第11話
「で、理由を聞かせてくれるとよね」
金田さんって怒ったら方言出るんだなと、つい他人事のように聞いてしまう。
いや、ほんと凄かった。どこの方言か俺には分からなかったんだけど、滅茶苦茶怒鳴られまくったし。
「ええっと、その。これには深い事情がございまして」
「深い事情とかなんでんよか。私が聞きたかとはそげんことじゃない」
わぁ、弱々しい竹本さんの声を、荒げてないのに有無を言わせない金田さんの声がかき消した。
凄い絵面である。地面に正座させられている竹本さんが、ますます縮こまるってるし。
幸い化粧直しが済んでいるっぽいのが救いかな?
それにしても、本当にすごかった。
公園前を通りかかった金田さんに気付かれ、俺の方へ歩み寄るまでは凄く複雑そうな表情だったんだけど。
近づくにつれおやって顔になり、たぶん女子トイレから聞こえるのが竹本さんの声と分かった段階で俺にニコって笑ったのが印象的だった。
それからは怒涛の展開で、金田さんはまず小走りでトイレに入っていった。
その後ドスって言う鈍い音と、うぐって言う竹本さんの声が聞こえたのトイレから物音ひとつ消え去った。そして、金田さんが竹本さんの髪の毛を掴んでトイレから半ば引きずりだしたんだ。
竹本さんが、痛い、止めてって言っていたけど、金田さんは全く止まらなかった。
そして、俺の目の前に正座させ一言「土下座」とだけ低い声で言ったのは、思わず俺が土下座しそうになるほどだった。
いや、ほんと怖かった。竹本さんをトイレから引きずり出してからずっと真顔なのも怖いし。声色がずっと低いのも怖い。
正直逃げ出したい気持ちは大きいのだけど、金田さんの迫力が凄くて動けそうもない。
が、流石に竹本さんが可哀そうすぎて、怒れる金田さんに勇気を振り絞って声を掛けた。
「えっと。俺が事情説明しようか?」
「あっ、こいつの罪状おしえてくれるのね。うん、教えて。そして私が二度とそういう真似できないようにするから安心してね」
俺の言葉に笑顔で振り返り、柔らかい口調で金田さんはとんでもないい事を言いだした。
これどうしよう。
いや、どうしようもなにも、正しく状況を伝えるだけだけど。
「いや、罪状と言うか。とりあえず俺が竹本さん泣かせてしまって、だからトイレで化粧直ししてたんだよ」
「ん? え? なんか責任取って下さいとか言ってたのってそういうことなの。あれ? でもそしたら上田君なんで女子トイレ前に?」
あああああ、竹本さん庇おうとし過ぎてこちらにお鉢が回ってきちゃった!
どどどどど、どうしよう。
内心で凄く焦るものの、とりあえず弁明を試みる。
「そ、それは不可抗力と言うか。な、泣かせちゃったし心配だったから」
「上田君。とりあえず落ち着こう。こいつにどれだけ脅されたか分からないけど、私が助けてあげるから」
焦る俺に再び金田さんが優しく話しかけてくれたのだけど、ここでん? となる。
そんな俺をお構いないし、金田さんは言葉を続けていく。
「男子を女子トイレ前に居させ続けるって、女子が男子トイレ前で出待ちするよりもタチ悪いからね。まあ、中でこいつがわめいていたからないだろうけど、下手すると見知らぬ女に中に連れ込まれちゃうよ」
物凄く心配そうに言われ、自分のずれを自覚する。
俺としては前世と同じく男が女子トイレ前立ってるなんて通報物だと思ってたけど、ここだと前世で言う女の子が男子トイレ前に立っているようなものになってしまっているのかもしれない。
となると、余計うかつな事言えなくなってしまった。
だって、つまり竹本さんって俺の事を女子トイレに連れ込もうとしちゃったわけで。前世で言う男子高校生が女子高校生を公園の男子トイレに連れ込もうとしたって事でしょ。
ヤバすぎるね、これ。
って事は、俺女子トイレ前でたたずむ変態じゃなく……意味は違うけど女子トイレ前にたたずむへんたいじゃんか。
なんにしろ異性のトイレ前に立つってやっちゃだめだね。
「そもそも、上田君危機感なさすぎなんだよね」
と、そんな事を言いながら脈絡もなく金田さんが俺の右手に抱き着いてきた。
うひょぉ、柔らかい感触と言い匂いが! って場合じゃなくて。
「いや、それは金田さんでしょ。俺だって男だしそんな無防備だと理性持たなくて襲っちゃうかもしれねーよ」
俺はついテンパってそんな事を金田さんに言ってしまう。
すると、金田さんだけでなく竹本さんからも茫然と見つめられてしまった。
あ、あれ? これ失敗したか?
そんな風に困惑している俺に、同様に金田さんが困惑したように口を開いた。
「えっと、上田君ってもしかして女性慣れしてない?」
ん? なんか話の流れおかしくないか?
なんで、この流れで女慣れしてないってなる……のか? 陽キャ達の言動が分からんから判断できん。
と、今度は竹本さんが口を開いた。
「え? 上田君って女子小学生の洗礼って受けたことない? それとも受けててそれ?」
「え? 女子小学生の洗礼ってなに?」
聞きなれなさ過ぎて、俺は思わず聞き返してしまった。
すると、茫然としたまま今度は金田さんが喋りだした。
「えっと。女子小学生の洗礼って、女って初潮を迎えると身体能力跳ね上がるでしょ? で、つい力が余って色々やらかしちゃう事なんだけど。え? 本当にその容姿で受けてないの? 格好可愛いのに?」
んんん? 初潮で身体能力が跳ね上がる? その力で色々やらかす? え、今世の記憶漁っても特に思い出せないな。
やべぇ、単純に思い出せないのか、本当にそんなことされたことないのか判断できねぇ。
いや、これは今世の意識が完全に消えた弊害として諦めよう。あいつが残っていた方が不快だ。
「ちょっと記憶にないかも」
頭の中は盛大に混乱しつつも、俺はなんとか金田さんへそう答えた。
すると、気の毒になるくらい金田さんの顔色がさぁっと碧くなる。
「えっ、ごめんなさい。もしかしてこう言うの嫌だった? え、どうしよう。思い出せないくらいトラウマ? うそ、私恥ずかしがってるだけって勘違いしちゃって……ち、違うの。その……」
なにを思ったのか、俺の腕を解放した後おもむろに金田さんも正座し始めた。
けど、なんとなく土下座しそうな気がして、俺が女の子に土下座させるなんて俺の価値観的にありえなかったので、両腕を掴んで抱き上げる。
「大丈夫。全然嫌じゃなかったり。柔らかいなぁ気持ちいいなって思ってただから」
あまりに慌てすぎたからか、俺の口からフォローじゃなくただのセクハラ発言が飛び出してしまった。
終わった、いっそ誰か俺を殺してくれ。
青くなっていた金田さんの顔色が、いや、体中が一気に赤く染まっていってるぞ。
しかも、恐怖からかカチコチになっちゃったみたいだし。だ、誰かマジで助けて。
「ちょっぴり思ってたけど、上田君ってドスケベなの?」
ぽそりと竹本さんの止めが俺の耳に入り、そのまま俺も固まってしまうのだった。
気まずい、非常に気まずい。
あの後真っ赤になった金田さんは、俺の手を振りほどき顔を抑えて走っていってしまった。
思わず追いかけたのだけど、早い早い。全く追いつかなかった。
俺が10メートル進む間に20メートルくらい差を広げられてた気がする。流石にこれは言い過ぎかもだけど、ほんと全力で追いかけているのにみるみる離れていくし、姿見えなくなるし。
で、諦めて公園へと戻ったら、いつの間にやら竹本さんも居なくなっていた。
どうしよう、呆れられてしまったのかもしれない。
「はあ、明日学校行きたくねぇ」
俺は絶望のまま、空にそう呟くのだった。
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