕方ない。

男の人は警察が回収し、病院へ。まあ命に別状はないと思うが。

それよりも問題なのは、この女の子だ。警察がここに来るまでに、色々聞いてみたが、本当に記憶がないらしい。これじゃあ調べようにも手がかりが少なすぎる。

綺麗な顔立ちに、白に近い金髪。純白のワンピース。ここまで特徴的な外見なら、街で聞き込めば、一人や二人覚えている人がいるかもしれない。

そこから何か情報が得られれば─

「え、ええと・・・あの・・・」

「ん?」

考え事をしていたせいで気づかなかった。女の子が顔を真っ赤にして困惑している。原因は、オレが彼女を凝視していたせいだった。

「あ、悪い! ええと・・・」

・・・名前がないってのは案外不便だ。いつまでも代名詞で彼女を指す訳にもいかない。仮でもいいので、何か名前をつけるべきだろうか。花畑で寝ていたので、なにか花にちなんだ名前にした方がいいかもしれない。

そう思ってオレは辺りを見渡す。だが花畑は、先程の戦闘でほとんど吹き飛んでしまい、その面影はもうなかった。散ってしまった花の名前をつけるのは縁起が悪いし・・・まあ、ゆっくり考えよう。調べればつける必要がないかもしれないし。

「その子が例の記憶喪失の女の子か?」

おやっさんが後ろからやってくる。

「ああ。おやっさんはこの子を頼む。オレはオレの方で調べてみるから。」

次にオレは振り返った。この子におやっさんを紹介しなくてはいけない。このままだと急にやってきた名前も知らないおっさんが女の子を連れて行くとか完全にアウトな形になるからだ。

「ええと・・・あのな? この人は仲村英行って人で変な人じゃ・・・いや変な人ではあるんだけど・・・害を加えることは・・・あるかもしれないが・・・まあともかく、信頼していい・・・かもしれない人だ。安心してくれ。」

「何一つ安心できる要素がないんですが!?」

ごもっとも。自分で説明しておいてなんだが、こんなやつ信頼したくねえ。

おやっさんが「もっと頑張れよ」と言いたげな視線を送ってくる。しかしこんな紹介になったのは大体あんたの日頃の行いのせいなんだが。

「あ、そうだ。この人警察だった。」

「『だった』ってなんだよ。お前さっき警視庁来ただろ。」

文句をいいながらおやっさんは警察手帳を見せた。

「気軽にヒデさんって呼んでくれ。それで、まず嬢ちゃんについて色々調べたいんだ。それに協力して欲しい。だから嬢ちゃんには俺と一緒に来てもらうことになるが、それでいいか?」

女の子は目を丸にしながらコクコクと頷いた。よくわかってないが、とりあえず頷いておこう、といった感じだ。第一発見者がオレ達でよかったと心底思う。この子あっさり誘拐されそうだしな。

そんなこんなで、オレと女の子は別行動をすることになった。



車の中。あのヒデさんって人が運転する車、俗に言うパトカーだ。

私は初めて乗る車に、落ち着き無く首を振っていた。

「・・・そんなビクビクしなくても・・・ああでも記憶喪失なんだっけか。」

ヒデさんが呆れた感じで言う。

「それにしても災難だったなあ。拓也がいたからいいものの、ビーストとの戦いに巻き込まれるなんて。」

「・・・拓也?」

ひょっとして、あの人のことだろうか。通りすがりの小学生とか言ってた。

「・・・あいつまたか。いい加減自分の名前ぐらい名乗れっつー話だよな。」

また、ってことはいつもあんな返事をしてるってこと? あの人も十分変な人だと思うけど。

「あいつの名前は龍騎拓也。まあ変な奴だけど・・・悪い奴じゃないから、仲良くしてやってくれ。」

「悪い人じゃないのはわかります。私を守ってくれましたから・・・」

今でも脳裏にあの顔が、声が浮かび上がってくる。眠そうで、怒ってそうで、気怠そうな目。少しだけ怖い話し方。でも、その背中は大きくて、その声は優しくて。とても不思議な人だった。

・・・そうだ。この人にあの怪物のことを聞いてみよう。あの人の知り合いなんだから何か知ってそう。

「ああ・・・その話、かなり長くなるけど、いいか?」

私は頷く。ヒデさんはゆっくり語りだした。

「エネルギーはわかるか?」

「エ、エネルギー?」

「ようはモノ動かしたりする力だよ。俺達がこうして生きて話せているのもエネルギーのおかげで、人が生きるためのエネルギーを生命エネルギーって呼んでいるんだ。」

じゃあそれがなくなったら・・・といったところで私は口を閉じた。その結果は容易に想像できたから。

「だが一年前から、ごく少数の人に生命エネルギーとは別の、膨大なエネルギーが発生するようになった。そのエネルギーを俺達は能力、それを持つ人を能力者と呼ぶことにした。」

「能力?」

「そのエネルギーは人によって様々な性質を持つんだ。それが能力ってわけだな。嬢ちゃんもあいつの戦いを見てただろ?」

じゃあ、あの剣はそのエネルギーを利用して作ったものだったんだ。きっとあのキックも・・・

「が、そのエネルギーはあまりに膨大すぎた。大半の人は扱いきれずにあのエネルギーに負けちまう。その果ての姿が・・・」

「・・・さっきの怪物。」

ヒデさんは頷いた。

「ビーストはエネルギーが暴走し、外に放出されていてな、それがバリアの役割をして攻撃がまったく通じないんだ。身体能力もあがっているし、俺達一般人には手も足もでない。アレに対抗するには同じく膨大なエネルギーが必要になる。」

「・・・つまり、ビーストを倒せるのは能力者だけってことですか?」

「そういうこと。そしてビーストを元の人間に戻せるのも拓也しかいないのが現状だ。だから今回みたいなビーストがらみの事件には毎度あいつが駆り出されるんだ。」

ならあの人は、さっきみたいな戦いを何度も経験していたんだ。だからあんなに慣れた動きで・・・あんなに怖い怪物と何度も、何度も・・・自分一人しか戦えないからって理由で強制的に戦わされて・・・

気づけば、私は彼の名前を呟いていた。

胸が締め付けられるように痛い。

「・・・ひでぇ話だよな。あいつみたいなガキ達が武器を取る羽目になるなんてさ。」

私の気持ちを察してくれたのか、ヒデさんはそういった。

・・・あれ? 今の言葉、どこか引っかかるところが・・・

「さ、着いたぞ。」



記憶喪失の女の子と別れた後、オレは彼女の写真を利用し街で聞き込みをしていた。

が、まったく情報が手に入らない。ここでは駄目でも、別のところではどうだろうか。オレは仲間に連絡を取った。

「あ、拓也? あの子の事なら全然だめだったよ。ネットで調べても掠りもしない。そもそも情報が少なすぎるしね。映海に連絡してみたら?」

・・・まあ、この場合にはネットはあまり使いものにならない。こういう時にはむしろ聞き込みや人脈などの方がいい。噂レベルの漠然とした情報でも、なんの手掛かりもない今の状態の打開には役立つ。

そういうのに詳しいのがあいつなのだが・・・

「ごめんたっさん! 無理!」

・・・完全に手詰まった。まさかここまで情報がないとは。こりゃあの子が記憶を戻すことに期待するしか・・・

「そういえば、さっき白い何かが飛んでいったとかなんとか・・・」

「・・・なに?」

その言葉を聞いて、オレはすぐ詳細を確かめるよう言った。

猛烈に、嫌な予感がしたからだ。

「見つけた! SNSに写真が結構アップされてる! 間違いなくビーストだ!」

「向かってる場所は!?」

「撮影場所と角度から計算すれば・・・そこから北東の方向!」

北東には警察庁。今あそこにはあの子がいる!



私が目的地に着いたとき、中から慌ただしく沢山の人が出てきた。一目散へ逃げていく。

「何があった!?」

ヒデさんがそのうちの一人に聞く。さっきまでとは違う、厳格な雰囲気。本当に偉い人なんだなぁ、改めて認識した。

「ビーストです! ビーストがここに向かっていると・・・」

「誰からだ!?」

「秀一君からです!」

秀一? ヒデさんの知り合い?

なんてことを考えていると、ビルの後ろから、何かが飛び出してくる。逆光のせいで姿が見えない。

ようやく見えるようになったときには、私は地に足がついていなかった。

肩を掴まれ、そのまま一緒に飛んでしまっている。おそるおそる、私は自分を捕らえた相手を確認する。

ビースト、と名前の通りに獣のような姿をしていた。さっきのが狼とするなら、こっちはワシといった感じだ。しかし、あくまで既存の生物に例えるならの話で、似ても似つかないおぞましい姿であることに変わりはなかった。

私が自分を見ていることに気づいたビーストは、飛びながら私を覗き込んだ。生気をなくし、代わりに殺意を入れたような目に、獲物を喰らうためのくちばし。そのくちばしが私の鼻の先と当たりそうになったとき、ヒデさんが声を上げた。

「嬢ちゃん!」

ビーストは私を覗き込むのをやめた。代わりに下にいる人達を見据え、巨大な翼を広げた。

明らかに、何かがくる予兆だった。

「退避!」

ヒデさんの指揮により、一斉に散らばる。そしてビーストが動き出した。翼から幾千もの何か・・・多分、エネルギーの弾丸を空から掃射した。コンクリートで作られた建物や道路が、いともたやすく破壊されていく。まるで爆撃機かなにかのようであった。

「あ、ああ・・・」

目の前で起きた惨劇に、声にならない声を出すのが精一杯だった。

あの建物にまだ誰かいるかもしれない。建物の瓦礫の下に、誰かいるかもしれない。そもそも、今の攻撃に当たった人だっているかもしれない。

なら、その人は一体どうなる?

その答えは、容易に想像できた。だから、目の前の光景を見たくなかった。信じたくなかった。認めたくなかった。

ヒデさんは言った。一年前から、ビーストは出現し始めたって。つまり、一年前から、こんな光景が当たり前になっているんだって。

その当たり前を、当然を。私は、認めたくなかった。

だから、私は──手を伸ばした。

自分が助かろうと思ったわけではなかった。

あの人達を、助けてほしくて。

こんな現実を、否定してほしくて。

瞬間、肩から加えられていた力がなくなった。ビーストが私を離したようだった。

次に来たのは、何かのエンジン音。猛スピードでこちらにきている。

そして、最後には私が初めて聞いた、人の声。その声はきっと、私の名前を叫んでいた。



──arrow──

左手にエネルギーで形成された弓を生成。バイクを駆りながら弦を引き絞る。それと同時に、エネルギーの矢を生成し、右手を離して発射した。矢は目標に命中し、ビーストは女の子を手放す。

バイクをジャンプさせ、女の子をキャッチ。どうやら気絶しているようだった。まああんな化け物に捕まり、目の前で破壊活動を見させられたら無理もない話だ。目立った外傷もないし、とりあえずは大丈夫だろう。

すると突然、彼女の体が光り出した。オレのカードデッキから、四枚のカードが飛び出し、宙に浮く。その四枚も光輝いていた。

たしか、あのカードはブランクカードだったはず。

「この子とカードが共鳴してるのか・・・・・・?」

オレのカードは二種類に分類される。

一つは能力を書き込まれたカード。そのカードを使用し、オレはビーストと戦闘を行う。もう一つは何も書き込まれていないカード、ブランクカードだ。

何も書き込まれていないため、戦闘では役に立たないが、その後に重要な役割がある。ビーストから人に戻すとき、このカードを使用する。使用されたブランクカードは能力が書き込まれ、ビーストが使っていた能力が使えるようになるのだ。

だから、まずこんなことはありえない。この子が何らかの能力を持っていたとしても、四枚同時に書き込むことなんてできるはずがないのだ。

オレが目を疑っている内に、光が止む。カードがオレの手元に戻ったとき、カードにはそれぞれまったく別の能力が書き込まれていた。

女の子の方を見る。身体をオレに委ね、気絶したままだ。

彼女は一体、何者なんだ?

なぜ記憶を喪失したのか。なぜあんな場所にいたのか。なぜこんな芸当ができるのか。

ただ一つ、はっきりしているのは──

「キィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「拓也、来るぞ!」

──オレが護るべき存在、ということだけだった。

──tornado──

ビーストが発射した無数の弾丸。それに対し、先程彼女が書き込んだカードを、左腕のスキャナーに通した。放たれたのは、暴風。その風は例外なく、ビーストの弾丸を打ち消した。ビーストは驚愕しているのか、一瞬動きが止まる。それが致命傷となった。

──thunder──

──shoot──

出現した矢は、先程までの矢より遥かに小さい。しかし弓矢を使った攻撃の中で、威力は最高だった。一発の威力に特化した結果である。

その矢が雷を纏い、怪物の方へ向けられた。

限界まで弦を引き絞る。ビーストが気づき、防御の姿勢をとろうとしたときにはもう、手遅れだった。発射と同時に着弾、と思わず錯覚する。雷のような弾速。避けられも、防げもしない一撃。声を上げる間もなくビーストは力尽き、落下する。

一瞬のうちに、決着は付いた。



気がつけば、知らない天井。

どうやらソファの上に寝かせられていたみたいだった。ブランケットをかけてくれている。

上半身をムクリと起こせば、それに気づいた人が私に声をかける。

あの人。龍騎拓也だった。

「よ、気分はどうだ?」

「あ、はい。大丈夫です。」

拓也さんは安堵の表情を見せる。その後ろにはヒデさんと女の人がいた。その奥にある窓からは─

・・・・・・さっき倒壊したビルが建っていた。

目が丸くなる。状況がまったく理解できず、私は拓也さんと建物を交互に見て混乱していた。その動作から、拓也さんは察してくれたみたいだった。頬をかきながら目線を泳がせている。

「ええと・・・あの・・・拓也さん・・・・・・なんであのビル・・・」

「えっとなあ・・・・・・・・・オレがなんとかした。」

雑!? 返答が雑!! 全然説明になってない!?

「説明がめんどくせえんだよなぁ・・・」と拓也さんがぼやく。この人クールとか強面とかじゃなくて、単に面倒くさがりなだけなんじゃあ・・・

「そういえば、ビーストは? 巻き込まれた人は無事だったんですか!?」

「巻き込まれたのはお前もだろ・・・そこら辺もなんとかした。全員無事だ。」

「それより問題なのは嬢ちゃんだぞ。今日一日調べてみたが、一向に情報が出てこない。さっきまで嬢ちゃんをどうするか話し合ってたんだ。」

何も情報がないなんて・・・あれ? じゃあさっき拓也さんが叫んだ名前って・・・?

「本来なら児童養護施設に送るけど・・・戸籍もないからすぐには無理かも。それか引き取ってくれる人を探すか、だけど・・・」

「それならちょうどいい奴がいる。」

「・・・あ?」

ヒデさんは拓也さんを見る。女の人はやっぱり、といった感じで呆れていた。

「いや、おやっさん!? オレといたらどうなるか想像つくだろ!? またこの子が戦いに巻き込まれるかもしれないんだぞ!?」

「それはこの街に住む全員に言えることだろ? それに施設に送るにせよ、他の誰かに預けるにせよ、嬢ちゃんは一人になる。・・・あいつらだって、そう言うだろうよ。」

「ぐっ・・・・・・」

場の空気が重くなった気がする。いったい誰のことを言っているのかわからないけど、私みたいな人が以前いたのかもしれない。

「・・・まあ、一番最初に見つけちゃったの龍ちゃんだし。責任取ってもらわないと。」

「由良さん、語弊がある言い方しないでください!」

あ、あの女の人、由良さんって名前なんだ。たしかヒデさんの秘書だって言ってた。

そんなことを考えていたら、拓也さんが私の方へ向き直る。

「・・・お前は、どうしたい?」

私に問い掛ける。

きっと、私に断って欲しいとか、そんなことで訊いてきたわけじゃない。

本当に、私の意思の確認だ。

自分の事は自分で決めろと、その目と声が示していた。

なら、私は─

「私は・・・」

どうしてだろう。

なにも説明になってないのに。

あなたのことを、まだなにも知らないのに。

私の意思(ワガママ)を言えばほら、あなたはあの言葉を口にする。

なにも知らない私が、何よりも安心できる、あの言葉。

「あなたと、一緒にいたいです。」

拓也さんはため息を吐いて、呆れた声で、こう言った。

オレが絶対、なんとかする。と──



夕方、私は拓也さんが運転するバイクで、拓也さんの家についた。二階建ての家。

・・・なにやら、『龍騎探偵事務所』と看板が立っている。ご両親は探偵なのかもしれない。

「まあ、とりあえず上がれよ。そんな面白い物ないけど。」

「お、お邪魔しますっ」

緊張しながら靴を脱いで家の中に入る。目の前には廊下。左にはトイレと洗面所、お風呂がある。廊下の中央の左手には階段、右手には部屋。奥にはリビングがあった。拓也さんは「ただいま」も言わず、スタスタと階段まで歩いていった。

「部屋は母さんの部屋を使ってくれ。押し入れに何が入ってるか知らねーけど。」

「え? ええ!? ちょっと待ってください!?」

「んだよ。」

さすがに驚きの声を隠せなかった。

「そんな簡単に・・・お母さんに話さなくていいんですか!? それかお父さんに・・・」

「・・・ああ、そういや言ってなかったか。」

そう言って拓也さんは廊下を歩きだした。リビングを通り過ぎ、一階の一番奥の部屋・・・そこには、仏壇があった。遺影には若い男の人、女の人が隣に並べてある。

「・・・この人達が、オレの両親、・・・らしい。」

説明されなくても、もうわかった。拓也さんのご両親は、もう・・・

「そんな顔しなくていい。・・・二人のことなんて、覚えちゃいないからな。」

「え・・・・・・?」

「オレもお前と同じ、記憶喪失なんだ。気がつきゃ変な力があって、気がつきゃ多分オレの親二人が死んでた。」

拓也さんは語り出した。淡々とした口調。でもそこには、どこか哀愁を漂わせて。どこか、自分自身を嘲笑うかのようだった。

「・・・私と一緒で、何も?」

「なにも。二人の顔も共に過ごした思い出も。二人がくれた名前も、な。」

「名前も・・・?」

「ああ。どうもオレは、龍騎拓也って名前・・・らしいぜ?」

・・・他人事みたいに話すのは、その自分自身のことも忘れてしまったから。

だから、同じように記憶がない私に親近感を覚えて・・・

「ああ、そういや・・・」

拓也さんが話題を変えようとする。あまりこの話題を続けたくないのかもしれない。私自身、これ以上はこの重い空気に耐えられそうにない。

「名前考えなくちゃな。お前の。」

そういえばそうだった。私、未だに名無しだった。

「何かこれがいい、とかあるか? なけりゃ良さそうな名前一緒に考えるからさ。」

それなら─と、私はあのとき、拓也さんが叫んだ名前を指定した。拓也さんは目を丸くさせた後、後頭部をポリポリと搔きだした。拓也さんが言うには、あの名前は花に関係する名前を考えて、とっさに出た名前らしかった。だからアレはお前の名前じゃないし、無理に使わなくていい、そう言ってくれた。

それでも、と私は言った。拓也さんはまた、ため息と呆れた声を出す。これは拓也さんなりの了解だと、だんだん分かってきた気がする。

「・・・じゃあよろしくな、華音。」

「・・・はい、よろしくお願いします、拓也さん。」

ほんの少し、照れくさかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強少年と喪失彼女 草田林檎 @excitegamer555

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ