第9話
授業はほぼ上の空だったが、とりあえず授業も一通り終わり帰りの時間となる。
なんだか、今日はものすごく1日が長かった。
いやもうほんと数日あったんじゃないのかな? って思うほどの密度だった気がするが。特に各休み時間の印象が深い。
逆に言えば、どれだけボーっと授業を受けてたんだって話でもあるけど。1度指摘を受けた以外は、別に何も言われなかったから大丈夫なのだろう、たぶん。
とりあえず、仲良くなったってほどではないけど。美人なクラスメイト達と話せるようになったわけだし。テンパってろくな印象は与えられてないだろうけど、とっかかりは得られたと思う。
前世の俺からすれば、全く知らない未知の世界であり。羨ましいって思える状況なのだが。正直羨ましく思ってた通り役得は多いと実感した。
うん、不安に思ったりとか対応しきれていないとかは今はあるけど、そういうものは新しい環境になれば大なり小なりあるもんだ。
いや、油断したら将来殺処分なんだから、別に羨ましい状態じゃないのか? 正直まだ判断できないな。
さて、帰るかと周りを見れば。竹本さんが1人こちらへと近づいてくる。
「上田は帰宅部だよね? えっとね、良かったら……一緒に帰らない?」
身長が高く無表情がゆえに印象がずっと変わらないのだけど、俺に掛けられる声色だけで判断するととてつもなく優しい。
ゴミを見るような目つきはずっと変わらないから、本音で言っているのか全然分からないんだよな。
「構わないけど、他の皆は?」
「佑衣子と高宮は茶道部で、真琴は空手の道場とピアノの日。貴子は保険委員の集まりがあるみたい」
相変わらず口調だけは凄く柔らかいまま、竹本さんが俺に伝えてくる。
んんん? なんか違和感があるんだが……。
「高宮さんって茶道で、林さんは空手なんだ……なんか逆のイメージあるなぁ。他は皆似合うって思うけど」
「ん、私はバスケ部だよ。バレーも時々助っ人依頼されるんだ」
思った事を俺が口にしたら、竹本さんがそう主張してくる。
その高い身長を見る限り、凄くしっくりきた。
「身長高いもんね。羨ましい。今日は部活ないの?」
俺の言葉に対して、竹本さんは俺を睨みつけた。
しまった、女の子なんだから身長に対してコンプレックスあったのか? 俺が全く気にならないタイプだから油断してしまった。
特に今世の事なんかほぼ思い出せなくなっている現状なんだ、部活が休みかどうかだけ聞けばよかったな。
「身長高い女の子は嫌い?」
物凄く責めるような表情とは裏腹に、その声色は物凄く落ち込んでしまっていた。
表情から土下座しようかと思っていた俺は、慌てて慰める言葉を探して口にする。
口調の方じゃなく表情が本音だったら、その時は土下座だな。
「ううん、少なくとも俺は嫌いじゃないよ。全く気にならないとまでは言わないけど、身長で好き嫌いを決めるなんてダサいって思う」
俺はあえて力強い口調で伝えたのだが、彼女の表情は変わらない。
そして、何も答えてくれないのでどう思ったか全然わからない。困ったな。どうしよう。
「慰めになるか分かんないけどさ。俺は素敵だと思うよ」
実際モデルみたいに美人な訳だから、俺は続けて本心を伝えてみる。
すると、急に竹本さんの目が潤みだして少し慌ててしまう。
そんな俺に、竹本さんはまた柔らかく、そしてどこか嬉しそうに俺に喋りかけて来た。
「ありがとう。そう言ってくれて凄く嬉しい」
表情はほとんど変わってないんだけど、なんだか口調と同じように嬉しそうにしている気がする。
うん、慰める方で正解だったみたいだ時のな。よかったよかった。
そこで調子に乗った俺は、そのまま思った事を竹本さんへと伝える。
「きっとバスケやってる時の竹本さんは格好いいんだろうな。今度機会があったら応援に行くよ」
「分かった。今日は部活休みだけど明日あるから見に来て欲しい。いや、今からどこかバスケできる場所は……」
俺の言葉に、竹本さんは真剣に考え始めた。
ふむ、ずっとゴミを見るような目つきだなって思ってたけど。これはそこまで気にしなくてもいいのかもしれない。
実のところ俺以外の人には普通に表情変わっていたし、本当は嫌われているのかなって危惧していたけれど。今の反応見る限り杞憂と捉えていて良さそうだもんな。
「まあまあ、明日見に行くから今日はこのまま帰ろうぜ。まあ軽く寄り道ってのは良いかもしんないけど」
「んっ。寄り道したい。どこに行く?」
俺の提案に対し、かなり弾んだ口調で竹本さんが答えてくる。
その時、初めて俺に対して笑顔を見せてくれて。それが滅茶苦茶可愛くてすぐに返事をする事ができなかった。
すると、すぐにまたあのゴミを見るような目つきに戻ってしまう。
それは悲しかったのだけど、冷静になれて少しホッとしてしまった。
「その前に、帰り道ってどこ方面なんだ? 俺は南側なんだけど」
「あっ、方向は同じだよ。〇×マートってスーパー知ってる?」
「おっ、俺の家そこから徒歩10分くらいだぞ」
「あっ、じゃあかなり近いかも。私徒歩5分くらい」
俺と話す竹本さんの表情と口調は相変わらずちぐはぐなんだけど、そうだと分かってしまったら違和感なく話せるようになってきた。
流石に慣れてきたのもあるだろうし、1対1なのも良かったのかも。
ともかく、家も近そうだし、そのまま一緒に帰る事になった。
だが、すぐに問題発生。なんとすぐに竹本さんが俺と手を繋いで引っ張ったのだ。
あまりにナチュラルに繋いでくるものだから、なすがままになってしまう。
そうなると、途中で振り払うわけにもいかず。俺はただただ付いて行くしかできない。
今どきの子はこう言うの平気なのか? それとも、今世の高校生がこんな感じなのか? それとも竹本さんが特殊なのか?
頭の中に疑問は次々と浮かんでくるが、手から伝わる温度と柔らかさに意識の大半は持っていかれてしまい。上手くまとまらない。
ただ、きゅっと握ったままだし、そもそも向こうから繋いできたのでこのままでも怒ったりはしないだろう。
なら、こんな美人と手を繋げているのだし。俺はこの役得を満喫することにしたのだった。
下駄箱に到着するや、竹本さんは不自然に固まってしまう。
どうしたものかと様子をうかがっていると、俺の顔と繋がっている手を何度も見返し始める。
と言うか、大丈夫か? それだけ激しく首動かしちゃうと痛めそうなんだけど。
少し心配になってきた辺りでうつむいてしまう。
「ごめんなさい」
竹本さんがうつむいたまま、すごく落ち込んだ口調で俺に謝ってきた。
同時に手を放そうとする素振りがあって、反射で俺は力を入れてしまう。
その瞬間顔を跳ね上げ、驚きましたと表情に書いて俺を見つめてくる。
うわ、なんか照れてしまうな。そう頭をよぎるも、俺は口を開いた。
「いや。まあ、俺としては美人と手を繋げて役得だったし。構わないよ」
正直どこまで言っていいのか探る意味を含ませつつも、俺はあえて本音を伝える事にした。
ほんの少ししか話してないし、まだまだ深い所は何もわかっていないんだけど。それでも今までのやりとりで竹本さんは悪い人じゃないと俺は判断し、そして、できればもっと仲良くなりたいって思ったから。
そして、竹本さんは俺の無表情のまま答えてくれるだろうと言う予想とは違い、可愛らしい反応を見せてくれる。
「えっと、その。ごめんね。男子はこう言うの嫌いだって知ってたのについ忘れちゃってて……でも、嬉しい。憧れだったの」
男性諸君に問いたい。
はにかむような笑顔でこんな事を嬉しそうに言われたら、惚れてしまわないか? 寧ろ惚れない奴なんていないだろう! いたらちんこもげろ!
ただ、同時にモテない童貞諸君に同意してほしい。
急にこんな反応されてまともに対応なんてできるかぁ!
これで固まって全く何の反応もできなかったのは、仕方ないんだと。そう思いたい。
うん、ずっとこのままじゃダメだろうけど。少なくとも今の俺には無理だ。プレイボーイなんてなれそうもない。
寧ろモテる奴だったらここからほいほい色んな甘い言葉とか出るんだろうけど、ただのモテたい願望のあるモテない中年だった俺には気が利いた事は言うことができなかった。
だから、ある意味折角の大チャンスだったのかもしれないのに、固まった後俺は口を開いて素っ気ない口調で言葉を紡いだ。
「そっか。それじゃ帰ろうか」
そして、アホだから強引に手を振りほどいてしまったんだ。
んで、恥ずかしさから竹本さんの方を1度も見ずに靴を履き替え。そこでようやく竹本さんの方をみたのだけど。
再びゴミを見るような目つきに戻ってしまいました。
うん、俺のあほぉぉぉぉぉぉ!
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