最強少年と喪失彼女

草田林檎

第1話 出会いと始動

私が思うに、この世で最も欲深い存在は、王や海賊、科学者や狂人でも、はたまた神でも、魔王でもない。

──一介の、少年少女だ。



桜が咲いている。

花びらは舞い踊るように落ちていく。ひらひら、ひらひらと。

一つの花びらが顔に着いた。思わず目を開く。

近くには花びら、遠くには太陽、その間には青空。先程まで目を閉じていた者には少し眩しい。

体を起こしても、その眩しさからは逃れられない。人の手が加わろうとも、生い茂る草木。その先で、流れる水が光を反射していた。

スマホを確認する。午前10時。着信は無い。

何もないならと、手を頭の後ろに回す。草に寝そべり、天を仰いだ。

・・・と同時に、着信の音が鳴る。今度は若干不満そうに体を起こした。

スマホを見た後、気怠そうに歩きだした。近くに駐めておいたバイク。ゴーグルを装着。ヘルメットを被り、発進。慣れた手付きで目的地へと向かう。

警視庁。警察の本部でもあるここで、オレは常連という扱いだ。ここで働く人達にも、すっかり顔を覚えられてしまった。犯罪をしている訳ではない。むしろ、その逆だ。

ここに来る大半の理由が、ここにいる人物の呼び出しだ。オレは厳粛な雰囲気の扉を遠慮なしに開けた。

「おう、来たか-」

気の抜ける挨拶をするのは、おやっさん。いい歳したおっさんである。机に座っているのかと思いきや、機械の修理中・・・否、改造中だった。

本人が言うに、事務作業より体を動かしたり、機械をいじっている方が性に合うらしい。こんなんでも警視総監。ようはここのトップ。この人に会う度、この国の警察は大丈夫なのか、と疑問が湧いてくる。

代わりに座っているのは由良さん。由良美穂さん。実質、おやっさんの秘書。相方がこんなんだからか、しっかりとした性格の人。よく事務作業を押しつけられている。というか押しつけられている。現在進行形で。あの書類って、本人以外が処理してもいいものなんだろうか。

「で? 何の用だよ。その改造を手伝えとかなら帰るぞ。」

「改造じゃねえよ。アレンジだ。」

どう違うんだよ。

おやっさんが由良さんにジェスチャー。由良さんは机の上にあった二つの写真を手渡した。おやっさんはそれをオレに投げつけてきた。一回あんたを経由したのはなぜだ。

写真を見れば、30後半のごく普通な男性が写っていた。

「昨日から行方不明の田中氏だ。身長170、会社員。ただの一般人だな。まあ大方の予想は付くだろ?」

この人の捜索、なんて単純なもので呼び出すはずがない。二枚目の写真で、予想は確信に変わった。

そこには、一面の闇が広がっていた。慌てて撮ったのだろう、手ブレを起こしている。しかしそれでも、そこに写っている人ならざる生物の存在は確認できた。

「撮影されたのは昨日の晩だ。場所は田中氏の家の近く。まだ付近に潜伏してるだろうから、まあ気を付けて行ってこい。」

おやっさんはオレの方に目もやらず。由良さんは苦笑いしながら手を振る。

実を言えば、これがオレの日常であり、このやりとりも慣れたものである。だからといってテキトーすぎやしないか。

ため息を吐きながら部屋を出た。



田中さんの家の近くまできた。

アレが行動せずに潜伏しているのなら、どうかそのままでいて欲しいものだ。こっちから探す必要はあるが。

ともかく辺りを捜索する。ここは街中だ。人の目がある以上、隠れられる場所は限られてくる。

例えば──そこの使われてない倉庫とか。

とりあえず中に入ってみることにした。しかしなにぶん古いようで、扉が錆び付いている。少々開けにくい。なんとか力任せに扉を開け放った。

そこには──



花が咲いている。

花びらが宙を舞う。ひらひら、ひらひらと。

一つの花びらが顔に着いた。思わず目を開く。

近くには花、遠くにも花、その間には─やはり、花。

花が私の視界を埋め尽くす。暗くて色まではわからない。それでも目をこらせば、複数の種類の花が、花畑を築いていることが見て取れた。

次に来たのは、匂い。色々な種類が混ざった強烈な花の香りが、目の前の風景を幻想ではなく、現実だと証明していた。

瞬間、光。何かが動くような音と共に、私と花を光が照らす。

体を起こして、光が差し込む方を見る。眩しさの後、私の目に映ったのは、一人の男の子。頭にゴーグルを、左腕に変な機械を装着している。一目で普通じゃないというのがわかった。

座り込んでいる私と、立ち尽くしている彼。

私達は二人とも、驚いた顔でお互いを見つめていた。

彼が動き出す。しゃがんで姿勢を低くし、私の目線の高さに合わせた。

「お前、名前は? ここで何してる?」

淡々と質問をする姿に、さっきまでの呆然とした様子はもう残っていなかった。鋭く、今にも襲いかかってきそうな目で、私をにらみ付ける。

少し、後ずさりした。

それに気づいたのか、彼は頭をガリガリと搔きながら、「あ~・・・」と目を泳がせる。どうしたものか、と決めあぐねている様子だった。

そのとき、変な音が鳴った。目の前にいる彼、いや彼の持っている機械から鳴っているようだった。

彼は機械を指で押した後、耳にかざした。かすかに、彼とは違う男性の声が聞こえてくる。

「・・・だ? 見・・・・・・たか?」

「いや。隠れてそうな倉庫を調べてみたけど、なぜか倉庫の中が花畑になってて、女の子が一人、そこで寝てた。」

「・・・か。・・・く、気を・・・ろ。そこ・・・」

なんの話をしてるんだろう。その答えはすぐにわかった。

後ろから轟音、衝撃。吹き飛ばされそうになる。

振り向くと、無数の花びらが飛び、花はひしゃげる。

衝撃波の中心地には、倉庫の天井だった鉄板と埃が覆い被さり、下にいる何かを見えなくさせていた。まるで、見てはいけない、と警告してくれているかのように。

その下で何かが蠢き、被さったものをふるい落とす。そして姿を現した。

そこには、おおよそ人ではない、ナニカがいた。ヒトガタではある。大きさは熊より一回り大きい程度だろうか。しかし腕の肘から手までが異常なまでに肥大化し、直立している状態でも地に手が届いていた。他の部分は人間とそう変わらないように見えた。

・・・まるで筋肉が膨張し、それが露出しているかのように、醜くおぞましい見た目であること以外は。

その異形の怪物は、こちらを見据えた。その目には確かな殺気を感じた。

私の方へ向かってくる。座りこんで、そのおぞましさに震えていた私は、反応することができなかった。

怪物は、豪腕を振りかぶった。

あの腕での一撃をまともに受けたら、もう助からないだろうと、簡単に想像できる。

思わず、目をつぶった。

鈍い打撃音が聞こえた。痛みはない。

おそるおそる目を開くと、怪物が奥へ押し飛ばされていた。私と怪物の間には、あの男の子が立っていた。

彼はまるで当然のように、驚いた様子もなく、怪物を見据えていた。

私の方をちらと見た。怯えた私がその瞳に映っただろう。彼はやれやれ、といった表情で口を開いた。

「そんな顔すんなって。」

そう言って彼は、一枚の紙切れ──カードを取り出した。

背後から怪物が迫ってくる。私ではなく、彼に。彼は気づいていない。

後ろ─

その言葉が私の口を通る前に、怪物は彼を捉えた。

瞬間、光。視界が光に遮られる。

なにか、声が聞こえた。人ではない、異質な声。怪物と彼の方向からだった。

──sword──

私の視界が戻ったとき、怪物は倒れこんでいた。

男の子の右手には、何かが握られていた。さっきの声と状況から、あれは武器だろうか。ただ、それも異様な武器だった。

全長が身の丈ほどもあり、真ん中が棒のようになっていて、そこが持ち手となっているようだ。両端に刃らしきものがあり、先っぽが尖っている。ソード・・・剣と声が流れたけれど、槍のようにも見える。表現があやふやなのは、その武器の特徴にあった。

全部が白い。まるで全てが光で構成されているかのようだった。そのため、明確な区別というものができそうにない。持ち手も刃も、そんなものがあるのかどうかも疑わしい、光の剣だった。

その剣を携え、異形の怪物に少年が対峙する─

現実とは思えない光景だった。

彼は言う。さっきと変わらない、優しい声で。

「オレが絶対、なんとかするから。」

起き上がった怪物に、彼は向かっていった。

戦闘は一方的だった。

怪物は最大にして唯一の武器、腕を振るが、彼には一切通じなかった。全て躱されたり、受け流されたり。むしろその行為は、彼に攻撃を許す隙を晒していた。確実に、鋭い一撃を加えていく。

一切の無駄がない、洗礼された戦闘スタイル。それが彼の戦い方だった。力任せに暴れるだけの怪物とは天と地ほどの差があった。

彼の剣が、怪物の胸元を切り裂いた。怪物はついに膝をつく。

剣を左手に持ち替え、すかさず二枚のカードを取り出した。左腕の機械に通す。

──limit──

──kick──

さっきの声はあの機械がしゃべっていたみたいだった。

剣をポイっと放り投げ、ゆっくりと腰を下ろす。怪物を見据え、足に力を溜めていた。

彼が飛びかかる。怪物はダメージが大きく、反応できなかった。直撃をまともに食らう。彼の右足が怪物の胸を捉え、騎乗の形になる。すると怪物は硬直し、苦しみの声を上げだした。彼は飛び乗りの反動で後ろにジャンプし、着地する。

どうやら、こちらが本命のようだった。着地した彼は間髪入れず走り出した。あの剣と同じ光が、彼の右足に出現する。助走のスピードを生かしたまま、高く跳躍。怪物は身動きができない。

右足に纏った光が、彼を覆う程大きくなったとき、彼は右足を怪物の方へ向けていた。

渾身の跳び蹴り。

「たぁああああああ!!」

叫びと共に放たれた一撃。怪物は地面を転がり、そのまま力尽きた。

着地した後、彼はさらにもう一枚別のカードを取り出した。何も書かれていない、真っ白なカード。そして、先程使ったカードをもう一回機械に通した。

──limit──

真っ白なカードを怪物の方に投げた。すると、怪物に異変が起き始めた。徐々に縮んでいき、異形の姿が見慣れた人間の肌へと変わっていく。異変が収まると、怪物はどこにでもいそうな、スーツ姿の男性になった。投げたカードが彼の手元に戻って行く。

彼が私の元へ来る。しゃがんで視線を合わせてくれた。

「怪我は?」

思わず、首を振った。

「そうか。よかった。」

私の無事を確認すると、またあの機械を耳にあてた。いくつか会話をした後、私の方へ向き直る。また目を泳がせてる。

「・・・さっきと同じ怖い聞き方で悪いんだが・・・・・・お前、名前は?」

今度は申し訳なさそうな顔。ひょっとして、この人は目つきが悪いだけで、実際はいい人なのかもしれない。

そう感じた私は、彼に名前を伝え─

・・・名前?

そういえば、私の名前は? 目が覚めてからいろんなことがありすぎて、自分の事を考えていなかった。

私は誰? ここはどこ? どうしてこんなところに私はいるの? なぜここで寝てたの?

私があたふたしていると、彼がジッと見ていることに気づいた。

「・・・記憶が無いとか言うなよ。」

「そうみたいです。」

自分でもこの返しはどうかと思うけど、本当に記憶が無いから仕方ない。彼は目に見えて呆れて、ため息を吐いた。

また彼はあの機械を取り出した。またいくらか会話をした後、ため息を吐いてポケットにしまった。

「もう少ししたら人が来る。ここで待っててくれ。」

そう言って、彼は倉庫から出ようとする。

私は呼び止めた。聞きたいことは沢山ある。あの怪物のこと。あの剣、カードのことなど。だけど、一番聞きたいのは─

「あなたは一体何者なんですか?」

その言葉に、彼は少し首を曲げ、目線だけ私の方に向けた。


「通りすがりの小学生だ。」

その返しもどうかと思う。

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