第10話

 結局気まずさから話しかける事ができず、俺も竹本さんも無言で歩き続ける。


 なんとか話しかけるつもりだったんだが、足の長さの差か竹本さん歩くの滅茶苦茶早い!


 正直早歩きなのか小走りなのか分からない感じで付いて行く形になっていて、最初はともかくすぐに話しかける余力はなくなってしまう。


 とりあえず、このままだときついので竹本さんの服の袖を掴んだ。




「ひゃぁ!」




「ご、ごめん。ちょっと歩くの早くて、もうちょいゆっくりだと助かる」




 竹本さんを物凄く驚かせてしまったようだけど、流石に疲れ始めていたからすぐに用件を俺は伝えた。


 袖とは言えいきなり掴まれたら驚くのも分かる。俺も手を握られたとき滅茶苦茶驚いたからな。


 だから、ずっと目を見開いて俺の顔と袖を握っている右手とを見るのは理解できた。


 と、竹本さんの瞳から涙が零れて俺は固まってしまう。




「ご、ご、ごめんなさいぃ」




 竹本さんは震える声でそれだけ呟き、俺がつかんでない方の手で顔を覆った。


 酷く悪いことをしてしまったと言う自覚がより強くなり、とりあえず俺は袖を掴んだまま座れる場所を探す。


 ともかく落ち着こうと、そう思ったからだ。


 俺だってかなり動揺しているし、少し落ち着きたかった。幸い竹本さんもおとなしくついてきてくれている。




 幸い近くに小さくてベンチしかない公園があったので、そこのベンチに誘導した。


 俺が先に座り、竹本さんも俺に促されるまま座る。俺の横に座った竹本さんの様子をうかがうと、少し歩いている間に多少落ち着いたようだ。


 まだぐずっていて、目は赤くなっているけどなんとか話せそうかな?


 そう判断し、俺は口を開いた。




「その、悪かった。なんか急にすごく恥ずかしくなってしまって、急に手を振り払ったりしちゃって」




 俺の言葉に竹本さんはうつむいてしまうものの、絞り出すように喋りだした。




「ううん、私格好悪いことばっかりやっちゃってるよね。折角一緒に帰ってもらっているのに、勝手に手を繋いだり置いていきそうになったり。女としてやっちゃいけないことばっかりしちゃった……」




「いや、それを言ったら、俺の方こそ格好悪いって。言い訳にしかならないだろうけど、竹本さんのような美人と一緒に帰れることになって舞い上がっちゃったからさ。それに、男のくせに女の子の歩調に合わせられないのもよくなかった。もう少し体も鍛えないとな」




 落ち込んだ様子の竹本さんを励まそうと思って紡いだ俺の言葉は、しかし、より一層下を向かせることになってしまった。


 結果、2人とも黙り込んでしまう。


 どうしたものかと悩んでいると、竹本さんがわずかに震えていた。


 これは、また泣き出しちゃったかな? 滅茶苦茶気にしているみたいだし、なんとか励ましてあげたい。


 俺としては自分のデリカシーのなさに失望しているのだけど、目の前で自分以上に落ち込んでいる人を見ると励ましたくなるから不思議だ。




「えっ」




 竹本さんが声をもらし、俺の方へと視線を向けてくる。


 いざ声をかけようとしたところだから驚いたのだけど、いつの間にやら俺が彼女の手を掴んでいて驚いてしまう。


 無意識のうちに掴んでしまったようだ。


 ただ、きょとんとした彼女の表情を見て、涙が引っ込んだようで少し安心する。


 そう、安心したまでは良かったのだけど。つい彼女の顔を見て笑いそうになって、そんな場合じゃないとぎゅっと口を閉じて我慢した。


 だって、彼女の顔涙で化粧は崩れちゃっているし、鼻水だって両方から出ているんだぜ?


 それでも可愛いって思えるほど元の容姿が整ってはいるのだけど、見慣れたゴミを見るような表情からはかけ離れすぎていた。


 そのせいで思わず笑ってしまいそうになったのだ。




 滅茶苦茶失礼なことをしてしまっているのだが、幸か不幸か竹本さんは俺の顔が不思議なのかきょとんとした表情で目を瞬かせるだけだ。


 いや、めちゃくちゃ可愛いかよ。お持ち帰りしたい。性的な意味じゃなくペット的な意味で。


 と、そんな俺の気持ちは置いといてだ。幸いにも話すチャンスっぽいし、一呼吸入れて笑いを消し去り。改めて竹本さんへと話しかけた。




「とりあえず、俺は竹本さんと手を繋げると嬉しいし。もっと色々話して仲良くなりたいって思っているよ。歩調が違うのだって、仲良くなっていけばうまく合わせられるようになると思うし。だからさ、これからも俺としては仲良くしてほしいな」




 滅茶苦茶恥ずかしい事を言っている自覚はあったのだけど、まあここは精神年齢が俺のほうが上だしこのくらいは言ってあげたほうがいいだろう。


 見当違いで嫌われたら、滅茶苦茶凹むけどふと思い出した前世の記憶に比べればたぶん大丈夫だと思う。


 なにせ励まそうとしたら、それこそ普段俺にも笑顔だった人がゴミを見るような目で、なんで貴方なんかに言われなきゃいけないんですか。とか言われたからな。


 あ、思い返してみて、俺の見る目のなさも思い出しちゃった。




 と、凹みそうになる俺の胸に竹本さんがタックルしてきた。


 思わず変な声が口からもれそうだったけど、なんとかこらえる。


 ご飯食べた直後だったら、リバースしてしまったかもしれない。




「わ、私も。仲良く。なりたいです」




 まだ震える声ながらも、力強く竹本さんが言った。


 うん、それは良いのだけれど。ほんの少し力弱めてもらえないかなぁ?


 いや、言える雰囲気じゃないから言わないけど。力強すぎて息が浅くしかできないんだけど?


 ってか、滅茶苦茶いてぇ。その細見から思いもよらないくらいパワーがあって、つい、絞め殺されるかも? なんて思ってしまった。


 女の子に抱き着かれているシチュエーションに、本来なら役得だと思うところだが。今回ばかりは誰か変わってくれないかと思ってしまう。


 が、そんな情けないことかけらでも言うわけにもいくまい。幸い抱き着かれて表情は見られていないだろうから、遠慮なく歪んでいるけど。




「おう。これからもよろしくな」




 維持と根性で、なるったけ優しい口調で抱き着き続ける竹本さんに言った。


 そのおかげか締め付けから解放され、相変わらず涙と鼻水でぐちゃぐちゃながら竹本さんが笑顔を見せてくれた。




「はい、よろしくお願いします」




 すごく嬉しそうな声色で言われて、俺は我慢しがいがあったなと。そう思ったのだった。














「酷いです! 乙女の顔が大変になっている時は、すぐに言ってください!」




「いや、笑っちゃってほんとごめん。変って訳じゃなくて、可愛くてつい」




「それ全然フォローになってません! あー、もー、今直してますから待っててください! 勝手に帰っちゃ駄目ですよ!」




「うん、分かったから。ちゃんと待ってるからせめて女子トイレ前で待たせるのはちょっとあれだから、ベンチに移動させてくれない?」




「駄目です! 私を辱めた罰です! それは我慢してください」




 いや、ほんとなんでかなりいい雰囲気だったのに、笑っちゃったんだよ俺は!


 まあ、ほっとしたから笑っちゃったんだけど、タイミングが悪すぎた。


 笑わずハンカチなんか差し出してあげればまた違ったのだろうけど、下手に笑ったせいで竹本さんがきょとんとし。徐々に顔を染め上げ悲鳴を上げたところまで失態に気が付かなかった。


 そのまま手を引かれ女子トイレまで連れ込まれそうになったのだけは、なんとか辛うじて阻止できたまではよかったのだけど。


 おかげでこの状況である。


 多分物凄くテンパっているのだろう、半ば悲鳴のような竹本さんの声は俺が女子トイレ入り口から移動するのを許してくれない。




 そして、本当のピンチはここからなんだけど。


 今委員会帰りだろう金田さんが、ちょうど帰り道なんだろうこの公園前の道を通りがかったんだよね。


 で、今女子トイレ前にじっと立っている俺と目が合っているんだよね。


 案の定金田さん目を見開いて、鞄まで落とすくらい驚いているし。


 誰か助けてくれぇ!

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