第12話

「うう、学校行きたくねぇ」




 ため息と共にそんな言葉が零れてしまう。


 昨日家に帰って、心配かけないようになんとか空元気を今朝まで装っていたのだけど――正確には、色々聞きだされたくなかったのが本音だが。


 そのおかげか、多少怪しまれはしただろうけど根掘り葉掘り聞かれなくて済んだ。


 そこまでは良かったのだけど、そうなると学校を休むわけにもいかなくて。こうして無理して登校する羽目になったわけだ。




 うあー、ほんと行きたくない。


 竹本さんからは実は俺がドスケベだって吹聴されるかもしれないし、金田さんに至っては何を言われるか分かったものではない。


 モテるとかモテないとか言うレベルじゃなく、学校中の人から毛嫌いされる可能性だってある。


 となると、殺処分回避だって難しくなるわけで。ただでさえよくない状況がより悪くなってしまった訳だ。


 ほんとどうしたものか。




「おはよう。上田君!」




 うつむいて歩いていたら、元気のよい声と共に右腕に誰かが抱き着いてくる。


 うわっと驚きの声が勝手に漏れ、そのまま視線をそちらに向けると金田さんが抱き着いていた。


 訳が分からなくて困惑していると、赤い顔のまま金田さんは笑顔を見せてくれる。




「へへー、こうされるのが嬉しいんでしょ? ね、ね、答えてごらん」




 挑発するような金田さんの言葉だけど、声が震えていた。


 どこか無理しているような気もするけど、それなら何故抱き着かれているかさっぱりわからない。


 困惑して固まっていたけど、それでもその豊かな胸で腕を包まれていると徐々に顔が赤くなるのを自覚する。


 すると、俺の様子を見ていた金田さんがニヤニヤし始めた。そして、今度は声を震わせずどこか得意そうに話し出す。




「ふふっ。顔を赤くして可愛いー。どう? 気持ち良かったりする?」




「えっと、その。き、気持ちいいです」




 俺は何を言っているんだろう? そう思うものの、正直に金田さんに答えた。


 すると、照れたように金田さんがえへへっと笑う。可愛い。




「じゃあ、このまま一緒に登校してあげよう」




 こんな美少女に抱き着かれて嬉しそうに言われるとか、ほんと意味が分からない状態だ。


 うん、意味が分からないけど、決して嫌じゃないし。と言うか嬉しい事態だから、わけが分からなくともこのまま一緒に登校することにする。


 昨日散々悩んだけど、それはすべて杞憂で済んだみたいだ。




 金田さんがこういう反応するって事は、やっぱり今世の世界って色々常識とか違うんだろうな。


 となると、昨日一日悩むだけで時間を浪費してしまったのは失敗だった。


 本当にこの世界の常識が違うのか、それともたまたまた金田さんが特殊なのか判断が付かない。


 ああ、頭の中は混乱しまくって収拾がつかないけど。一緒に登校するけどね。




 こちらとしても望むところだと伝え、金田さんが腕に絡みついたまま学校へと向かう。


 すれ違う人は俺達を見てぎょっとした表情を浮かべるけど……まあ俺達以外手を繋いでる男女すらいないもんな。


 やっぱり金田さんが特殊なのかもと不安に感じるものの、笑顔で世間話してくる金田さんが可愛いから良しとしとこう。


 うん、別に誰になにを言われようと嬉しい状況には変わりない。気にしないのが一番だ。




「あー! ずるい!」




 と、背後から大きな声がする。


 振り返ると、そこには想像通り竹本さんがいた。


 俺達を指さしていたけど、だっと凄い勢いで走ってきて俺の左腕を抱きしめる。


 けど、竹本さんの身長が高すぎて不格好になり、ぶっちゃけ痛い。




「ちょっとなにしよるん。上田君困っとるやん」




「そんな事ないですー。ね、上田君」




 金田さんが不機嫌そうに方言で竹本さんに言い、その言葉に不貞腐れたように竹本さんが返す。


 うん、この場合は金田さんに賛成かな? 非常に残念な事に嬉しい気持ちより、無理な体勢できつい。




「ごめん竹本さん、痛いから」




「えっ、嘘。ごめんなさい」




 正直に伝えた俺の言葉に、ショックを受けたように言葉を竹本さんは返した。


 そのまま左腕を解放してくれるのだけど、唖然とした表情で固まってしまう。


 それを見てこれはまずそうだと思った俺は、慌てて彼女の手を握って口を開く。




「ほら、こうして手を繋ぐ分には大丈夫だからさ。でも、さっきみたいに腕に抱き着かれるのは俺が身長低いから難しいかな。逆ならともかくね」




 現状を打開しようとした俺の言葉は、しかし竹本さんのゴミを見るような目つきを召喚してしまう。


 しかし、彼女の口から出てきた言葉は表情とはかけ離れたものだった。




「手を繋いでも良いの?」




 物凄く不安そうに言われ、俺は慌てて首を縦に振った。


 それを見て、やっと竹本さんは笑顔を見せてくれる。


 どうやら余裕がなくなると相手をゴミを見るような目つきで見てしまうのは、彼女の悪癖かもしれない。


 今はとても可愛らしいどこか照れたような笑みを見せてくれているのだけど、それでもやっぱりゴミを見るような目つきで見られるとビビっちゃうからな。


 人によったらそれが嫌で付き合いをやめる人もいるかもしれない。


 まあ、俺からすると可愛らしい反応だなって思うだけだけど。


 と、そんな風に考えていたらグイっと右腕を引かれそちらへと顔を向ける。




「ズルいー。私にもそっちから手を繋いでよ」




 ちょっと不貞腐れたように今度は金田さんが言ってきた。


 正直右腕から柔らかい感触が消えて、惜しいって気持ちが非常に大きい。


 だけど、手を繋ぐのがご所望らしいし、それはそれで嬉しい事態なので遠慮なく左手をしれっと恋人繋ぎで繋いでみる。


 と、金田さんが予想外の反応を見せてくれた。


 手を繋ぐ直前はそうでもなかったのだけど、恋人繋ぎにしたらこちらが心配になるほど顔を赤くしてうつむいてしまったのだ。


 そして、それ以降一切の反応が無くなってしまう。




 えっと、笑顔で挨拶してくれたり、腕に抱き着いてきた金田さんはどこに消えたのかな?


 心配になって大丈夫? って聞いても、聞こえないくらいにぶつぶつ言っててよく分からないし。


 あれ? これってどんな状況?


 そう混乱するものの、今度は左手を竹本さんに引かれる。




「私は?」




「あっ、もちろん」




 不満そうに言われたので、慌てて竹本さんの方も恋人繋ぎへと変える。


 すると、竹本さんは嬉しそうに表情を崩してくれた。


 うん、こっちは分かりやすくて助かる。


 ちらっともう一度金田さんへと視線を向けるけど、こちらは相変わらずうつむいたままだし。




「さ、上田君急がないと遅刻しちゃうよ」




「そうだな。金田さんも早く行こうぜ」




 竹本さんに先を促されたので返事をしつつ、金田さんにもそう聞いたがほとんど反応が無い。


 ほんの少しだけ首が縦に動いた気がしたので、遅刻はしたくないしそのまま歩き出す。


 金田さんはそのままついては来るけど、やはり最初の様子はどこに行ったのやら会話に加わる気配がない。


 そして、竹本さん的に金田さんを会話に入れるつもりはないのだろう、俺と普通に会話するけど金田さんには一切話題は降らなかった。


 まあ、俺も今の状態の金田さんになんて声を掛ければいいのか分からないので竹本さんと会話する。




 うん、竹本さんは多少なりどんな人なのか掴めてきた気がするけど、金田さんは逆によくわかんなくなっちゃったなぁ。


 結局2人と手を繋いで教室まで向かったのだけど、金田さんが復活することはなかった。


 そして、やたら元気のよかった竹本さんは教室に到着するや赤井さん、林さん、高宮さんの3人に連行されていってしまった。


 えっと、金田さん恋人繋ぎしている手を放してくれないんだけど、なんて声掛けたら良いのかな?


 だ、誰か助けて。

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